同性婚と性別変更への壁
日本では同性婚はまだ認められていませんが、パートナーシップ制度*5 を取り入れる自治体が増えてきています。この制度は、法的には婚姻と同等の効力はありませんが、例えば病院などで手術同意書にサインができる、家族として面会ができるなどのメリットがあります。電通総研によると2019年4月時点で426組の同性カップルがこの制度に申請しています。また性別変更についても、厳しい条件ではありますが、医師の診断や性適合手術を受けるなどの条件をクリアしていれば可能です。
*5 同性カップルを婚姻に相当する関係と認める自治体独自の証明書を発行する制度。2015年11月に東京都渋谷区、世田谷区が日本で初めて導入した。
一方フィリピンの場合、結婚とは「男女間における永遠の絆という特別な契約」と家族法に明文化されています。この背景にはキリスト教の教義があります。結婚は男女のものである、とはっきり書いてあるのです。パートナーシップ条例もありません。繰り返しになりますが、カトリック教徒が大半を占める国なので、今後フィリピンで同性婚が認められる可能性は低いです。性別変更も認められていません。出生証明書の「訂正」は認められていますが、出生証明書に何らかの誤りがあった場合のみです。過去には、インターセックスの人の性別変更が裁判で認められたこともありますが、トランスジェンダーの場合は認められません。性の変更は神に歯向かうことと同じという考えがあるのです。このように、日本と比べてみるとフィリピンは大変厳しい状況だといえます。
フィリピンのろうLGBTQ支援
フィリピンに行ったのは、ろうLGBTQの団体に対するサポート体制、心理的な援助、特に当事者団体の現状を調査するのが目的でした。フィールドワークとして、ろうやLGBTQの関係者、ろう学校、手話通訳者団体、聴者のLGBTQ団体を訪問するなどし、そこで23名の方にインタビューすることができました。
Pinoy Deaf Rainbow(以下、PDR)という、アジアで初めてのろうLGBTQ団体として2011年に設立された団体がマニラにあります。「フィリピンのLGBTQの人たちを守るために、私たちは声を上げ、戦っていく」ことを団体の活動目的に掲げ、他のマイノリティの方々も参加し、包括的な社会づくりに貢献していくことを目指しています。組織もきちんとしていて、毎年選挙を行っています。今の団体の代表はディスニさんといって、MTF(Male To Female:身体的性別が男性で性自認が女性の人)のトランジェンダーです。今までは、ゲイの方がずっと代表をされていて、初めてトランスジェンダーの人が代表になりました。とても幅広い活動をしています。
PDRでは、自分たちのろうLGBTQとしてのアイデンティティや誇り、文化などを重要視しながら活動を進めています。私が見学した時は自己啓発プログラム、リーダーシッププログラム、仲間同士で相談するカウンセリングなどを行っていました。みんなが集まって、自分のアイデンティティや今考えていることを話し合ったりしているのです。こういった心理的サポートと同時に、経済的に豊かな人ばかりではないので、経済的自立のためのプログラムや能力開発、口コミでの求人紹介も行なっています。例えば、仕事に必要なパソコン操作を教えあうなど、仲間がしっかり力を合わせて活動をしているという印象を受けました。
また、ろう者の親の多くは聴者です。つまり、ろうLGBTQに対しての理解がほとんどありません。ショックを受ける親も少なくないです。また、子どもの方が「親はろうである自分を一生懸命育ててくれたのに、更にLGBTQであるとは言えない」と悩むケースもあります。そういった家庭に対するファミリーサポートも今後行っていきたいと話していました。
ディスニさんが働くHIV/AIDS啓発団体Love Yourselfも訪問しました。トランスジェンダーの人達は夜の仕事をしている人も多く、安全ではないセックスをしてしまってHIVに感染する人もいます。Love Yourselfが実施するHIV検査には、ろう者もたくさん来ます。情報不足からHIVに感染してしまう人が多いのです。彼らにはディスニさんが手話でサポートします。ディスニさんは、聴者スタッフとも手話を使って自然なやり取りをしていました。聴者との間に壁がないのです。
ディスニさんが何度も話していたのは、ろうLGBTQだけで集まってもだめで、聴者LGBTQコミュニティとも積極的にかかわり、「横のつながり」を大切にすべきということです。時には聴者のLGBTQの団体とスポーツイベントやホームパーティーを開くこともあるそうです。真面目なものだけでなく楽しい企画をして、自分たちのグループだけでなく、いろんな人と交流しているのです。写真を見ても、皆さん表情がすごく明るいですよね。
一方で、LGBTQという言葉で一括りにできるものではなく、レズビアンとして、ゲイとして、トランスジェンダーとして、それぞれに抱える課題や支援方法は異なります。PDRのグループの中にも、ろうトランスジェンダー、ろうレズビアン、ろうクィアの3つの団体があります。例えば、トランスジェンダーにはホルモン治療といった特有の課題があり、それについてはろうトランスジェンダーの団体で共有されます。しかし、LGBTQ全体で考えるべき問題については、3つの団体が連携して活動しているのです。
フィリピン全土で見ると、PDRを含め、セブ島やダバオ、ルソン島などに、少なくとも6つのろうLGBTQの団体があり、それぞれが交流を図りながら活動を進めています。日本では残念ながら、それぞれの団体の連携が見られません。それぞれの問題や解決方法など、これから互いに連携して話し合う必要があると思っています。
世界ろうLGBTQ会議へ
ろうLGBTQは、ろうとしての課題、LGBTQとしての課題の両方を併せ持っています。ろうとしてのアイデンティティだけでなく、LGBTQとしてのアイデンティティをサポートすることも大切なことです。ろう学校などでそれが可能となる教育をすることや、生き方のロールモデル、ろうLGBTQコミュニティの存在を可視化することが重要だと思います。
フィリピンで学んだことの一つとして、フィリピンでは、支援プログラムが非常に充実していました。今月はこれ、次はこれをやるというカリキュラムが、きちんと決められていました。また、横のつながりがフィリピンではとても強く、驚きました。日本はLGBTQだけで固まっていて、まだまだだなと感じます。日本でももっと多くの団体と交流して、いろんなことを感じる必要がありますね。
私はアメリカに行った経験はありますが、アジアとの関わりが全くありませんでした。今回のフィリピンでの調査をきっかけに、台湾、韓国、ベトナムのように、アジア全体でつながりを作っていきたいです。今年、2019年には福岡で「ろう×セクシュアルマイノリティ全国大会」を主催しますが、そこにPDRの人たちを呼んで、講演やワークショップをして交流をする予定です。更に、私が持っているアメリカでのネットワークとアジアとつなげていきたいとも考えていて、最終的には「世界ろうLGBTQ会議」を開きたいです。それを目指して、これからも活動を頑張っていきます。
[関連リンク]
アジア・フェローシップ 山本 芙由美
アジアのろうLGBTQ支援を考える ~フィリピンでの活動調査でみえたこと~
国際交流基金アジアセンター 助成・フェローシップ プログラム
‟ろうLGBTQ”支援団体 Deaf LGBTQ Center