日本とイスラム-ハラルについて問題
藤岡:日本社会とイスラム、特に日本滞在中にあなたが実施したハラル*4 に関する取材から分かったことについても聞かせてください。
*4 Halalという言葉の文字通りの意味は「許される」であり、シャリーア(イスラム法)において「合法である」と解釈される。法的事項から、信者に許される飲食物の決定といった日常生活まで、ムスリムの生活様式のことをいう。
アヤン:まず第一に、ムスリム・コミュニティに対する日本政府の政策はとてもあたたかく、友好的だと思いました。日本ではイスラムに対する偏見や嫌悪感がほとんどないと感じました。少なくとも、ヨーロッパ諸国における状況ほど酷くありません。7年間ヨーロッパでムスリムとして暮らしたことで、いかにしてイスラムに対する偏見が非イスラム国で生まれるのかが分かるようになりました。ヨーロッパでは、イスラムが非難の犠牲や対象になっているのを毎日目にしていました。これは、メディアの影響が大きいです。なぜヨーロッパやアメリカのメディアは、インドネシアにおけるイスラムの平和的なイメージに目を向けないのでしょう?なぜ彼らはいつも、中東での紛争を、イスラム全体を象徴するものであるかのように取り上げるのでしょう?
私は、日本のイスラム観が東南アジアに対して広く開かれているのを嬉しく思います。最近では、日本在住の外国人ムスリムの大多数がインドネシア人なので、日本にいるインドネシア人ムスリムは、イスラムの良いイメージを日本社会に与える上で貢献できると思います。2つ目の印象として、正直なところ、イスラムに関する情報がここ日本では広く行き渡っていないということがあります。多くの日本人は、宗教としてのイスラムを理解していないようです。実際、この点については、日本で私がハラルについて調査する中で明らかになりました。
藤岡:今、とても多くの日本企業が、ハラルを扱うことに関心を持っていると聞きました。これはなぜだと思いますか?
アヤン:多数の取材や視察を行った結果、事業者にとってハラルは利益になるものだということが分かりました。彼らは、イスラムの教えや宗教としてのイスラムという観点からハラルに関心を持っているわけではないようです。ただ、それに対して、私は必ずしも批判的ではありません。日本人にイスラムを紹介するきっかけになり得るからです。
藤岡:非常に多くの組織がハラル認証を発行している一方で、人々はハラルそのものについてはよく理解していないということについて、問題だとは思いませんか?
アヤン:そうですね、調査を開始した時、私は困惑しました。ムスリム諸国では、ハラルを認定し、認証を発行する機関は1つだけだからです。例えば、インドネシアでは、Majelis Ulama Indonesia[インドネシア・ウラマ協会]という機関だけです。マレーシアやエジプト、サウジアラビアでも状況は同じです。しかし、日本にはハラルに関する団体や協会が多数あります。ただ、日本はムスリムの国ではないので、そういった状況であることも理解できます。それに加えて、憲法で禁じられているので、政府は宗教問題に介入することができません。このような状況なので、ムスリム・コミュニティや、ハラルを扱うことに関心を持っている日本人は、それぞれ独自のハラル協会やハラル団体を設立することができたのです。この状況は現場を混乱させると同時に、関係者の間に緊張感を生み出しました。ちなみに、私の調査によると、日本で活動しているハラル認証団体は10に満たない状況ではあるのですが。
藤岡:状況を改善するために、何か提案はありますか?
アヤン:まず最初に、全てのハラル関連団体が集まって、ひとつのハラル・コンソーシアムを設立するべきです。2つ目の提案は、日本のウラマ評議会を設立することです。日本人のウラマが見つからない場合には、インドネシア人のウラマを評議会に招くのもひとつの案だと思います。日本のウラマ評議会が設立されたら、そこで日本におけるハラルの基準を作ります。そして、評議会で決定される全ての事項に、ハラル・コンソーシアムは従います。現在、日本の企業は、どの団体に従い、どの基準を満たせば良いのかわからず、非常に困惑しています。今回の調査中、ハラル認証を企業に売っている団体をいくつか発見しました。これは、シャリーアに反していると言わざるを得ません。ハラル認証は売り物ではなく、ある製品がシャリーアを遵守している場合にその製造を許可するために付与されるものです。このような誤解を防ぐためにも、日本独自のウラマ評議会の設立がひとつの解決策となるかもしれません。日本の文化と伝統に敬意を払いながら、イスラムの教えを人生を誘う哲学として生活に取り入れる、そんな「日本式イスラム」の考え方に基づくウラマ評議会の設立です。
藤岡:今回、アジア・リーダーシップ・フェロー・プログラムに参加して、どんなことを考え、学びましたか?そして最後に、将来に向けた目標、または日本とインドネシアの若い世代の人たちへ、メッセージを聞かせてください。
アヤン:このプログラムから、たくさんのことを学びました。最も重要なことは、他のアジア諸国のフェローたちと出会い、彼らと様々な課題について議論したことです。我々アジアの人間には、良い面でも悪い面でも、多くの共通点があることに気づきました。日本とインドネシア両国の若い世代の人たちには、互いの国を訪ね、一緒に旅することを勧めます。日本の学生は、インドネシアの学校やイスラムの寄宿学校を訪ねると良いのではないでしょうか。2030年、日本が超高齢化社会を迎える頃、インドネシアの人口はおよそ3億人になります。日本政府が移民の受け入れを検討することになったら、インドネシア人は歓迎しても良いと思う外国人の中に含まれるでしょう。私たちは、新しい価値観を容易く身につけることができるからです。インドネシアと日本は、双方にとってメリットのある関係を築けるよう、これからも密に連携し、協力していくべきだと思います。
藤岡:本日はどうもありがとうございました。海外で高等教育を受けた後に草の根レベルの教育の世界に飛び込んだ、あなたの情熱と責任感にたいへん感銘を受けました。
宗教的過激派が世界を脅かし、イスラムに対する偏見や誤解が広がっているなかで、あなたのようなインドネシアの若きムスリム指導者が、穏健で寛容なイスラムを広めることに尽力し、広い視野を持つ若者たちの教育に懸命に取り組んでいると知り、勇気づけられました。
日本のハラル問題に関するあなたの論文も楽しみにしています。
【2016年10月25日、国際文化会館にて】
インタビュアー:藤岡 恵美子
福島を拠点とするNPO法人ふくしま地球市民発伝所(福伝)の事務局長。福伝の主な使命は、原発事故後の福島から得た教訓を市民の視点で世界と共有することである。2005年から2009年まで、南アジアの貧困や災害に苦しむ人々のために活動する日本のNGO、シャプラニール=市民による海外協力の会のダッカ事務所長を務める(現在は同会の理事)。2012年、国際協力NGOセンター(JANIC)の震災タスクフォースのメンバーとして東京から福島へ移住し、2014年にJANICが福島での活動を終了した後、福伝の活動を開始。2016年のアジア・リーダーシップ・フェロー・プログラム(ALFP)参加者。
編集:八木和美、山西加納(国際交流基金アジアセンター)
挿図提供:アヤン・ウトリザ・ヤキン
写真(インタビュー): 鈴木穣蔵