ASIA center | JAPAN FOUNDATION

国際交流基金アジアセンターは国の枠を超えて、
心と心がふれあう文化交流事業を行い、アジアの豊かな未来を創造します。

MENU

インドネシア社会のタブーに鋭く切り込む テディ・スリアアトマジャ監督の「今」

Interview / 第29回東京国際映画祭

「これまでとは異なる視点で、インドネシア人の暮らしを描きたかった」

油井理恵子(以下、油井): 監督は1975年生まれですが、同世代の方の多くは民主化運動 *1 に参加していますよね。監督は当時、どちらに住んでいたのですか?スハルト政権時代のことはご存知なのでしょうか?

*1 1997年のアジア通貨危機に端を発し、鬱屈していた国民の不満が、30年以上の開発独裁を敷くスハルト大統領に向けられた民主化(Reformasi)運動。多くの大学生を含む市民が運動に参加し、1998年にスハルト退陣を招いた。

テディ・スリアアトマジャ(以下、テディ): 当時私はロンドン大学で勉強していたのですが、ちょうど民主化運動の最中にインドネシアに帰国しました。もちろん、スハルト政権時代に幼少期を送っているので、スハルト政権時と民主化以降の違いも感じます。ただ、当時は帰国したばかりだったので、学生中心の民主化運動に対して、自分を部外者のように感じていました。インドネシアにはいたので、運動の目撃者ではありますが。

油井: いまもインドネシアで暮らす中で、ご自身がマイノリティやアウトサイダーだと感じることはありますか? 海外生活がとても長いので、そう思ったのですが、あなたの作品には、アウトサイダーとしてのあなたの視点が反映されているように感じます。

テディ: 私は常に自分のことをインドネシア人だと思ってきましたので、アウトサイダーだと思ったことは一度もありません。ただ、自分でもほかのインドネシアの人たちと異なる見方をしているのではと感じることはあります。インドネシアのことをある点では外側から見ることもできるし、内側からも見られるのだと思います。そういう意味では、少しだけほかのインドネシアの人たちとは違うのかもしれません。

インタビューに答えるテディ監督の写真

油井: インドネシア国内でのみ、暮らしてきた人とは大きく違いますよね。

テディ: そうですね。この三部作もそうなのですが、インドネシア人の生活について、インドネシアにおけるイスラム教、あるいは官能について、これまでと異なる視点で描きたかったし、そういうものが完成しました。自分の作品では聖人や天使のようなキャラクターを作り上げるのではなく、もっと人間くさいアプローチをしたかったのです。それが既存のインドネシア映画のアプローチとは異なるのかなと思います。

細部にこだわった人物描写のスタイル

油井: あなたの作品をとても新鮮に感じました。大学で人間行動学を学ばれたことが作品に反映されているのでしょうか。

テディ: 自分の作品や脚本などに実際にどう影響しているのか分かりませんが、人物の性格や関係性、どういうふうに気持ちを偏向させたり、移行させるのかなどを理解することには、少し役立っていると思います。

油井: 『タクシードライバー日誌』で、主人公・アハマドは少し繊細な人物として描かれていました。例えば、熱い飲み物を扇風機で冷ましてから飲む、というような。細部にいたる人物描写がとてもユニークでしたが、人間行動学を学んだあなたならではの手法なのかなと思いました。

映画のスチル画像

『タクシードライバー日誌』

テディ: そうですね。それは私の作品の特徴的なところかもしれませんね。たぶん自分とは異なるバックグラウンドをもつ人物なので、意図的に細かく設定したわけではないのですが、彼の台詞を最小限にとどめる分、とても繊細な人物像を作りたいと思いました。だから彼のキャラクターを際立たせるための工夫に気を配りました。

油井: 本作はジェットコースター・ムービーのようですね。というのも、序盤はスローで退屈な雰囲気で始まるものの、突然クライマックスに入っていき、フルスピードで上って下る。本当に衝撃的な作品でした。

テディ: この映画では、“暴力”そのものを構築するのではなくて、ジェットコースターのような感情として暴力を表現したかったんです。セクシュアリティの表現についても同じです。だから序盤はとてもマイルドでゆっくりなのですが、中盤に突然豹変するというような……。この映画を観る人の中には、異なる二本の映画を観たような気持ちになる人もいるようです。実は、それこそこの映画で体験してほしいことです。

油井: 劇中でアハマドが着けている仮面は、スプラッター映画のパロディ、一種のジョークのようですね。ホラー映画の『13日の金曜日』(ショーン・S・カニンガム/1980/米国)を想起させました。

テディ: 実は、脚本の初稿段階では、問題の処刑シーンで彼は仮面を着けていませんでした。でも、暴力をふるうときに別人になりたかったのではないかと思ったんです。彼は変わりたい、それを仮面で表現しようと思いつきました。仮面の下にある感情は、表面上では伺い知れない。それを外した瞬間に彼はパニックになり、嘔吐してしまう。でも仮面を着けている間は、彼はとても強くなるのです。これを取り入れたことで、キャラクターに厚みをもたせることができたと思います。