越境する映画制作の舞台裏 ――『アジア三面鏡』3監督シンポジウム

Interview / Asia Hundreds

撮影現場で体感した映画制作への取り組み方の違い

石坂:では次に、第2話『鳩 Pigeon』を手がけられた行定勲監督。全編、マレーシアでの撮影でしたが、日本とは撮影のスタイルが相当違ったようですね。

行定:マレーシアのスタッフは、時間通りに集合するんですけれども、まず記念撮影から始めますね。日本人は集合時間の10分前、30分前にスタッフ全員が集まって準備しています。時間をゆっくり使うマレーシアスタッフと、時間を大切にして早くやろうとする日本のスタッフの感情だと、最初のうちは全く足並みが揃いませんでした。

ヤスミン役のシャリファ・アマニさんは撮影の前半で、結構ショックを受けたんですね。共演の津川雅彦さんが、マレーシアに入ったときから役作りをしていました。誰ともコミュニケーションを取りたくない男の役ですから、5キロぐらい痩せてきて、何もしゃべらない。あいさつをしても、にらんで去っていく。彼女は、自分は嫌われていると思い詰めたんです。一生懸命覚えた日本語で「おじいちゃん」と言っても、顔をにらまれた瞬間に言葉が出なくなる。それを見ていて、リアルだと思ったんです。そのまま放っていたんですが、3日目ぐらいには泣き出してしまい、話を聞くと、こういうことは初めてだと。マレーシアは、みんなで集まって仲良くして、まずは一丸となったところから、その日に撮るシーンをみんなで乗り越えていく。それに対して、日本のスタッフはちっとも楽しそうじゃないと言うんです。僕も眉間に皺寄っていますからね。

映画のスチル画像
『鳩 Pigeon』より

ただ、彼女はお母さんも女優で、電話をして相談したそうです。すると「何を言っているの。外国人と仕事するなら、その人たちの考えもあるでしょう。懐に飛び込みなさい」と言われたそうです。
日本人が撮影をするときに作る緊張感————役者がカメラのフレームに入ってきたとき、楽しくやるのではなく、自分のすべてを懸けて緊張感を持って立つことをマレーシアのスタッフは徐々に知るんですよね。この緊張は何だろうと。そこでお互いに影響を受けるんです。

こんなこともありました。ハト小屋が出てきますが、スタッフの作った小屋が汚れていない。ハトが住んでいるから、糞だらけで汚れているはずですよね。それも説明したんだけど、現場で「今から汚す」と言う。日本人なら、1カ月前から小屋でハトに生活させてリアリティを作るか、本物のハト小屋を見つけてくるか、です。
汚す作業も僕がやりました。炎天下で、気付くとスタッフはみんな日陰にいる。1人だけやってきて、日傘を僕に差す。日陰にいるスタッフは「監督さんは何でもできるな」なんて言う。でも、怒るとまた駄目なんですね。怒る気にもならない。みんな映画を作るのが好きで、楽しそうにしているから。そこは日本人が学ばなきゃいけないところですね。日本人は真面目なので、とにかくつらそうに映画を作っています。だけど、その責任感が、場の空気を重くするんです。

ハト小屋を汚す作業をする行定監督の写真
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『鳩 Pigeon』の撮影風景

石坂:私もマレーシアとフィリピンの撮影現場に行きましたが、どちらのスタッフも楽しそうですよね。日本は学生映画の現場もピリピリしているから、その違いに、映画ってこんなに楽しく撮れるんだと思いました。

メンドーサ:おっしゃるとおりです。フィリピンも、たぶんカンボジアのスタッフもそうでしょう。バケーションを楽しむ雰囲気で撮影に挑んでいます。それでシーンを撮るごとに、俳優と一緒に記念撮影をするんですね。そして次の瞬間、Facebookにそれが載っている。僕はスタッフに緘口令を敷いて、撮影が終わるまでは絶対、記念写真はFacebookに載せるなと言いました。

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『Beyond The Bridge』撮影風景

ソト・クォーリーカー(以下、クォーリーカー):カンボジアも同じ文化だと思います。私たちのセットでも、みんな写真を撮るのに忙しくて、次の瞬間、Facebookに全部載ってます(笑)。

石坂:行定さん、やはり今みたいな話は、一緒に仕事をしてみないと分からないですね。実感として。

行定:これだけはちょっと話したかったんですけど、マレーシアのハトは、空を飛びません(笑)。ダンテさんの映画のラストで、銃声が鳴ったら飛ぶ。それがマレーシアの空を飛んでいるハトにつながって、それを見ている老人がいる。でも、マレーシアで飼われているハトを飛ばしたところ、一瞬飛んで、ポトって落ちたんです。

『アジア三面鏡』3監督シンポジウムの様子

映画では海辺で、みんなきれいに弧を描いて飛びましたね。でも実際はケージを開けると砂浜にトコトコ出てきて、それきり飛ばない。2テイク目は海のほうに飛んで落ちたんです。スタッフはカットも掛けてないのに、みんな海に入ってハトを救出した。マレーシア人は、優しいですからね。最終的に、津川さんやアマニにはハトが飛んでいるように芝居をお願いしました。映画で飛んでいるのは実は日本のハトです。千葉の九十九里の浜で、すべて同じアングルで、レンズを合わせて撮りました。空は千葉の空です。合成する技術が進んでいたから良かったですけど、それでも大変だったので、下調べは大切ですね。