活況するドキュメンタリー映画シーン。注目の若手アジア作家たち

Report / 山形国際ドキュメンタリー映画祭

インディペンデント映画制作を取り巻く、「お金」と「検閲」の問題

トーク後半の観客との質疑応答で話題となったのは、インディペンデントで映画を作り続けることについての困難だ。モデレーターのフィリップによれば「現在のインディペンデント映画の制作環境は、すでに多くのものが制度化されてしまっている」と言う。さらに政府からなど、助成金を得ることで付随する問題についても指摘。疑問を投げかけた。

フィリップ:たとえば、シンガポールは今年(2015年)建国50周年で、政府は映画にも多くの予算を割いていますが、そこでは政府が規定したシステムに則って制作された作品も数多く見られます。そうした状況で、はたしてインディペンデント映画がどれだけ「独立」していると言えるのでしょうか?

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「東南アジアから世界へ―映画づくりの現在」トークセッションの様子 ©halken

 シンガポールの映画事情に詳しいフィリップならではの鋭い指摘に対して、ガージ・アルクッツィもダニエル・フイも、ジレンマを抱えていることを隠さない。

ガージ:私は15年間映画を作り続けてきて、シンガポール政府からの助成金をもらったことは一度もありません。政府の資金で作れば「ここを変更しろ」と、内容に必ず口出しをしてきます。シンガポールでは検閲の問題があるんです。だからといってお金がなければ映画は撮れないし、企業や個人から出資を受けると、1ドル出すから5ドル返せというビジネスモデルにはめられてしまう。

この問題に対しては、フィリピンで活動をするジム・ランベーラや、ミャンマーのキン・マン・チョウの事情も似た部分があるようで、それぞれの立場から共通する悩みや、困難な状況を訴えていた。

ジム:フィリピンでは、映画祭が制作予算の一部を負担してくれるなど、状況が良くなっている部分もあるのですが、そのぶん作品の所有権が作家に完全には与えられないという問題が発生しています。この状態から抜け出すためには、今後自分でプロデュースもやるしか方法はないかもしれません。

キン:そもそもミャンマーは本当にお金がないので、新人監督にとってはどんなかたちであっても映画を撮れるだけで嬉しいんです。ただ、最初はみんなボランティアで助け合いながら作っているのですが、その状態を長く続けていくのは難しいので、なんとかサバイブする方法を見つけないといけないと考えています。

トークセッション中の写真5

キン・マウン・チョウ ©halken

映画のスチル画像

キン・マウン・チョウ『船が帰り着く時』(2014)

「インディペンデントには自由がある。そのことがもっとも重要だ」(ダニエル・フイ)

さらに、別の悩みとして監督全員から挙がったのは、努力して映画を完成したとしても、ドキュメンタリー映画を見せる機会がほとんどないという現状だ。ミャンマーのキンは、ドキュメンタリーとはなにか、いかに見せるかということを今後の課題に上げて、仲間たちとの場作りにも力をいれているという。

この点では日本の状況は恵まれていると言えるが、じつは日本でもかつてはドキュメンタリーが映画館で公開されることはほとんどなかった。YIDFFを創設するために奔走したドキュメンタリー映画の巨匠、小川紳介(1935~92年)も、1960、70年代の成田空港建設反対の農民運動を記録した『三里塚』シリーズをはじめとして、その活動は作品を上映する会場を自分たちで探して全国各地を回り、上映後に観客と議論することまでがセットになっていた。一般には、ドキュメンタリーがコンスタントに劇場で上映されるようになったのは、昭和天皇にパチンコを射るなどの過激な手段で戦争責任を追及し続けたアナーキスト奥崎謙三を追った、原一男監督の問題作『ゆきゆきて、神軍』(1987)のスマッシュヒット以降だと言われている。そして、その後に起こったミニシアターブームや、シネコン隆盛によるスクリーン数の増加が、ドキュメンタリー映画の一般公開を支えてきた一因であると言えるだろう。

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「東南アジアから世界へ―映画づくりの現在」トークセッションの様子 ©halken

東南アジアの現在の映画作家たちの作品や活動にも、そうした社会を変革する可能性が孕まれており、SF的な設定でフィクションの要素を導入して、シンガポールの建国神話のタブーにも切り込んだダニエル・フイの『蛇の皮』(2014)もそのような作品。トークで彼は、「いまはシンガポールで私の映画を見ることができないが、10年後には陽の目を見るかもしれない。言い訳がましく聞こえるかもしれないが、未来の人のために映画を作ろうと思っている」と希望を込めて力強く語った。YIDFFでこの作品は「アジア千波万波」の奨励賞を受賞している。

映画のスチル画像

ダニエル・フイ『蛇の皮』(2014)

 YIDFFのトークの最後に、ダニエル・フイは「インディペンデントには自由がある。そのことがもっとも重要だ」と述べていた。また、ガージ・アルクッツィは「人の講評は気にするな。自分の作りたい映画を作り、自分の映画を守らなければ君の道はない」とボスニアでタル・ベーラに言われた言葉を紹介した。それぞれの自由をどのように手にし、闘っていくのか。各国によって状況は異なるが、YIDFFに集まった1300本あまりの多様なドキュメンタリー作品や、いまも世界中で生み出されようとしている新たな作品、さまざまな困難や制約を乗り越えようとする映画作家の日々の格闘のなかに、そのヒントや息吹が隠されているのは間違いないだろう。