アルコ・レンツ――ダンス・クリエイションにおける身体、時間、空間、交渉、協働について

Interview / Asia Hundreds

音楽の役割

山口:あなたの作品を構成する要素としての音楽について教えてください。

アルコ:音楽はアブストラクト・ドラマトゥルギー内のネゴシエーションのプロセスにおいて、非常に重要なパラメーターであり、ダンサーがネゴシエートする「時間」を構築・調整します。音楽は単に踊りを伴奏するものではありません。ドラマトゥルギーにおける構造と表現の要素であり、いわばもうひとりのパフォーマーのようなものです。音楽には固有の軌跡とエネルギーのランドスケープがあり、各ダンサーの軌跡やエネルギーと相互に作用します。音楽は複雑な構造をもち、その強度が威圧的になることもあり、パフォーマーがネゴシエートする上で束縛的な力を及ぼすこともあります。ときに音楽は複雑なリズムと拍子の枠組を形成し、その場合パフォーマーは20分どころか1時間にも及ぶ構成をせりふのように暗記します。拍子を数え続けるうちにいつか瞑想の域に達するほどです。ネゴシエーションは、常に新鮮に行い続けることが重要です。ツアーなどで繰り返し上演され、パフォーマーが拍子とリズムに慣れてしまう場合は、ネゴシエーションのプロセスを活性化させるために、構造を変更することもあります。

アジアハンドレッズのインタビューに応じるアルコレンツ氏の写真

アルコ:これは街を歩き回るのに似ています。例えば今回横浜に数日前に到着し、地図を使ってTPAM期間中使うルートや方向を記憶しました。徐々にこの街を知るようになり、やがて地図を使う必要もなくなり、目的地に行くのに、新しい道を試すこともできるようになりました。道に迷い、遠回りや近道を見つけることもあるでしょう。通る道を変えることで、町中の様々な建物、店や人に出会います。個人的には、知らない街で迷うのは嫌いではありません。ただ、街の構造が確かに存在するので、時々刻々道で出会う形やディテール、動きにその都度焦点をあてることができます。アブストラクト・ドラマトゥルギーは、パフォーマンスの地図を提供するものです。その地図は、パフォーマーがネゴシエートする時間、空間、構造からなるもので、地図を理解すればするほど、自由と時間が確保でき、地図の中に新しい要素や可能性を発見することができます。地図をクリエイティブに活用することで、好奇心を失うことなく自発的であり続け、お決まりの道に入り込まないようになります。音楽は、この地図にとって非常に重要な要素なのです。

山口:音楽は変わらないのですね。

アルコ:いいえ、変わります。ほとんどのリハーサルに音楽家が参加します。即興もしますし、毎日音楽も変えます。時間の長さや即興のためのリズムの構造について打ち合わせをしますが、同じリズムの構造といっても毎回全く異なって聞こえます。ほとんどの場合音楽にはコンピューターを使うので、極端な変更が短期間でも可能です。リハーサルのプロセスの終盤になってからはじめて、音楽を確定させます。即興が行われることもありますが、たいていはパフォーマンスのための地図の一部として音楽を確定させます。

山口:かなり分析的で構造化した創作プロセスですね。ダンサーにとって、ついていくのが難しいということはありませんか。

アルコ:今私たちは話しているので、そのように思われるかもしれませんが、創作の作業自体はごく実際的なものです。構造は創作の表面に過ぎません。創作のための道具であり、それが最終的に作品になるわけではありません。ダンサーがこれを理解することは重要です。たしかに、中には拍子を数えながら同時に踊ることをとても難しいと感じるダンサーもいます。通常、伝統舞踊では音楽がダンサーの踊りを伴奏しますので。とはいえこのような課題は、パフォーマンスにおけるネゴシエーションのプロセスのひとつでもあります。電子音楽がもたらす人工的な時間構造は、ネゴシエーションのプロセスに使うツールです。この構造はダンサーに一時的に不自由感をもたらすこともありますが、だからこそ自由を体験し、さまざまな角度からリサーチするプロセスを可能にします。この構造ほど、リアルなものはありません。

自由を求める

山口:あなたの作品『Hanoi Stardust』をベルギーのブリュージュで観ました。ベトナムのダンサーとコラボレーションをした作品で、特に印象的だったのが、クラッシック・バレエのダンサーが出演する第3部でした。クラシック・バレエの訓練を受けた、若い女性のダンサーが出演し、とても精確で優美な型で踊っていましたが、しばらくすると変化し始め、徐々に別の方向に進んでいきました。とても面白く観ました。この作品の創作プロセスは、どのようなものでしたか。

アジアハンドレッズのインタビューに応じるアルコレンツ氏と山口真樹子氏の写真

アルコ:今までお話してきたプロセスは、すべて非常に時間がかかるものです。決して急がないことが大切です。現在の舞台芸術をめぐる経済的見地からいえば、たっぷり時間をかけることは簡単ではありませんが、トランスカルチュラルな協働の場合は特に、十分な時間の確保が肝要です。『Hanoi Stardust』はベトナム国立オペラ座バレエ団のダンサーを迎えて制作されました。こういった公的機関に属するカンパニーの場合、創作プロセスに十分な時間をかけることがとりわけ困難です。時間をかけずに成果を出すことに慣れているからです。

それでも、ダンサーを迎えてのリハーサルに2ヶ月あまりの期間を確保することができました。その大半の時間を即興と議論、そして呼吸から出発してクラシック・バレエの基本語彙についてネゴシエーションするプロセスに費やしました。どの結果にも立ち止まることなく、プロセスの終盤になってようやく、ネゴシエーションのための地図が定義されました。彼らダンサーにとって、毎日懸命に頑張って出した結果を何一つ、後に再生できるようにその場で決めずに手放すことは、大きなチャレンジだったと思います。その後地図、時間、空間、および構造を定義したことで創作が進みました。ダンサー全員が、ネゴシエーションのプロセスを真に理解したのです。このプロセスを通して、彼らはダンサーとして、また個人として新しい自由と創造性を獲得したのです。

Hanoi Stardust』はクラシック・バレエの型における個人の自由をめぐる作品です。自由は人間の基本的な思想であり、自由の希求は人間の基本的な体験です。文化的背景に左右されることのない、シンプルですが広大なテーマです。ダンスの実践において、自由はその逆の状態があることで成立します、つまり構造的要素による制限に対するネゴシエーションのプロセスです。先に述べたように、時間、空間及び身体構造はパフォーマンスの地図の制約的構成要素です。これは非ナラティブなパラメーターですが、ダンサーも観客も自分の方法で自由に読みとることができるという価値を備えています。日々誰もが、自分たちの自由を定義し、影響を与え、制約する条件に直面しています。たとえば家庭、職場、地下鉄の中、車の中、交通渋滞などあらゆるところで、国や文化に関係なく四六時中直面しています。自由も不自由も、だれもがある時点で様々な形や文脈で味わうジレンマです。こういった身体的パラメーターに拠る創作では、このジレンマの感覚を、非ナラティブに体験し探ることが可能です。

山口:あなたの創作プロセスに関する説明はよく整理されていて優れていると思います。どうやってそのような明瞭な言語を習得したのですか。

アルコ:全てここでお話ししていることは、実践から得られたものです。言葉で経験を伝えようとすると、分析的で明瞭に聞こえるかもしれませんが、現実には試行錯誤や実験が多く、失敗から学びながら一歩ずつ見識を深めていくことになります。創作プロセスの初期段階では、マスタープランも緻密に定めた目標もありません。『Hanoi Stardust』は白紙のままスタートし、リハーサルの初日の時点で何をするかも決まっていませんでした。しかし実際にはそこから生まれてくるものがあるのです。

ドラマトゥルグとしての役割

山口:あなたは振付家ですが、ダンスのドラマトゥルグとして『Cry Jailolo』や『Balabala』でエコ・スプリヤントを始めとしたアーティストと作品をつくっています。このような協働において、具体的にどのような役割を果たしているのでしょう。

アルコ:特別なアーティストの創作を支えることが、とても好きです。その場合はドラマトゥルグと称していましたが、その後「クリエイティブ・プレゼンス」へと名称を変えました。というのも、この役目は前もって予測できず体系的でもなく、多様な性質を持っているためです。

山口:『Cry Jailolo』の創作にはどのように関わったのですか。

アルコ:私がエコに会ったのは2010年のことです。その年にベルギーのルーヴェンで開催された、欧州・アジア間のトランスカルチュラル・エクスチェンジと協働のためのプラットフォームであるモンスーンに彼を招きました。2012年には先述の作品『solid.states』をともに手がけました。この作品における振付のプロセスが、振付家としてのエコのその後の作品に大きな影響を与えています。『Cry Jailolo』の創作がスタートする際彼から相談を受けました。彼と私の間には共同作業の基礎となる明確な共通理解がすでにありましたので、このプロジェクトへのサポートを引き受けました。協働の第一段階は、上演時間20分の作品を1時間の作品へと発展させることでした。そのためには何よりもまずドラマトゥルギーを中心とした作業が必要となりましたので、私の役割がドラマトゥルグとされたのだと思います。

議論やリハーサルを重ねながら、既存の構造や動きの語彙を研究し、その深化を試み、すでにエコが作り出した種を大きく育てるようつとめました。エコと出演する少年たちとのリハーサルの期間中、ジャイロロ島で、また遠隔地からも対話を続けました。

モンスーン・プラットフォーム

山口:あなたが始めたプラットフォームであるモンスーンについて、教えてください。

アルコ:モンスーンはシリーズとして継続実施している、トランスカルチュラルでかつ分野横断的な共同リサーチのためのプラットフォームで、アジアとヨーロッパのアーティストを対象にしています。アーティストに対して良質な時間と空間を提供し、お互いに出会い、好きなことをする場を確保するのが趣旨です。これまでに8回、ヨーロッパ、アジアおよびオーストラリアで開催しました。プラットフォーム毎にホスト側の予算などの事情に応じて、さまざまな戦略と条件を設定しました。モンスーンはあえてその規模を小さく保ち、招待アーティストが可能な限り自ら運営できるようにしてあります。各アーティストは直接招待されます。公募はせず、申請を受け付けることもありません。モンスーンは出会って協働するという戦略により、差異をそのままに、アーティスティックで親密でかつコスモポリタンな環境を提供します。2017年には3度モンスーン・プラットフォームが開催されます。ひとつはアントワープのwp Zimmerが受入先、後の2回ユーロパリア・インドネシア芸術祭で開催され、ルーヴェンではSTUKが、ゲントでVooruitがモンスーンをホストします。

山口:ユーロパリアとはどのようなフェスティバルなのでしょうか。

アルコ:ユーロパリアとは、45年前から隔年でベルギーにて開催されている大規模なフェスティバルです。毎回ゲスト国が決められます。今年2017年はインドネシアです。私は舞台芸術のプログラムのキュレーションを手がけます。交流プロジェクト、コラボレーション、新作の委嘱がその中心となります。前述の2回のモンスーン・プラットフォームは、このうち交流とコラボレーションのプロジェクトとして位置づけられています。また、ダンス作品の創作を5人に委嘱しています。

山口:誰に委嘱したのでしょうか。

アルコ: まずダルレン・リタイ(パプア)は『Morning Star Dark Valley』、オトニエル・タスマン(バニュマス)は『OSHEHEORIT』を手がけます。エコ・スプリヤントはソロ作品『SALT』を手がけ自ら出演し、ムラティ・スルヨダルモはグループ作品『Tomorrow AS Purposed』を創作、メグ・スチュアートはまもなく『Celestial Sorrows』を初演する予定です。

アジアハンドレッズのインタビュー中のアルコ・レンツ氏と山口真樹子氏の写真

山口:モンスーンは、実際どのように運営されますか。

アルコ:モンスーンの内容は毎回異なります。ユーロパリア期間中の2つのプラットフォームについて言えば、インドネシアとヨーロッパのアーティストのブラインドデートからスタートします。参加者は他に誰が参加するのか、前もって知ることができません。事前に調べることもできず、実際に会うまでは何も判断できないわけです。ここには、親しくなることと同時にコスモポリタニズムの精神があります。4組のブラインドデートの結果、8人以下のグループへと展開することも可能です。プラットフォームの期間はあまり長くなく、5日、7日、ときには10日間です。アーティストは好きなように創作できます。モンスーンではランチや夕食を共にとることを勧めています。グループ内での創造性あふれるインターアクションにつながることが多いからです。また、地域の催しや活動への参加を提案することもあります。とはいえあくまでもスケジュールは参加者が自分たちで決めます。時折、レクチャーやミーティングにサプライズゲストを迎え、特定の知識について話してもらうこともあります。その内容は芸術に限定せず、投資銀行家、生化学者、プロのアスリート、ヴィデオゲーム開発者などを招きます。これら新しい知識に対してどうかかわるか、もしくはかかわらないかも、アーティストに委ねられています。以上がモンスーン・プラットフォームの構成内容です。ただ繰り返しになりますが、構成も毎回異なります。

今後について

山口:2016年韓国・光州アジア芸術劇場にて、ヘリー・ミナルティのキュレーションの下にソロ作品『EAST』を創作しましたね。いかがでしたか。

アルコ:ヘリー・ミナルティがキュレーションしたフェスティバルには「Gaze Project Myth」という名がついていました。『EAST』は、まず東南アジアのダンサーと共に作り上げてきたプロセスと、ダンサーとしての私自身について実験をすることから創作が始まりました。身体の振動の周波数が、振付言語と化しました。また一方では、ルース・セント・デニスのオリエンタリズムの振付や、それが欧米のモダンダンスの発展において果たした役割に関するリサーチが出発点でもありました。

山口:次はどのようなプロジェクトを予定していますか。

アルコ:2017年・2018年は新たな創作は考えていません。コンテンポラリー・ダンスは各種機関の達成目標やマネジメントに支配されて、経済活動になりつつあります。この流れをよくよく考える必要があります。勉強と、教えることに時間を割きたいと考えています。数年前よりしばらく作品制作を休みたいと思っていました。今がそのタイミングです。

ユーロパリア・インドネシア芸術祭のキュレーションのほかに、目下、過去15年間にわたってヨーロッパと東南アジアで手がけた仕事についての出版物の準備をしています。振付におけるトランスカルチュラルな協働のプロセスを、別の媒体に翻訳する詩的な実験です。他にもプロジェクトがありますが、お話しするのは時期尚早だと思います。

コラボレーションについて

山口:日本には緻密な作品をつくる若いアーティストがいますが、その多くは海外でコラボレーションをすることにあまり積極的ではありません。

アルコ:芸術作品の創作は常に共同で行われます。一人では何もできません。舞台芸術においては特にそうです。芸術作品の創作は経験や関係の芸術言語へのコード化を巡るものです。ここでいう関係とは、人々の間、異なる文化を持つ人々、アーティストと書籍や映画やその他のデータの間で成り立つものを指します。関係は絶え間なく、エンドレスに展開します。

芸術は私たちに、自分たちが作りだしている世界について語りかけます。日本のアーティストがコラボレーションにあまり積極的でないのであれば、それは何かを意味しています。それは問題でしょうか? 私にはわかりません。あるいは複雑な社会現象のひとつなのかもしれません。

分野横断的で異文化間の協働は今流行っていますが、そのための動機自体は人間本位でかつアーティスティックなものであるべきだと考えます。好奇心、寛容、健全な程度に目的を持たないことが必要です。一方で、忍耐や揺るがない姿勢も同様です。個人、各種機関、政府の掲げる目的は、こうした根本的な出発点にとって代わることはできません。とはいえ、価値あるものと評価してぜひ支援してほしいと思います。トランスカルチュラルな協働がギブ・アンド・テイクのバランスをとることは困難です。

山口:現時点のあなたにとって、協働は有意義なものですか。

アルコ:私は、トランスカルチュラルな協働という文脈において芸術作品の創作を手がけています。それは私自身の殻を破り、従順さとルーティンを内包する功利主義から脱出するためです。私の経験では、芸術におけるトランスカルチュラルな協働は、世界の多様性と豊かさに向き合う脱主観化という進行中のプロセスです。文化を超えた芸術におけるコラボレーションは、差異をそのままにしながら、創造性、好奇心と尊敬に裏打ちされた動きを共有し肯定するプロセスです。したがって、今日の文脈においてトランスカルチュラルな協働は、一つの抵抗行動でもあるのです。それが好きであれば踊ることができます。

山口:ダンスとその創造のプロセスに関するお考えをお話しくださいまして、ありがとうございました。

アジアハンドレッズのインタビューにて、アルコ・レンツ氏と山口真樹子氏の写真

【2017年2月19日横浜市開港記念会館にて】

参考情報

Kobalt Works公式Webサイト(英)

Eko Supriyanto (EKOSDANCE COMPANY) 公式Webサイト(英)

Rithisal Kang (Amrita Performing Arts) 公式Webサイト(英)

Olé Khamchanla (KHAM Company) 公式Webサイト(英)


インタビュアー:山口真樹子(やまぐち・まきこ)

東京ドイツ文化センターにて音楽・演劇・ダンス・写真等における日独文化交流に従事した後、ドイツ・ケルン日本文化会館(国際交流基金)にて舞台芸術交流、日本文化紹介、情報交流他の企画を手がける。2011年春より東京都歴史文化財団東京文化発信プロジェクト室で企画担当ディレクターとしてネットワーキング事業等を担当。2015年より国際交流基金アジアセンターにて、東南アジアと日本の間の同時代舞台芸術の交流・協働に携わっている。

写真: 鈴木穣蔵