インドネシア映画の新たな潮流

Report / アジアフォーカス・福岡国際映画祭2015

1980年代末からの約10年間、インドネシアの映画業界は壊滅的な状況だった

まず、映画祭の2日目に行われたシンポジウムが、「インドネシア・ニューシネマの夜明け『クルドサック』をめぐって」。『クルドサック』(1998)とは、インドネシア映画の新しい潮流を決定づけたインディペンデント作品。ちょうど30年以上続いたスハルト政権の崩壊と交錯するタイミングで登場した本作を出発点に、現在のシーンがはじまったそうだ。作風の特徴は、四人の新人監督がそれぞれのパートを演出しつつ、いわゆる短編オムニバスではなく、4つの物語を絡ませて1本の長編映画として構成していること。タイトルはフランス語から派生した「袋小路」の意味で、閉塞感に覆われた青春群像が描かれる。

映画のスチル画像

『クルドサック』(1998) インドネシア

 今回のシンポジウムに登壇したのは四人の共同監督のうち、リリ・リザ監督、ミラ・レスマナ監督、ナン・T.・アハナス監督の三人。いずれも現在は中堅の映画監督やプロデューサー、あるいは後進育成の場で活躍している面々である。

彼ら三人はインドネシアを代表するジャカルタ芸術大学の卒業生(学年は少しずつ違うが)。同校からは有名な監督たちが過去輩出されていたが、しかし彼らの世代にとって、自分たちが映画監督になることは「夢の世界」だと感じていたようだ。というのも、まずスハルト政権下の映画界は厳しいシステムに支配され、監督まで昇進するのは狭き門。また企画段階から国家検閲があり、政府の許可なしで自由に撮ることは法的に禁じられていた。さらに1990年代初頭の「オープンエア政策」と呼ばれるメディア流通の緩和化によって民放テレビ局の成長が加速し、「シネトロン」と呼ばれるテレビドラマが大衆的な人気を博して、伝統的な映画産業は大きな打撃を受けた。一方で映画館はハリウッド映画に占拠され、国産映画はたちまち市場から激減。三人の監督の弁によると、1980年代末期から『クルドサック』が公開されるまでの10年間ほど、インドネシア映画自体が壊滅的な空白の状態にあったらしい。

写真

アジアフォーカス・福岡国際映画祭シンポジウム
「インドネシア・ニューシネマの夜明け『クルドサック』をめぐって」の様子

代わりに彼らが飛びこんだのは、「オープンエア政策」で活気づいたテレビ業界の仕事である。ミュージックビデオやテレビコマーシャルといった広告系の映像や、ドキュメンタリー番組。そこで知り合った仲間が、もう一人の監督であるリザル・マントファニだ。かくして四人が「何かをやらなくちゃいけない」というミラの呼びかけに応えて1996年に団結した。

もちろんミラの言う「何か」とは、自分たちによる、自分たちのための映画を作ること。ナンはこう語る。「あの当時、インドネシアの人たちは、自分の国の風景をスクリーンで観ることがなくなっていたんです。これは私たちの文化にとっても致命的なことだと思いました」。

1990年代ポップカルチャーの「刺激」を、日本と同じように感じていた。

こうして1998年に完成した『クルドサック』は、大都会ジャカルタで日常を生きる若者たちの混沌とした情景を映し出す。ただし画面にはそれとともに、アメリカを中心とする1990年代のポップカルチャーがあふれている。映画監督志望の青年アクサンは、『ユージュアル・サスペクツ』『ナチュラル・ボーン・キラーズ』『カリフォルニア』『ミッション:インポッシブル』など無数のポスターに囲まれた部屋で映画愛を爆発させており、『パルプ・フィクション』への率直で熱烈なオマージュも飛び出す。また別のパートでは、自ら命を絶ったロック界のカリスマ、カート・コバーンに心酔する青年の鬱屈が描かれる。彼は身も心もカートになりきっており、BGMにはNirvana風(というか、あからさまに真似た)グランジサウンドも流れる。筆者同様、おそらくはじめて観る人は驚くだろう、「日本の1990年代と同じではないか……!」と。

映画のスチル画像

『クルドサック』(1998) インドネシア

リリ:この作品は、当時の都市で生活する若者たちにとっての人気ジャンルを全部混ぜたような内容になっています。1990年代はクエンティン・タランティーノやウォン・カーウァイが登場し、台湾でもホウ・シャオシェンらのニューウェイヴ勢が台頭するなど、世界的にも映画・文化の大きな動きがあった非常に面白い時代でした。私たちも海賊版のレーザーディスクなどを手に入れて、その刺激的なうねりをリアルに感じていたんです。そして私たちはよくコーヒーショップに集まって、何時間も何時間も話しました。この同時代に起こっている世界的な動きを、いかに私たちなりに解釈して、新たなスタイルのインドネシア映画を生み出せるか、と。