芸術と経済をつなぐ相乗効果
―先程、ソーシャル・インパクトについてお伺いしましたが、もう少し詳しくお話しいただけますか。
プリム:まず、芸術は人々にアイデンティティを与えることができ、それは社会基盤になると思います。それから、私は芸術を生活手段だと考えています。どのようなプロジェクトにも共通することですが、安定した収入を得る手段として、家族を養える雇用をつくる方法を模索しています。そして、先程もお話をしましたが、教育では獲得できない人生のスキルとして、未来を考える力を身につけられると思います。
私はビジネスの出身なので、芸術や非営利に精通した人とはやや異なる考えを持っていると思います。どのようなプロジェクトも一度限りのイベントにはしたくないので、どのようにしたら持続できるのかを考えることが重要だと思っています。
例えば、カンボジアン・リビング・アーツは非営利団体ですので、その活動を維持するためには資金調達が必要です。そこで、安定した収入を増やすために、プノンペンに観光客をターゲットにしたパフォーマンスの場をオープンしました。私はクリエイティブ産業プログラムと呼んでいますが、そこで得た利益を事業に再投資する仕組みです。芸術と商業のバランスが重要で、芸術を振興するスペースに加え、芸術と商業がリンクする場をつくりました。
写真:鈴木穣蔵
―芸術が経済とリンクするためには何が必要だとお考えですか。
プリム:観客を創出し、市場を開拓することだと思います。一般的に、芸術家や非営利団体は芸術をお金にする方法を知りません。すばらしい発想で作品をつくる芸術家でも、一般の人たちに自分の作品を語る術を知らない場合があります。作品を市場に出し、価値のあるものとして提示できないということです。そこで、私はアーツ・マネージャーが重要な役割を果たすと考えています。アーツ・マネージャーは芸術家の作品を理解し、また、観客や市場のニーズを理解する役割があるからです。それが文化や芸術を持続する唯一の方法だと思います。
―観光についてお話しいただきましたが、観光と芸術についてはどのようにお考えですか。
プリム:観光は世界に巨大な市場を持ち、どの国においてもその市場に注目がされています。しかし、観光と芸術という視点には注意が必要です。例えば、ニューヨークに行く観光客はメジャーな観光スポットを訪問し、ブロードウェイで『ライオン・キング』や『オペラ座の怪人』を観たいと考えます。しかし、最も創造的な作品を上演するオルタナティブ・スペースまでは足を伸ばしません。それは、TPAMとも共通していて、革新的な作品を創造するスペースはフリンジなので、全体としてバランスをとる必要があると思います。
観光客をターゲットに市場を開拓するのは難しくないと思います。それはエンターテインメントにシフトすれば良いからです。しかし、芸術はエンターテインメント以上に知的な要素を持っているので、その発展を促すためにも市場に関心を持ち、理解する必要があると思います。
カンボジア初の文化政策を取り巻く問題や課題
―近年、カンボジアで初の文化政策が発表されたと伺いましたが、どのような内容だったのでしょうか。
プリム:とても一般的な内容でした。ユネスコの支援の下で検討されたのですが、創造性や遺産、リーダーシップ、芸術教育等を基本とする一般的な枠組みです。その政策に付するアクション・プランのとりまとめが課題として残っていて、それをどのように実行するのかが重要だと思っています。
―プリムさんが思い描く文化政策とは違いがあったのでしょうか。
プリム:いくつかのギャップがありました。例えば、政府が考える創造性とは伝統を基本としているため、現代の創造性の意義を訴えました。海外では現代の文脈で創造性を高めていると主張したのですが、政府は理解を示してくれませんでした。
それでも、文化政策がつくられたことは、とても重要な第一歩だと思います。文化政策の存在はとても重要で、政府の4つの柱のひとつであるべきです。教育、経済、環境の持続可能性、そして、文化だと思います。
―それでは、現在、カンボジアの人々はどのような問題に直面しているとお考えですか。
プリム:私たちは大きな変化の渦中にいます。今後、若い世代が牽引していく時代になっていきますが、多くの政治的な問題を抱えています。ただ、前回の国民議会選挙では、ある種の希望を見出すことができました。現在の首相は20年以上在任していますが、若い世代の人たちは新しいリーダーシップのモデルが必要と考えています。シハヌーク国家元首が国を率いる前から国のリーダーシップはとても伝統的な方法でしたが、現政権のフン・セン首相は改革を始め、若い人たちもその改革を望んでいます。そして、その改革による変化が起き始め、私の予想よりもはるかに速いスピードとなっています。
そして、カンボジアではFacebookが最も支持されているメディアのひとつです。それは誰もが自由に主張できるプラットフォームだからです。政府もFacebookを規制しようとはせずに、首相も毎日のようにFacebookを活用しています。
写真:鈴木穣蔵
―カンボジアの今後の課題は何とお考えですか。
プリム:人材です。カンボジアでは、人口ピラミッドの底辺に数多くの若年者が存在します。30歳以下の人口が全体の約70%で、21歳以下の人口が全体の半分以上を占めています。高齢者も少なくはないのですが、高齢者と若年者の間の人口がとても少なく、国を牽引するリーダーの数が不足することが予想されます。そこで、私は人材に投資したいと考えています。国が急速に変化するなかで、革新的なアイデアを実現するためのリーダーとマネージャーが必要だと考えています。
未来の世代に必要な投資
―人材に投資するとは具体的にはどのようなことでしょうか。
プリム:教育に投資することです。いつも言うのですが、数年間で世界を変えることはできません。世界銀行は5年間で世界を変えると考えますが、私たちは未来の世代へのインパクトを視野に入れるべきだと思います。
現在、次の5年間の戦略を立てています。それは2020年の次の5年間のことで、私は芸術が社会の中心となって未来の世代への投資の役割を持つと考えています。そして、学校に芸術を持ち込む方策として、教育省とパイロット・プロジェクトを始めました。私の考えでは、5年後にプロジェクトが終了したときに、教育省にその役割を引き継いでもらいたいと思っています。そこで、今はそのモデルをつくる取組みをしています。
―日本でも教育現場でのアウトリーチは盛んに行われていますが、プリムさんのプロジェクトの特徴をお話しいただけますか。
プリム:どの国の文化でも共通することだと思いますが、現代の創造性と同様に伝統も重要です。それは伝統にはその国の文化のルーツがあるからです。伝統と現代のバランスが不可欠なのですが、世代から世代へと受け継がれるべき伝統が失われているため、伝統や文化のルーツを知らない若い世代の人たちが増えています。彼らが現代や海外の文化に興味を持つことを止めることはできませんが、伝統の基礎を理解する機会を提供し、社会の柱を築く必要があると考えています。
―最後に、今後の展望をお話しいただけますか。
プリム:教育に投資するほかに、先程もお話ししたように文化セクターで若い世代のリーダーが活躍することです。そして、プノンペンに美しいアートセンターを建設する夢を持っています。それから、芸術家の創造を支援するファンドをつくりたいと考えています。将来、私が引退したときに、若い世代の人たちが活躍できる環境を整えたいと思っています。
写真:鈴木穣蔵
【2016年2月13日、ヨコハマ創造都市センターにて】
聞き手・文:稲村太郎(いなむら・たろう)
1976年生まれ。高校生の時に見た「人間の条件展」(スパイラル)に衝撃を受けて、アートの世界に興味を持つ。大学で芸術学を専攻する傍ら、都内クラブでDJとしてイベントをオーガナイズする。民間の文化施設で現代美術展の企画制作に携わり、その後、渡英。英国ではトニー・ブレア政権以降の文化政策の推移や評価、クリエイティブ産業の経営学について研究する。現在、公益財団法人セゾン文化財団プログラム・オフィサー、株式会社ニッセイ基礎研究所芸術文化プロジェクト室研究員として働く。