シティ・カマルディン――映画『ドラゴン・ガール』にみるブルネイの今

Presentation / Asia Hundreds


ASIA HUNDREDS(アジア・ハンドレッズ)」は、国際交流基金アジアセンターの文化事業に参画するアーティストなどのプロフェッショナルを、インタビューや講演会を通して紹介するシリーズです。 文化・芸術のキーパーソンたちのことばを日英両言語で発信し、アジアの「いま」をアーカイブすることで、アジア域内における文化交流の更なる活性化を目指しています。

カマルディン監督に聞く、ブルネイの映画産業の今、ブルネイの人々の日常

トークイベントで語るカマルディン監督と聞き手の松下氏の写真

松下由美(以下、松下):皆様映画『ドラゴン・ガール』お楽しみいただけましたでしょうか。この映画は青春物語であり成長譚でもあって、最後のオチもよかったですし、非常によく構成されたドラマだなと思いました。それでは早速ですが、会場からカマルディン監督へコメントや質問を受けたいと思います。

質問者A:『ドラゴン・ガール』はブルネイで最初の国際的な長編映画だと伺いました。デジタル機材が発達して、誰でも簡単に長編映画を撮れるような時代にも関わらず、なぜなのでしょう。ブルネイでは映像が作りにくい状況があるのでしょうか?

カマルディン:たくさんの理由があると思います。映画産業自体がない、業界がないといいますか……。なぜほとんど誰も私の前に作らなかったのかには回答できないですね。どうして誰も思いつかなかったのか……分かりません。長いあいだ、ずっと私は映画を撮りたいと考えていましたが、人材、機材やテクノロジーが限られている状況で踏み出すことは非常に困難でした。加えて、映画製作は安くはありません。資金を集めるのに苦労しましたし、つねに障害としてありました。また、さきほど申し上げた通りに映画の学校もありません。おそらくだれも映画をつくれないのは、単に基盤がないからでしょう。さらには、映画製作者のための機関やフィルムコミッションさえもありません。

松下:『ドラゴン・ガール』はブルネイの日常も垣間見られる、そんな作品でもあると思いますが。

カマルディン:先ほど楽屋でも松下さんにブルネイの人々や日常について質問をされて話していたのですが、この映画ではブルネイらしさをなるべく表現したかったんです。例えばブルネイでは通学に電車や自転車を使いません。実際、友人でもあるインドネシアの脚本家がこの作品の脚本を手がけたのですが、彼は最初インドネシアの学生と同様に、主人公の女子高生ヤスミンが自転車で通学する設定で脚本を描いていました。私はブルネイにはあてはまらないと言ったのですが、彼は「ヤスミンは環境に配慮する人かもしれないし」と言い、私は「いや、それはないわ」といったやりとりが続きました。ブルネイでは、免許があれば自分で車を運転して通学するし、なければ友人または家族に乗せてもらう、いずれかの方法しかない。そこが、ブルネイらしさです。

格闘技シラットを選んだ理由とその描き方

映画 ドラゴン・ガール のスチル画像

質問者B:この映画を拝見するのは3回目です。何度見てもちょっと最後にホロリとするような、よい初恋・青春・家族ものだと思っています。「シラット*1 」を題材にしなくても、スポーツを通して成長するようなテーマを描けたのではないかと思いますが、あえて、シラットを選んだ理由をお聞かせいただければと思います。

*1 インドネシア、マレーシア、タイ、シンガポールの東南アジアを中心に伝承された伝統武術。

カマルディン:おっしゃるとおりです。「この映画はどんな映画ですか?」と聞かれるたびに、私は家族の、父と娘を描いた映画だと説明しています。それがストーリーの核ですし、また、成長の物語でもあります。

シラットを選んだ理由についてですが、私が学生の頃、シラットは体育の授業で習わなければならない競技のひとつでした。私は上手くありませんでしたが、美しいので見ることは好きでした。脚本の前段階の調査で中学校や高校を訪れた際に、最近では部活でさえシラット部がない学校が多いことがわかりました。かつてはマレー武道として、ブルネイではシラットがとても盛んで、この小さな国に金メダルをもたらすようなスポーツ競技だったはずですが、ブルネイの国王の誕生日に行われている一番大きな試合に行っても、来ているのはほとんど競技者とその家族や友人だけで客席はガラガラ、今は空手やテコンドー部があってもシラット部がないところが多いような状況です。そのことがとても悲しかったので、シラットを再び盛り上げてかっこよくするには今しかないと思いました。かっこいいと思われていなければ、ツイッターやインスタグラムを使って、かっこいいと思われるようにする。私自身とてもシラットが好きなので、物語を紡ぐ糸のような役割として使いたいと思ったのです。シラットを描いた映画も多くはないので、それなら作ってしまおう!と思ったことも付け加えます。

トークイベントで語るカマルディン監督の写真

質問者C:試合のシーンはものすごく迫力あって、その他のシーンでもニコニコするような場面が多くて、すごく楽しかったです。特に顧問の先生がいい味を出していたと思います。日本では試合の際には防具をつけたり、怪我をしないようにしますが、本当にこんな危険な大会が行われているのでしょうか?

カマルディン:シラットは2種類あるんですね。ひとつは戦闘系で、この場合防具を身に着けます。ただ、見た目がカメみたいになり、どうしても魅力的には映りません。本来は着用しますが、見栄えのためになしにしました。もうひとつのタイプは、ブンガという型を見せる動きです。優雅で美しいため、見た目のみを取り入れました。ほとんどのシーンでヤスミン役はスタントを付けずに本当に演っているので、パッドを着けて演じています。そのために大きく見えますが、実際の彼女はとても小柄なんです。