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現代マレーシアに鋭く切り込む社会派集団 ――マーク・テ&ジューン・タン インタビュー

Interview / Asia Hundreds

ファイブ・アーツ・センターへの参加動機

―以前マークさんは、過去の歴史、アートの文脈へとつながること、また、アーティスト同士のつながりということが重要であり、それがファイブ・アーツ・センターへの参加動機だったとお話しくださいました。また、ファイブ・アーツ・センターは、マレーシアの将来あるべき姿の縮図であり、多様な背景をもった人々がつながりあっていく方法、その実践として捉えているとおっしゃっていました。それは今日のお話にも感じましたし、変わらぬ思いであることを確信しました。

マーク:ええ、その通りです。

―ジューンさんには参加動機を伺ったことがありませんね。ぜひお聞かせいただけないでしょうか?

ジューン:個人的な想いから参加しました。パフォーミング・アーツにはずっと興味をもってきましたし、私は科学を専攻していたこともあり、システムあるいは枠組みを理解したいという欲求がありました。アートというものは、捉えどころない仕組みだと常々思っていて、この好奇心について、ファイブ・アーツ・センターの創設メンバーの一人であり、当時学校で私の先生だったマリオン・ドゥ・クルーズに直接話してみたんです。するとマリオンは、すぐに私をステージ・マネージャーのアシスタントとして雇ってくれました。
初めて参加したステージは、廃墟になった建物のなかで観客がウロウロ動き回って鑑賞するというもので、ステージはどこにもないし、マネジメントしようのない作品で、のっけから探究心に火がついてしまったんです。それが1998年のことです。
そうそう、マリオンにリクルートされたのは、「スシキング」という寿司レストランだったんですよ。寿司屋でリクルートされたなんて、国際交流基金のインタビューにふさわしいストーリーでしょう?(一同笑)

経験とアート観の違いによる摩擦―対話による理解と知識の継承

 ―創設から20数年後にマークさんやジューンさんがメンバーに参加し、設立時を知らない若い人たちも参加してきました。そこには、さきほどの家を運ぶプロジェクトの話に垣間見られたような、世代間あるいは経験の違いによる摩擦みたいなものはあるのでしょうか。あるいは、次代を担うアーティストやマネージャーに対する年長者の教育的配慮と言えなくもありませんね。

ジューン:私自身は、世代間の葛藤というよりも、むしろ、個人間の摩擦ではないかと思っています。14人もの頑固で自説をまげないような人たちが集まれば、エゴがぶつかりあうこともあるのは当然の帰結だと思いませんか?メンバーの多くは教師をしていて言葉に長けています。「言葉のある人」対「言葉を持たない人」というぶつかり合いはありがちです。
私の場合は、そもそも業界外からきたので、言葉を共有していなかったということもあるかもしれませんし、アート外の見方だったために、話が合わなかったということもあります。その意味において、個人差、個人的な葛藤ではないかと思いましたが、マークは違う見方をしているかもしれませんね。

マーク:私は世代間の健全で建設的な緊張はあると思います。それは、私自身がつい歴史的な観点からものを見がちだからかもしれません。マリオン・ドゥ・クルーズ、ジャネット・ピライ(Janet Pillai)、アン・ジェイムズ(Anne James)、アイビー・ジョシア(Ivy Josiah)といった、ファイブ・アーツ・センターの主要メンバーの多くは、70年代に学生運動をやっていた大卒女性の第一世代です。彼女たちは、パフォーミング・アーツを、より国家主義的なポジションから捉えています。つまりそれが70年代の潮流であり、彼女たちが受けた教育の環境であり、国家を建国するというプロジェクトにおける希望と信念だったのです。たとえばそれは、地域の伝統的なものを現代的な言葉で捉え直すということを実践してきた人たちだということです。
この世代の人たちは、教育者となって、方法論や教育制度、あるいは哲学を編み出してきました。私も教職につくようになって気づいたことなのですが、知恵や情報というものは文脈的であると同時に政治的であるということです。彼女たち世代にとってそれは、暗黙知なのかもしれません。
彼女たちは、マレーシアの大学でパフォーミング・アーツのトレーニングシステムを構築するなど、非常に強い影響力をもっていますし、その経験はとてもエキサイティングなことだったと思います。言い換えると、権威を帯びる存在にもなったということです。
ファイブ・アーツ・センターにおいて彼女たちの世代と対話することは、とても有益な摩擦を生み出すことだと考えています。バカげたことであっても、ユーモアをもって知識を継承していくという意識は共有していると思います。

―今後もファイブ・アーツ・センターに若い人たちが入ってくると思います。これからお二人の世代がファイブ・アーツ・センターの牽引者になっていくわけですが、あなたがたは、どのような態度で接していくのか興味があります。

ジューン:やはり世代では語り得ないと思うんですよ。私はマークより年上だけど、ファイブ・アーツ・センターには後から参加しました。年齢とか世代というよりも、コレクティブが何を必要としているかということから勧誘していくことになると思います。

マーク:ジューンのファイブ・アーツ・センターでの最初の仕事はステージ・マネジメントで、謝金はちゃんと支払われました。それが、協働者への報酬を優先にしているために、メンバーになった途端に報酬がなくなりました。よく冗談で、一番バカな選択はファイブ・アーツ・センターのメンバーになることだねと言っていますけどね(笑)

ファイブ・アーツ・センターの集合写真
ファイブ・アーツ・センター