次回作『Gobyerno ゴビエルノ』、理想の政府とは
JK:次回作は、『ゴビエルノ(Gobyerno)』、政府、という作品です。
山口:確か今年のソウルのフェスティバル・ボムに招かれていますね。おめでとうございます。
JK:どうもありがとう。ディレクターのイ・スンヒョウにはメルボルンで会いました。『ゴビエルノ』はフェスティバル・ボムでプロトタイプとして発表し、デイヴィッドが加わり、5月にマニラで上演されます。観客が出演し、理想的な政府について映像を撮る参加型の作品です。あなたが理想とする政府とは?と尋ねます。映画セットのようなオーディトリアムに入っていき、あなた自身が政策、政治について、女性のリーダーがいいか男性がいいか、議会政治かそれ以外か、などについて映像を撮影します。その場にアーティストも、デザイナーも、役者もいて、あなたの希望通りに動きますので、好きなように映画を撮ることができます。自分が理想とする生活を提案するのがこの作品のねらいです。もちろん、理想とする政府も重要です。あれこれ考えるのは簡単ですが、上演するのはなかなか難しいものです。上演は可能性を探し、変革を起こすためののリハーサルになります。
カルナバル・フェスティバルが目指す理想の創作環境
山口:「カルナバル・フェスティバル」はどのようなフェスティバルですか?
サラ:カルナバルは2013年にスタートしたフェスティバルで、私はキュレーターのひとりです。第一回目では異なる分野のオルタナティブな、同時代のパフォーミング・アーツ界で活躍もしくは活躍しつつあるアーティストを一堂に集め、それぞれプレゼンテーションのできるプラットフォームを目指しました。こういったアーティストのほとんどは既存のカテゴリーや分野に分類されにくく、たとえばシパット・ラウィンはパフォーマンス・アートであり演劇ではないとされることがあり、その場合は劇団とはみなされません。一方で、私たちの作品をパフォーマンス・アートとして受け入れないコミュニティや状況もあります。さらに影絵芝居のコレクティブなども、演劇の助成金を申請しようとすると、これは美術だといわれ…。 カルナバルはそういった作品やアーティストを受け入れる、開かれたフェスティバルです。多様な人々がそれぞれに活動をしていますが、実際には互いをほとんど知りません。お互いを知り、また観客やリソースのシェアを目指してカルナバルを立ち上げて、15から20の作品を上演しました。
山口:結構な数ですね。
サラ:はい、大学の劇団も含め様々なアーティストに声をかけました。今年は5月6日から17日まで開催されます。今回はキュレーションを少し変え、作品の上演だけでなく、プロセスと展開にもフォーカスしています。
JK:サラと私はアーティストたちと話し合いを重ね、パフォーマンスと社会の変革についてアイディアや提案を出すよう依頼しています。私たち自身の実践・経験からいえば、観客を作品創作プロセスの一部と位置づけ、特定のコミュニティや観客を念頭に置くと、創作方法がシフトします。あなたはアーティストであり、やりたいように稽古をすればよい、だれがみてようと構わない。それでもかまいません。しかしながら、ツイッター等を用いてティーン・エイジャーにアプローチするとなると、彼らの言語を使わなければなりませんし創作方法も変わります。提案としての作品を考えるよう、アーティストにお願いしています。国際的に活躍するアイサからもたくさんのアドバイスをもらっています。
フィリピンの外からみると
山口:アイサ、朝早くからありがとうございます。まずJKと知り合ったきっかけをうかがえますか?
アイサ・ホクソン(以下、アイサ:彼に初めて会ったのはかれこれ12年前です。同じ高校に通っていて、彼は演劇科で私は美術科でした。その後それぞれが歩んだ道には何か共通するものがあり、同時性がみられます。
写真:山本尚明
山口:ああ、そうなんですか。
アイサ:2011年、私は『Death of the Pole Dancer』の創作中で、同年『バタリア・ロワイヤル』も生まれました。JKとの間にはアーティストとして成長していくうえで似たような展開が多く、同じ家に住んでいたことからいつもアイディアを交換していました。この家は私にとって新しいものが生まれる場所で、このような場所を自分のために確保することはとても大切です。こういった場所の存在は舞台芸術界の多くの人にとって大変有意義ですし、パラダイムシフトにつながる可能性を秘めています。特に若いアーティストのサポートにはとても重要です。
JK:私もそう思います。大変ですけれど。
アイサ:シパット・ラウィンのような試みも有効でしょう。私は常に個のアーティストとしてむしろ外部で活動してきたので、内部と外部の視線のバランスやフィードバックが得られることはとても貴重です。久しぶりにマニラに戻ると自分の居場所がないような気がしますが、知り合った人たちと再会して彼らの作品を観たり、単にディスカッションに参加するだけでも、今何が起きているかがすぐにわかるし、地面に引き戻してくれます。
JK:私たちはアイサの作品をマニラの舞台芸術界に定着させたいのです。彼女は私たちが国際的なシーンで演劇活動ができるようアドバイスをくれますし、そこでは文脈がいかに重要かも教えてくれました。
サラ:いろいろな交換・交流が行われる場所の存在は本当に重要ですね。
アイサ:そうです。話して、議論して、作業して、そして開いていく場所。これまでフィリピンでは考えを明確に言い表すことをあまりしてこなかったのかもしれません。感じたことを言いたくても教育や素養がないとうまくできません。でも教育は環境からくるものだし、経験豊かな人たちがフィードバックや批評をしてくれると、とてもいい環境が生まれると思う。
サラ:カルナバルのキュレーターとしては、アーティストを新しい作品づくりにおいてサポートして、創作のプロセスで、必要に応じてフィードバックやコメントをして、またアーティスト間でもコミュニケーションが生まれるようにしたい。
アイサ:まさにそうですね。今私たちでこういう話をしていることが自体が印象的です。ブリュッセルにはこういったプラットフォームがたくさんあって、レジデンスもそうだし、作品を創る際にいろいろな人が意見を述べてくれるし、ワーク・イン・プログレスとして上演し、その後にフィードバックをもらうこともできる。コンセプトを考えて提案し、その翌年にはレジデンシーが得られて、実際の作業に入る前に、じっくりと時間をかけてアイディアを育てることができる。フィリピンでは、一つの作品をつくるための息の長い計画を立てることはほぼ不可能。ただつくり、上演する。考えるためのプラットフォームがない。
JK:そういった場の必要性はもっと認識されるべきです。昨晩、アイサのワーク・イン・プログレス『Host』のリハーサルを観ました。作品の上演ではなくて、ワークインプログレスの発表なのですね。
アイサ:そういうぜいたくな環境はフィリピンにはないわね。
サラ:シパット・ラウィンの場合は、上演される作品はすべて何らかのプロトタイプです。それを上演と名づけてしまうと、観客はプロトタイプ以上のものを当然期待するでしょう。完成してないものに対して、お金を払ってくださいとはいえないし。その2つの間でバランスを取る必要がありますね。
JK:失敗してもいいという余地があるといいと思う。作品が完成する前に、今失敗することは構わない。自分たちの経験から若いアーティストに伝えられることはあるし、私たちの小さなスペースを提供することもできる。このベースがあるからこそ多くを始められるし、シパット・ラウィンは今後数年は活動を続けるし。
山口:アーティスト自身がそうしたプラットフォームを構築しようとしているところが興味深いです。
アイサ:海外からマニラに戻るたびに、アーティストのコミュニティが育っているのを目にしてとても元気づけられます。自分もその一員ですが、普段は外からみています。帰国するとコミュニティが明らかに進化していることがわかります。サラ自身もとても変わりました。最初に会った頃は私やJKの見習いのようでしたが、今や自分の考えをしっかり持って行動する自立した個人です。シパット・ラウィンも徐々に国際ネットワークを構築しつつあり、交流の成果が出てきていると思います。このまま私たちが何とか前進すれば、フィリピンの舞台芸術シーンにもブレイクスルーが訪れるでしょう。
国際コラボレーションについて
山口:海外のアーティストとのコラボレーションについてはどうですか?
サラ:作品を提示するフェスティバルはマニラにもたくさんあり、「国際フェスティバル」と銘打ち、外国からアーティストを招いてハイライトに据えています。フィリピンでは外国からのものはすべてよしとする傾向があり、その後交流が続きません。カルナバルは今回国際プラットフォームとして、他の文化圏のアーティストと交流を深め、コラボレーションへの足がかりを作りたいと考えています。むしろ交流のためのプラットフォームと名づけるべきでしょう。
JK:海外のアーティストがフィリピンを訪れ、フィリピンのアーティストと出会い、公演を観て状況を知る。フェスティバル終了前に企画を提案し、2016年の試演を目指します。そのための助成金の申請などもしていますし、招かれるアーティストの側も、費用ねん出のための努力をしてくれています。
山口:日本のアーティストとも何かできるといいですね。
JK:はい。ここTPAM(国際舞台芸術ミーティングin横浜)で、カルナバルに参加して公演やコミュニティにもかかわってくれるようなアーティストに会えることを楽しみにしています。
サラ:そして日本だけでなく、ASEAN諸国のアーティストにも出会いたい。
アイサ:フィリピンの舞台芸術界は国際ネットワークから切り離されているので、隣国とはいえ他国のアーティストと出会うことがとても難しいのです。だからできるだけ多くの東南アジアのアーティストを招くことができればいいですね。私たちはむしろ西洋との距離が近い感じがします、多分教育のせいもあると思う。
サラ:私たちは東南アジアの国それぞれの舞台芸術をめぐる状況を知らないし、きっとフィリピンのことも知られていないでしょう。これまで本格的な交流がなかったから。伝統舞踊や演劇には親しんでいるでしょうけれど、同時代の舞台芸術についてはほとんど交流がない。
山口:TPAMのグループミーティングが良い機会だと思いますよ。
JK:元気が出ます。とにかく根気が大事!演劇やパフォーマンスにかかわるのに絶好の時機が到来したと思ってます。
サラ:そしてアーティストである絶好の時機。
JK:そう。TPAMは考えるためのエネルギーをくれるし、マニラで活動しているアーティストにとっても、国際コミュニティがあると知ることはとてもいいと思います。
サラ:昨日インドネシアのジャカルタ・アーツ・カウンシルのヘリー・ミナルティと話をして、自国で舞台芸術にかかわるための苦労について聞きました。私もフィリピンの状況について話し、私たち以外にも同様の状況にある人々がいることを知り、勇気づけられた気がしますし、これが新しいアイディアや取り組みのきっかけとなって、状況をよくするためのクリエイティブな方法が見つけられるかもしれません。
山口:今日はどうもありがとうございました。私も元気づけられました。
JK:こちらこそ、ありがとうございました。
サラ:フィリピンに来たら一緒に食事に行きましょう。
JK:それから踊りましょう!
【2015年2月15日、横浜市桜木町にて】
聞き手:山口真樹子 (やまぐち・まきこ)
東京ドイツ文化センター文化部にて音楽・演劇・ダンス・写真等における日独文化交流に従事した後、ドイツ・ケルン日本文化会館(国際交流基金)にて舞台芸術交流、日本文化紹介、情報交流他の企画を手がける。2011年春より東京都歴史文化財団東京文化発信プロジェクト室でネットワーキング事業を担当。現在国際交流基金アジアセンター勤務。