「ASIA HUNDREDS(アジア・ハンドレッズ)」は、国際交流基金アジアセンターの文化事業に参画するアーティストなどのプロフェッショナルを、インタビューや講演会を通して紹介するシリーズです。 文化・芸術のキーパーソンたちのことばを日英両言語で発信し、アジアの「いま」をアーカイブすることで、アジア域内における文化交流の更なる活性化を目指しています。
「インドネシア映画にとって新たな標石となるべき作品」
インタビュアー:元々、本作は短編映画としてスタートし、足掛け9年の長い道のりを経て、アクション超大作として完成したそうですね。最初に脚本を読んだ時の印象はいかがでしたか?
オカ・アンタラ(以下、アンタラ):実は、この作品は2010年に短編映画として撮られたのですが、その後、脚本の変更や資金集めの方針などに変更があり、長編映画としての撮影に漕ぎつけるのに7年かかりました。その間も制作チームとは連絡をとり続けていましたが、再招集がかかってから1年半という短期間で撮影に向けての準備が行われました。脚本は、膨大なページ数でしたが(笑)、何よりキャラクターと物語の力強さに魅了されました。(アンタラ演じる)傲慢で自己中心的な判断をしてきた政治家・アンガが反乱軍との闘いを通じて心を揺り動かされ、本来の自分を取り戻していく過程が面白いと思いました。善なのか悪なのか、判断がつかない役を演じるのは難しくもありますが、このようなダイナミックな役を演じられるのは役者冥利に尽きます。この10年近くに及ぶ映画化までの旅路は、本作がデビュー作となるランディ・コロンピス監督にとって脚本の書き方を学ぶ道のりでもありました。だからどのキャラクターもとても慎重に丁寧に描かれていて、単なるアクション映画にとどまらず、ドラマ要素もふんだんに盛り込まれています。アクションとドラマの絶妙な融合がきっと観る人を惹きつけると思います。
インタビュアー:5年前に出演された『ザ・レイド GOKUDO』など、これまでも暴力シーンを伴うハードボイルドな作品に出演されていますが、本作はその規模感も去ることながら、オカさんの体を張ったアクションが迫真でした。
アンタラ:『ザ・レイド』の撮影でもカーチェイスやマーシャル・アーツをしましたが、せいぜい一週間程度の撮影でした。今回はフルアクション映画での主演とあって断然大変でしたが、正直、こんなにマーシャル・アーツにどっぷりと身を投じることになるとは想像していませんでした。トレーニングは3か月半ほどにおよび、まず制作チームが組んでくれたワークアウトプログラムや食事制限をこなしました。ジムに共演仲間がいるときは士気も高まるし楽しいのですが、一人のときは孤独で辛かったです。マーシャル・アーツの特訓には1か月半ほど費やしました。スタントを自身でやることもあったので、スタッフとも密な関係を築くことが必要で、単に戦い方だけでなく、リアルに見える正しい殴られ方や落ち方も学びました。
さらに、共演メンバーとは実際の国軍特殊部隊のベースキャンプに一週間参加し、ガン・アクションなどを特訓しました。男6人で一つのテントに寝泊まりしたのですが、山の近くにある雨の多い場所だったので、雨が降れば自分たちでテントを移動していました。もちろん特別扱いなどなく他の軍兵と平等の扱いでしたので、毎日列を作って共同の風呂トイレを使っていました。また毎日、忍者みたいにクライミングやほふく前進を特訓するのですが、素人の私たちの無様な姿は周囲に笑われることもありました。一週間も一緒にいて、正直、仲間たちをしばらく見たくないと思いましたが(笑)、おかげで彼らのことをよく知ることができましたし、一緒に過ごした経験は私たちに役者という冠を脱がせ、謙虚であること、何かのために戦うということを学ばせてくれました。一か月後の撮影でも、12時間撮影し通しの日や雨の中での撮影もありましたが、訓練で鍛えられたおかげで苦も無く乗り越えることができました。
インタビュアー:本作で描かれる、全体主義を標榜する一党独裁による国民の不満や国の混乱というのは、近未来という設定ながら現在世界各地で起こっている問題を想起させます。インドネシアではどのように受け止められたのでしょうか?
アンタラ:本作は今年2月、ちょうど大統領選が行われた2か月前に劇場公開されましたが、幸いにもメディアが作品と政治的な話題とを関連付けて報じることはありませんでした。私たちにとっては、監督が“飢え”というテーマにどう行き着いたのかという広い視野で本作を解釈していますが、人によっては市民が二大政党の間でどう生き凌いでいくのかという、もっと身近な範囲で本作を捉えることもあるでしょう。主人公から市民の人々まで、本作で描かれるそれぞれ異なるアングルで観れば、ここで語られていることがいたって普遍的なものであると分かります。ここで描かれる普通の人々は、政治的な決定権を持たず、一大政党により決断されたものにしか頼れない、受け身の人々です。人々は生き延びるために権力と闘うわけですが、この権力闘争とは関係のない、ただ生きたい人々の存在も忘れてはいけません。そこが本作の興味深いところだと思います。
インドネシアにおける映像制作の高まりと教育の現状について
インタビュアー:本作は『ランボー』や『ターミネーター』などを手がけるハリウッドの大物プロデューサー、マリオ・カサールをエグゼクティブ・プロデューサーに迎えたことも話題になりましたが、全世界のセールスを視野に入れての全編英語によるダイアログ、インドネシアでの公開は異例の試みだったと思います。演じる側としてはいかがでしたか?
アンタラ:この作品では英語の台詞を使う出演者が20人以上もいました。台詞は単なる言葉の並びではなくて、複数のレイヤーが折り重なって完成するものですが、母国語であれば自然に言葉がこぼれてくるところを英語の場合は発音も意識しないといけないので、台詞を演技と結びつける前に頭に叩き込まねばならず、言葉の真意を英語に乗せて伝えるということが難しかったです。だから英語を日常的なものにするように、リハーサルや撮影の合間でも、基本的に出演者たちとは英語でコミュニケーションをとるようにしていました。アジア人が英語で話している姿は奇妙に見えるかもしれませんが、言葉そのものより伝えたいメッセージがもちろん大事なので、うまく観客の皆さんに伝わっていると嬉しいです。
インタビュアー:インドネシアでも他国と違わず、動画ストリーミング・サービスも展開の幅を広げており、映画やドラマの制作が飛躍的に増えていると思います*1 。オカさん自身、活躍の場が広がっていると思いますが、この現状をどのように受け止めていますか?
*1 同氏が昨年主演し、話題を集めた刑事スリラー・ドラマ「BRATA」も、東南アジア発の動画ストリーミング・サービス「HOOQ」で配信されたもの。続編シリーズの製作が早くも開始した。
アンタラ:たしかにいま、インドネシアでは映画製作やオンライン配信のコンテンツ製作に多くの投資がなされており、プロダクションも非常に増えていますが、その土台となる準備が充分に出来ているのか疑問に思います。つまり、似たようなロマンティック・コメディを繰り返し作り続けるのではなく、新しいものを求め、より多様な市場を追求していくのか。異色の作品に挑むフィルムメーカーたちや作品がより広く認められ、観客の信頼を得ていくことができるのか、ということに疑問を感じざるを得ません。実際、インドネシアでは『フォックストロット・シックス』のようなジャンル映画が作られることは少なく、この規模でのジャンル映画は5年前に製作された『ザ・レイド GOKUDO』以来でしょう。ほかにもアクション映画は作られていますが、武術に特化しているだけで、本作や『ザ・レイド』のように武術だけでなく物語が確立されていて、色んな種類のアクションの要素が盛り込まれた作品は数少ないです。
アンタラ:映画を作るための投資ももちろん大事ですが、その前に映画製作を担う後進の育成の環境を充実していくことが重要だと考えています。もちろん一役者としては、映像プラットフォームが拡大し増えていくことは自身の活躍を広げるうえでは嬉しいことですが、インドネシアの映像業界を根本的に考えたとき、演技やCG・VFXなどの技術を磨く教育機関にもっと投資されるべきだと思うのです。実際、国内にはジャカルタとジョグジャカルタにそれぞれ映像制作を専門とする大学が一校ずつありますが、それ以外はほとんどが小規模で短期のものなので、既存の学校に投資するかたちで、L.A.や海外の先端技術を取り入れたカリキュラムが作られることを期待しますが、残念ながら今のところそのような教育面での投資について聞いたことはありません。『フォックストロット・シックス』の制作現場では、CMやドラマ作りのために特殊効果の技術を学びたい人々に向けてワークショップ形式で技術の指導にも取り組んでいました。このような取り組みがもっと増えていくことを期待しています。
インタビュアー:ご自身が演技の指導をする側に立つことには関心はありますか?
アンタラ:残念ながら私自身は、いま役者業で手一杯なので誘われたことはないですし、まだ早いかと思いますが(笑)、演技の指導でも演出の指導でもプロとしての経験を有し、現場で活躍している人が実践的に教えるのが一番効果的だと思います。
インタビュアー:近年では、『アジア三面鏡2018:Journey』*2 や『KILLERS/キラーズ』など海外のキャスト・スタッフとの共同制作への出演も然り、商業作品だけでなく映画祭に出品されるインディペンデント作品にも数多く出演されていますが、出演の決め手は何なのでしょうか? また、今後の展望についてお聞かせください。
*2 国際交流基金アジアセンターと東京国際映画祭によるオムニバス映画制作シリーズ第2弾。「旅」をテーマに、エドウィン(インドネシア)、デグナー(中国)、松永大司(日本)の3監督が、様々な国のスタッフとキャストと共に、感性豊かな作品を完成させた。
アンタラ:役者として、一定のジャンルにとどまらず、ジャンルにおいても映像の領域においても自分の可能性を広げていきたいので、どんな作品でも謙虚に学び続けることが大事だと思っています。今作でもゼロから武術を本格的に学び、新たな領域を広げることができました。基本的に私は仕事請負人なので(笑)、とても作品を選べる立場にはありませんが、役を演じるにはまず物語に自分が引き込まれる必要があるので、実際に引き受ける際にはストーリーや監督が何をその作品で得たいのか、あるいは観客にどのような映画体験を届けようとしているのかを重視します。
他国との共同製作への出演についてもいつも関心を持っています。『アジア三面鏡』でもユニークな体験をしました。個人的には、松永大司監督の「碧朱」も興味深かったです。ミャンマーで、現地語も話せず現地の人とどうコミュニケーションをとるのか分からない日本人が旅をする……これは旅をする自分たちの姿をそのまま表していました。「自分の“ホーム”はどこにあるのか?」と問うきっかけにもなります。私にとって、“ホーム”とは働くことをする場所であり、故郷の町であっても仕事がなければ自分の“ホーム”と呼ぶことができるのか、と考えるわけです。こうしたドラマ作品は自分自身に問いかけるきっかけになりますし、学校では学べない人生の教訓にもなります。実は、昨日もTIFFで松永監督参加のオムニバス『その瞬間、僕は泣きたくなったーCINEMA FIGHTERS projectー』を観ましたが、これも面白かったです。監督は『ハナレイベイ』でハワイ、『碧朱』でミャンマー、そして本作でメキシコを旅する男性をそれぞれ描いてきたので、作品同士に関連がなくても、主人公の精神的な旅路を追っていく彼のスタイルを維持してほしいと彼にも伝えました。彼が描くような、異国で自分を見失い、探求していくという役に心惹かれます。常に役を通して精神的な探求をしていきたいので、また『アジア三面鏡』を作ることがあったらぜひ参加したいです(笑)。
【2019年10月31日、EX THEATER ROPPONGIにて】
編集:掛谷 泉(国際交流基金アジアセンター)
撮影:平岩 亨