マティー・ドー――ラオス女性のリアルを描く

Interview / Asia Hundreds

カンヌ映画祭のワークショップ

橋本:「La Fabrique des Cinemas du Monde 2014」への参加は監督にとってどのようなものでしたか。

ドー:もし私がカンヌのワークショップに参加していなかったら、今の私はいなかったでしょうね。プログラムの内容は目からうろこが落ちるような経験でした。ワークショップでは、いかにして映画製作者になるのかという事や人脈作り、映像の撮り方、営業など1から10まで全て教えてくれるプログラムでした。同時に多種多様なスタイルを持つ映画製作者たちを紹介してくれる場でもありましたね。私が今日、映画製作者になれたのも、彼らのおかげです。脚本については、カンヌ映画祭はとてもまじめな映画祭なので、あなたの作品は社会派ドラマなのになぜ幽霊がでてこなきゃいけないのかと多くの人に言われましたが、そこは私もフランスのアーティストに倣って頑として幽霊じゃなきゃならないと譲りませんでした。だって私たちはラオス人で、幽霊抜きには語れないじゃないですか。*3

*3 幽霊や精霊などの目に見えない超自然的な存在が実在しているということを前提として生活しているのがラオス文化の特徴である。

アジア・ハンドレッズのインタビュー中のマティー・ドゥー監督と橋本氏の写真

橋本:インタビュー記事で読んだのですが、ラオスへ来る前に監督は映画業界において特に女性間での厳しい競争に直面した経験があるとありましたが、監督の経験が『Dearest Sister』に反映されているというわけではないのでしょうか。

ドー:女性のキャラクターはそうですね。女性のやりとりはとてもリアルで、映画の中のミミ、アナ、ノックなど全ての女性たちの関係はまさに一般的な生活の中にみられる女性のやりとりを反映しています。映画業界での経験を反映しているわけではないですよ。私はミミとアナの関係が好きです。ミミはものすごく上流階級の女性なので外国人の男性を必要としていないですし、そもそも男自体が不要で、15万ドルもするレクサスに乗り、高級レストランでキャビアを食べシャンパンを飲むような女性なんです。でも、その彼女は彼女に比べれば中流階級の友達であるアナが好き。アナは可愛いけれどもラオスの典型的な中流階級の女性で、白人男性と結婚することである意味、彼女自身の地位を上げているわけです。ただ、アナは外国のパスポートを得るためとか、成り上がるために積極的に白人男性を探しているような女性たちとは違う。私としてはジェイコブとアナの関係性は本物であると思っています。彼らは他の人たちのように打算的な考えに基づいて愛し合っているわけではない。アナがなぜ終始不安そうなのかというと、彼女は他の人たちが自分のことをどう思うのかを気にせずにはいられないからなのです。

映画『Dearest Sister』のワンシーン
「Dearest Sister」2016

ドー:ミミはアナが可愛いからジェイコブはアナと結婚したのよと思っているのだけれど、ノックやメイド、近所の人はアナも成り上がるために白人男性を捕まえて結婚したと絶対思っているわけです。だからノックはアナのように自分の地位を上げるために外国人の夫を見つけようと売春婦バーへ出かけて行こうとする。いつもラジオを聞いている隣の家のメイドも、「あなたのお姉さんもそうやって白人を捕まえたんでしょ。彼女をみてごらんなさいよ。旦那さんがいつもお金を渡しているし、良いものを買ってくれてるじゃない。彼女はラッキーよね」とノックに言うわけです。アナは不安と居心地の悪さを感じているし、映画における彼女の立場はとても弱々しいものなのです。

アジア・ハンドレッズのインタビュー中のマティー・ドゥー監督と橋本氏の写真

ラオスのリアル

橋本:あなたが扱ったテーマは普遍的なもので、ラオスだけのテーマではないことを理解していますが、ラオス社会のリアルな生活が描かれていますよね。特にヴィエンチャンに住む若い女性たちが白人男性もしくは先進国の男性と結婚したいと話しているのをよく聞きます。それと同時に、彼女たちは国外へ出ていきたいと思っているように思うのですが。

ドー:もちろんそういう人たちはいますよね。おそらくそれは根源的な欲望なのではないかと思います。外国のパスポートを得て、例えば日本やアメリカ、カナダのような他の国へ行けば、もっと機会を得ることができて、良い賃金を貰えて、文化が異なる旦那さんからお姫様のように扱って貰えるんじゃないかと信じているところがありますよね。それは誰もが持つ欲望で、そういったものの多くは物質主義的な欲望に突き動かされている部分もあると思うのです。たくさんの異なる要素がそこにはあると思います。

橋本:『Dearest Sister』のアナはラオスに残りたがっていて、どこにも行きたくないと思っていますが、一方で、ラオスの女性たちは白人と結婚して外国へ移住したいと思っていたりしますよね。

映画『Dearest Sister』のワンシーン
「Dearest Sister」2016

ドー:そうですね。でも、彼らは大抵戻ってきていますよね。最初の数年は何もかもが目新しくて、新しい生活を楽しむものの、少しするとこれは私の社会ではない、私の文化ではないとなる。そしてしばらくすると、彼らはラオスでの生活が恋しくなって、帰ってくるのだと思います。夫が戻りたくない場合もありますが、その場合は妊娠を期に自分の母親の近くで子育てをしたいという理由をつけて戻ってくるのです。アナの役柄は少し異なりますね。彼女は国外へ行くことを望んでいませんし、彼女は英語を理解していてもほとんど話しませんし、夫の社会に溶け込むことに関心もない。彼女は言葉の通じない、文化も知らない国へ行くことに恐怖すら感じているのです。私がアナをとても好きな理由の一つは、アナが海外へ行きたがらないからこそ、帰りたがる設定もないという点ですね。この点については私がこだわったところです。

次回作について

橋本:『Dearest Sister』ではラオスにおけるNGOの活動に対してもなにか批判が含まれているように思いましたが、その点はどうなのでしょうか。

アジア・ハンドレッズのインタビュー中のマティー・ドゥー監督の写真

ドー:NGOについては私の次回作のトピックでもあるんですよ。NGOは素晴らしい働きをしていると思います。ラオスは後発開発途上国ですから、NGOは開発を手助けしてくれるためにそこにいるわけですしね。でも時々行き過ぎているとも感じます。海外からラオスに来るNGOは様々で、短期間のプロジェクトもありますよね。例えば、日本の機関の人がラオスに送り込まれてきて、2ヶ月滞在しただけで何かを解決できると思うのはおかしいですよね。特に若い人たちはキラキラした目で第三世界の人たちを助けるんだと意気込んでいたりする。本当に助けたいのであれば、時間をかけて効果的な解決策を分析し、短期的に与えるだけではなく、長期的に益がでるように人々のニーズを把握するべきですよね。
NGOが私たちのために何かをしてくれた時に彼らが自分たちのことを救世主かのように思うのも問題です。こういうのは、非常に中毒性のある仕組みです。こういった循環はNGOだけではなく、援助を受ける側にもあることなので、解決するのがとても難しい。もちろん、彼らがしてくれることには感謝もしているし、必要なことだと思います。でも私たちはそろそろ継続可能なやり方を自分たちで見つける必要があると感じるんです。次回作ではこの辺りのことについても色々と反映しているのですが、政府担当者が映画内のNGOを民間企業に変えてくれと言ってきたので、検閲を通すために承諾しました。映画を作ることが優先ですからね。

橋本:すでに次回作『The Long Walk』の脚本は完成しているのですか?

ドー:脚本は完成していて、すでに映画制作に入っています。人々のためを思い下した苦渋の決断がその後人々にどのような影響を与えたのかなど、多くの決断や悔恨を描いています。それと、ラオス国内の開発不均衡についても触れていますね。『Dearest Sister』のオープニングシーンの簡素なラオス式の家を撮影していた時に、ふと50年後のラオスはどんな風になっているのだろうと思ったことが次回作の着想になりました。

橋本:次回作も楽しみにしています。どうもありがとうございました。

アジア・ハンドレッズのインタビューを終えたマティー・ドゥー監督と橋本氏の写真

【2018年7月21日、国際交流基金アジアセンターにて】

参考情報

『Chanthaly』 公式トレイラー

『Dearest Sister』 公式トレイラー

「La Fabrique des Cinemas du Monde」


インタビュー・文:橋本 彩(はしもと さやか)
東京造形大学助教。早稲田大学大学院人間科学研究科修了。博士(人間科学)。専門はスポーツ人類学、ラオス地域研究。ラオスの伝統的スポーツの歴史や文化、人々の「スポーツ」に対する認識の研究に従事。近年はラオス映画に関する調査研究も行っている。2018年3月には混成アジア映画研究会主催のカンボジア、ラオス、タイ3カ国巡回シンポジウム『東南アジアの文学、映画、文化』においてラオスの企画・運営を担当。

写真:佐藤 基