本事業は、東南アジアの若手ムスリムと、主に日本の青年層が互いの文化や価値観について対話を行う相互発信型の事業です(以下、TAMU)。若手ムスリムたちは、イスラームの多様な価値観を日本に伝えると同時に、本プログラムを通じて日本文化や社会、日本人の宗教観について理解を深め、帰国後は日本と東南アジアの架け橋となることが期待されます。今年度は、11月4日から13日にかけて、東南アジア7か国より総勢10名の若手ムスリムリーダーが来日し、東京、島根、山口にて各種の交流活動に参加しました。
事業の詳細は下記ページをご覧ください。
東南アジア・ムスリム青年との対話 (TAMU/Talk with Muslims series)
プログラム第一日目の5日は、本事業のアドバイザーである中村光男・千葉大学名誉教授と見市建・早稲田大学准教授を囲んでのセッションで始まりました。見市先生は、観光や技能実習生として東南アジアからの来日者が増加している傾向などに触れながら、日本と東南アジアのイスラームの関係や、日本における外国人の受容状況について講義されました。続けて中村先生より、第二次世界大戦前後を中心とする日本とイスラーム世界の交流史や、「福田ドクトリン」*1 を基調として築かれてきた日本と東南アジアの交流関係等について解説がありました。同日午後には、木村敏明・東北大学大学院教授より「日本の宗教と日本人の宗教観」についての講義を受け、TAMU参加者は翌日からの諸活動に備え、熱心に聞き入っていました。
*11977年、当時の福田赳夫総理がフィリピン・マニラで表明した (1)日本は軍事大国にならない、(2)ASEANと「心と心の触れあう」関係を構築する、(3)日本とASEANは対等なパートナーである、という東南アジア外交3原則のこと。
6日には、明治学院大学横浜キャンパスを訪問しました。大川玲子教授のゼミ生を中心に60名ほどの学生が集まった対話セッションでは、カンボジアのファティリー・サさんが「カンボジアの社会とイスラーム」、シンガポールのファイザ・モハマド・サリヒンさんが「イスラームと女性」をテーマに発表を行いました。学生からは、「クメール・ルージュやカンボジアのムスリムについては知る機会がほとんどなく、新しい学びがあった」「ムスリムの女性は必ずしもベールをかぶらなくてもよいこと、事情は国によって多様なことがわかった」、「イスラームは戒律が厳しいというイメージだったが、想像以上に近代化し、女性も高いレベルで活躍している」など、たくさんのコメントが寄せられました。
明治学院大学横浜キャンパスでの交流会
同日夜には、日本のイスラーム・コミュニティの現状を知るために、日本在住のムスリムをお招きして意見交換を行いました。交流会では、イスラーム教徒としての日々の実践と日常生活とのバランス、子育ての悩み、日本人であると同時にムスリムであることに対するアイデンティティを巡る葛藤などについて、多様な体験や意見を伺う貴重な機会となりました。TAMU参加者からは、イスラーム多数派の国で生まれ育ったムスリムでもアイデンティティの葛藤があること、自国で同様にマイノリティとして暮らす者として日本人ムスリムに共感する、などの声があがりました。今回のような機会にネットワークを広げ、それぞれの経験や取り組みを共有していこうと意気投合した一同は、予定時間を大幅に超えて歓談を続けていました。
日本人ムスリムとの対話
7日は、見市先生のお招きで早稲田大学大学院アジア太平洋研究科を訪問。マレーシアのモハマド・バシル・ハズマン・バハロムさんとインドネシアのノルマ・サリさんが、「東南アジアにおける宗教・道徳と政治の関係」をテーマに発表を行い、宗教が政治制度に与える影響、シャリーア(イスラム法)を巡る誤解、社会活動におけるムスリム女性の役割などについて発表しました。グループ討議では、グローバリゼーションで世界が均質化していくなかでイスラームのコアな価値観をどう維持しているか、シャリーアの解釈と世俗法の適用(使い分け)、一夫多妻制やLGBTへの考え方など、多岐にわたる話題が取り上げられました。
早稲田大学大学院アジア太平洋研究科での交流会の様子
午後は日本イスラーム文化センター/マスジド大塚を訪問し、事務局長のクレイシ・ハールーン氏からモスクの歴史や活動についてお話を伺いました。2001年の同時多発テロ後は特に、地域の偏見の目にさらされることも多かったそうですが、東日本大震災直後から被災地に入り、100回以上現地で炊き出しを行った頃から、少しずつモスクの活動について周囲の理解を得られるようになったそうです。地元の行事には必ず参加し、地域に溶け込む努力を続けてきたことを紹介しながら、相互理解には、積極的に相手に働きかけて対話の機会を持ち、互いの考えを尊重しあうことが大切、と強調されました。TAMU参加者からは、長い時間をかけて、行動によってイスラームの真の価値を日本の社会に届ける努力を重ねてきたことや、ハールーン氏のリーダーシップに敬意の念を表する旨のコメントがありました。
マスジド大塚にて
プログラム後半は、島根県と山口県に活動の場を移します。8日は出雲大社を訪ね、境内を散策しながら出雲大社の歴史や神話、日本人と神道の関係などについて学びました。
その後、江津市に移動した一行は、伝統を継承しつつ新しい表現を模索する若手の石見神楽グループ、大都神楽団による神楽を鑑賞しました。演目は「道がえし」、「恵比寿」、そして石見神楽を代表する「大蛇(おろち)」。地元の皆様の計らいにより、月夜の山辺神社に野外舞台がしつらえられました。コミカルな恵比寿様の動きや、大蛇が鼻の先まで近づいてくるその迫力ある演舞に、TAMU参加者は拍手喝采でした。
公演後、惠木勇也団長より、神楽が宗教、年齢、職業などの枠をこえて地域コミュニティーを結びつける重要な役割を果たしていることが紹介されると、「仕事をしながらこれほど神楽に注力できる情熱が素晴らしい。そこまでさせる神楽の魅力とは何か」、「どれぐらいの頻度で練習をするのか」、「活動資金はどうしているのか」など、多くの質問が飛び交いました。東南アジアでも伝統芸能の継承は重要な文化課題のひとつです。若い人たちが、純粋に神楽の魅力に惹かれて伝統芸能に関わる石見神楽のありように、深く感銘を受けた様子でした。当日は、笛や太鼓の音を聞きつけた地元の方々が三々五々見物に加わるなど、地域行事として地元に根付いている神楽を肌で感じられる素晴らしい機会となりました。
9日は山口県立大学を訪問。ウィルソン・エイミー国際文化学部教授にアレンジいただいた特別授業に参加し、学生とともに、「自分にとって宗教とは」をテーマに発表を行いました。TAMUの発表者はブルネイのムハマド・ハジミ・ビン・ハジ・ジャイディさん、マレーシアのラウダ・モハマド・ユヌスさん、タイのローサニー・ケーサマンさん。学生からは、「宗教の話をすることで、逆に自分たちが宗教についてどういうイメージを持っているかを知ることができた」、「仏教や神道についてあらためて考える機会となった」、「絶対的信仰心を持っていない日本人は何を支えにしているのか、東南アジアの人たちは疑問に思っているようだった」、「東南アジアの歴史的建造物の歴史や背景、遺跡に対して国民が宗教的な意識を持っているのかなどが知りたい」など、多くの興味深いコメントが寄せられました。
その後一行は山口県を横断し、多くの歴史的遺産が現代の暮らしに同居する萩市へ移動しました。10日は、城下町の視察や萩博物館学芸員の道迫真吾氏によるレクチャーを通して、明治維新の先覚者である吉田松陰や長州ファイブの足跡に触れました。萩市が日本の近代化に果たした役割を教育や人づくりの視点から学んだ参加者からは、「何かを成し遂げるには、確固たる意志を抱く指導者の存在と、教育の機会が非常に重要であることを学んだ」、「現代的な暮らしと伝統が共存する日本にこそ、異なる文化や価値観を認めあう多文化共生に向けた鍵があるのではないか」といった意見が聞かれました。
11日に帰京した一行はつかの間の休息を楽しんだあと、プログラム最終日の12日には、10日間の学びや気づきを日本社会にフィードバックする報告会に臨みました。
2018年度「東南アジア・ムスリム青年との対話事業」 報告会
10名は3グループに分かれ、各グループを代表し、インドネシアのモナリザ・アダム・マンゲレンさんが「イスラームと日本の社会と文化」、フィリピンのムハマド・ファドゥラン・ラッロ・ナスルングさんが「若手ムスリムの目に映った日本の若者たち」をテーマに報告を行いました。発表者からは、「宗教の位置づけや宗教観に違いはあるものの、謙虚さ、目上の人への敬意、清潔を好む点などイスラームと日本の文化には共通点は多い」、「日本の若者は異文化や異宗教に対してオープンで学ぼうとする意欲も強い」、「一方で、日本の若者にとってアイデンティティとは何かについて考えさせられた。今後ますます増加する我々のような外国人の訪日によって、日本の若者は、自分のアイデンティティについてより考えることになるのでは」、などの考察が披露されました。
最後に、シンガポールのモハマド・サイフル・ビン・ムハンマド・アヌアルさんが登壇し、「異なる価値観を包摂する豊かな社会の実現にむけた日本社会への提案」をテーマに発表。日本に対する期待として、異文化・異宗教に関する啓蒙や教育の機会を増やしていくこと、良きリーダーの育成、マイノリティを肯定的な視点で報道する努力、アニメや漫画などのコンテンツに異文化理解の要素を取り入れていくこと、などの諸点が挙げられました。
折しも日本では外国人労働者受け入れ拡大に関する議論が高まっている時期であり、日本とイスラームの相互理解促進に加え、より多面的な視点から多様な価値観を包摂する社会のあり方を議論する貴重な機会となりました。「日常的に多民族、多宗教のなかで暮らす東南アジアの方から、多文化共生のヒントを得たい」という会場からの質問にも、その関心は表れていたと思います。会場アンケートでは、約95%が本報告会について「満足」と回答し、「東南アジアの歴史について学ぶ必要性をあらためて感じた」、「イスラーム教徒からの視点では、多文化共生を実現するには教育が重要な役割を担っているという見解が新たな発見だった」、「ムスリム本人から率直な意見、また外からみた日本の宗教について聞くことができた」などのコメントをいただきました。
関連情報
報告会について、My Eyes Tokyoでも特集いただきました。
東南アジアのムスリムから見た日本社会と日本人