ASIA center | JAPAN FOUNDATION

国際交流基金アジアセンターは国の枠を超えて、
心と心がふれあう文化交流事業を行い、アジアの豊かな未来を創造します。

MENU

宗重博之――日本とベトナムの舞台芸術交流に向けた挑戦

Interview / Asia Hundreds

ベトナムの演劇事情

羽鳥:ベトナムでどういうふうに過ごされていたのか教えてください。

宗重:とにかく手当たり次第、芝居を見ようと思って行きました。ハノイでは、ほとんど毎日のように劇場に出掛けていきました。そして気づいたのですが、演劇をやっているのは大学を卒業した人たちで、ある程度生活の豊かな人たちだったんです。しかも国家が主導している演劇という構造が見えてくると、特権的な人たち、要するに知識人とか富裕層とか、そういう客層の人たちが演劇を支えているのが少しずつ見えてきた。私は、演劇とは全く無縁な人たちのことに関心があったので、可能な限り地方にも出かけました。ハノイでは、市場の一角にある八百屋の上に部屋を借りて生活しました。昼間は地元の人たちと交流しながらいろんな話を聞いていました。ハノイから1年かけて南下したのですが、ダナンとかフエ、ホーチミンも同じような環境をつくろうと、できるだけ演劇とは関係ない人たちの生活の中に入り、多様な生活文化を見ようと積極的に動きました。

写真
滞在したハノイの家の前の風景
Photo: 宗重博之

宗重:例えば結婚式では堂々といろんな人たちが出て、余興のようなことやるんですけれども、それも私には演劇に見えてきたんです。劇場のステージだけではなくて、日常の中に出てきた演劇だっていうふうに捉えるならば、そういう人たちの考え方というのも知る必要があるのかなって思ったので、すごくいい体験でした。
黒テントも、演劇がない所にお芝居を持っていくという発想から始まっています。そこは意外と似ているんです。ベトナムではやっぱり劇場だけが演劇として捉えられている。それ以外の所ではほとんど「演劇」という言葉には関われない。ハノイではチケット代を払って芝居を見に行くっていう習慣が、まだ定着していません。だから、本当に限られたものじゃないかなと思います。

羽鳥:演劇を見る習慣も、演劇をやる側の人たちも、限られていると。

宗重:そうですね。演劇・映画大学を卒業して舞台芸術の道に進むのが一般的で、なおかつ演出家になるには大学でもう2年間プラスして理論とかを学んでいるようですね。ハノイに限っていえば民間劇団はないですから、役者になるには、演劇の大学を卒業しないと、舞台に立てないと思います。

羽鳥:「ハノイに限っていえば民間劇団はない」とのことですが、その他の都市はどうでしょうか。

宗重:ホーチミンには2000年代に入って民間の劇団が認可されて、活動できる体制が整っています。大体12~13団体があったと思います。国からの支援はないので、チケット収入で運営されています。

羽鳥:認可制なんですね。

インタビューに答える羽鳥さんの写真

宗重:国が認めないと公演はできないですから。台本の検閲がありますが、上演も許可を取るという感じです。勝手に明日やろうかっていうのはできないんです。一般に公開して人を集めるのは手続きをしないといけない。

羽鳥:その場合、村芝居みたいなものとの区別はどうつくのでしょうか。

宗重:村芝居はお祭りで演じられます。ベトナム全土には大体150ぐらいの芸術団体があってその半分が演劇をやっている団体で、あとは伝統劇とか歌舞劇です。その中でも政府の管轄のものが12~13団体ぐらいです。ほかに軍の所属劇団や公安の劇団もあります。あと地方都市、あるいは省レベル、市レベルで地方行政団体所属の劇団がありますが、現代劇とは全く別のものとして扱われています。

羽鳥:そういう伝統劇とか歌舞劇のことを、演劇をやっている人たちはどれくらい意識してるものなんでしょう。

宗重:自分たちのアイデンティティが伝統や歴史の中にあるので、とても重要なものとして扱っています。現代劇の中にもチェオ*3 の音楽を使ったり、トゥオン*4 を使ったりっていうのは見られるので、それなりに残していこうというのも、現代演劇の中の人たちにはあるんじゃないかと思います。いま伝統劇が抱えている問題は後継者がいないということと、それを見てくれる若者たちがいなくなっているということです。だから存続のために、外国人観光客を取り込もうとしています。なかでも水上人形劇だけが栄えていて、ハノイでも、ダナンでも、ホーチミンでも、観客は外国人観光客がほとんどです。

*3 チェオは中国の影響下が強かった北部の農村で発展したベトナムの伝統的歌劇のひとつ。踊りと音楽が滑稽な昔話と一体化し、人の活きる術や善行が語られる。地方ではお祭りなどで上演されている。

*4 トゥオンは、もともと北部が発祥の地だが、19世紀のグエン朝時代に中部フエに伝わり、宮廷芸術として栄える。中国の説話や史実、宮廷内の権力闘争や戦国武将を扱った歴史ものが多い。演劇、音楽、舞踊の3つの要素からなるベトナムの伝統劇。ハノイ歴史研究会 Webサイト「ベトナム宮廷古典劇? -トゥオン- 」ページ

羽鳥:そうなると、観客が限られるっていうことは、共通の問題なんですかね。

宗重:伝統劇に限っていえば、そうでしょうね。一方、ホーチミンの現代演劇はお客さんが入っています。しかも若い客が。民営劇団は、若者たちのハートをつかむための方法をプロデューサーたちが考えています。彼らはレパートリーとか出演者に関してはとても敏感で、俳優は人気のあるテレビや映画のスターたちを抱えています。レパートリーも、30~40本ぐらい持っています。それを日替わりで上演して、一本の作品を5年間ぐらい回していく。ヨーロッパのレパートリーシステムに似ています。

羽鳥:観客は同じ演出の作品を違う俳優で楽しむとか、そういうこともあるんでしょうか。

宗重:レパートリーを作ったら配役はそんなに代えないです。作品はどれも似たようなもので、テーマは家族、あるいはラブストーリーとか。今人気があるのはホラーものですね。幽霊を登場させてびっくりさせたりする芝居がとても人気です。

羽鳥:ホーチミンの劇団のホームページを見ると、本当に多いですよね。他の国・地域で、ホラーの演劇がメインストリームになることはなかなかないと思うんですけど。残念ながら僕はまだ観たことがなくて。どういった特徴がありますか。

インタビューに答える宗重さんの写真

宗重:特徴はね、音です。まず音楽でびっくりさせる。舞台を真っ暗にして突然出てきたりとかするんですけれども、それも音の効果が一番大きいです。

羽鳥:それはでも、怖いっていうより驚くっていう感じがしますね。

宗重:そうですね、怖くはないです。面白いことは面白いですけれどもね。セットは使い回しだから、そんなにリアルに作ってない。ただ演技だけはリアルにしようとしています。彼らが学ぶ演劇の先生はスタニスラフスキー・システム*5 を中国やロシアで学んできている人たちだと思います。リアリズムはお金が掛かりますから、抽象的な舞台セットにならざるを得ないですよね。古井戸とかも出てくるんですけど、井戸に見えなかったりとかね。

*5 モスクワ芸術座の演出家・俳優のコンスタンチン・スタニスラフスキーが実践に基づいて作り出した体系的な俳優教育法。俳優の創造とは、役を生きることであるとして、内面的な真実を蔵した人間像の形象化を目標とした。

羽鳥:僕も少ないながら以前、ハノイとホーチミンで地元の劇団の公演を観劇したんです。どちらもおっしゃるとおり、装置が割と簡素だったり、明らかに使い回しだろうというような、パネルだったりすることが多くて。観客はそれを楽しめるってことは、すごく抽象化する能力が高いんじゃないか、と思っちゃったんです。

宗重:観客の目的は、要するに楽しみたいってことで、そんなことは気にしていないんじゃないかと思います。ホーチミンの民営劇団では、ほとんど文学作品はやらないです。エンターテインメントのお笑いを中心とした作品ですからね。とにかく笑いたいんです。
あとは、大学を卒業しても劇団に就職できなかった人たちが集まって、表現の場を探そうとしてる人たちが何人かいます。その人たちは当然、お金もない、劇場も持っていない。だからカフェとか、レストランの一室を借りて定期的に試演するという活動が、いろんな所で出始めています。

羽鳥:そういったカフェ演劇みたいなものも、認可制ですか。

宗重:これは認可なしでやってると思います。チケットも手売りで、情報がそんなに一般に出てるわけではありません。今度、聞いてみますね。

インタビューに答える宗重さんの写真