パン・キー・テイク――マレーシアにおけるアートとLGBTアクティヴィズム

Interview / Asia Hundreds

英国での経験

島田:チーブニング奨学金を得て、ロンドン大学バークベック校での1年間はどうでしたか。2012年のことでしたよね。

パン:すばらしい経験でした。とても意義深いものでした。

島田:どのような点で?

パン:私がそれまで理解していたことのすべてが変わりました。性について、自分自身について……全部です。

島田:どのように変わったのでしょう? パンさんの現在のSNSへの投稿を、英国滞在前のものと比べると、何だか自信が増したように感じられます。以前よりも明確なビジョンを持っている、という感じ。

パン:今の方がですか? 本当に? 実は自分では、以前の方が明確だったように思っていました。今の方が混乱している感じです。なぜかと言うと、以前の私は非常に視野が狭かったからです。たとえば、以前はゲイは全員カミングアウトすべきだと考えていましたが、今は、カミングアウトが最も重要だとは思っていません。別の言い方をすると、カミングアウトする事がゲイであるための唯一の道だとは思わなくなりました。カミングアウトは良いことではありますが、その人が置かれた状況によって異なると思います。

アジアハンドレッズのインタビュー中のパン・キー・テイク氏と島田氏

パン:英国では、性的指向が先天的なアイデンティティであり、歴史的、社会的に構築されたものである事を学びました。
この事が、自分自身に対する考え方を大きく変えたのだと思いますし、本当に自分を解放することができました。同性愛というのは、自分で考えていたよりはるかに複雑であり、言葉でその全体像を捉えることは決してできないだろうということも理解しました。また、言葉と意味の間を探索するアートについて、以前より楽しめるようになったと思います。私たちは、名づけることのできない物語や経験、関係性を収納するための「引き出し」をどう作ればよいか、考える必要があります。

島田:バークベック校で受講した講座の中で、最も意義深い、あるいは重要だったものは?

パン:傑出していた講座は、校外で受講したものでした。それはロンドン大学アジア・アフリカ研究学院(School of Oriental and African Studies)のジェンダー研究センターで開講されていた「アジア及びアフリカ、中東における性的マイノリティーの政治学」という講座でした。この講座では、如何に欧米諸国がLGBT政策を、昔の宣教師や植民地開拓者と同じような熱心さで、他国へ押し付けようとしているかを批判的に論じていました。

3週間前、私は英連邦のLGBT組織の会議に出席するためロンドンにいました。この会議は、「英連邦 性の平等ネットワーク」と、ネットワーク事務局を務めるカレイドスコープ・トラストにより開催されたもので、このネットワークはインド、スリランカ、パキスタン、南アフリカ、ガーナなど、英連邦諸国にあるLGBTの組織で構成されています。

私は、2018年に開催される次回の英連邦首脳会議のホスト国である英国が、その機会を利用して、LGBTの人権に関し「自分達は先進国だ」と喧伝するんじゃないかと少し心配でした。ですから、会議の場で「進歩的」なLGBT関連法を持つ英国でさえ、まだ多くの問題を抱えている点を指摘したんです。行方不明やホームレスの子供の多くはLGBTであり、多くのホームレスのLGBTは有色人種で貧困レベルにあります。また、イスラモフォビア(イスラム教徒に対する嫌悪)と、イスラモフォビアがイスラム教徒のコミュニティにおけるホモフォビア(同性愛嫌悪)を覆い隠すために使われている、という問題もあります。このように、英国は思われているほど先進的でも進歩主義的でもありません。ですから、私はこのプラットフォームを相互学習の場として位置付ける事、英国は自らをリーダーと自認すべきではないこと(なぜなら、ある国がリーダーシップを取ろうと主張すると誰もついて来なくなるから)を提案してみました。

アジアハンドレッズのインタビューを受けるパン・キー・テイク氏

将来に向けてのビジョン

島田:パンさんは10年後、どこで何をしていると思いますか?

パン:難しい質問ですね。本当にわかりません。でも正直にお話しすると、セクシュアリティ・ムルデカとアート・フォー・グラブズのどちらに専念すべきか毎年悩んでいます。

島田:二つのうち一つを選ぶ必要がありますか?

パン:それは、両方をやっていると両方とも不十分になるからです。時間が足りないんですよ。

島田:なるほど。

パン:マレーシアのLGBTのために、すべきことはたくさんあります。たくさんある夢のうちの一つは、マレーシアのLGBTについて全国規模の調査をし、マレーシアでLGBTとして生きる事とその経験について、できる限り多くの人にインタビューすることです。

島田:その予算はどうしますか?

パン:お金ですか? もし5、6人のスタッフと一緒にこの調査をするとしても、フルタイムで働いて、少なくとも1年はかかるでしょうね。

島田:大学で職を得るのはどうですか?

アジアハンドレッズのインタビュー中のパン・キー・テイク氏と島田氏

パン:いや、私は怠け者なので(笑)。大学で働くだけの自制心を持ってないんです。

島田:セクシュアリティ・ムルデカとアート・フォー・グラブズを通じたアジアのネットワークはありますか?

パン:セクシュアリティ・ムルデカは、ASEAN SOGIE CAUCUSと呼ばれるネットワークの構成団体です。SOGIEというのは、“Sexual Orientation, Gender Identity and Expression”(性的指向、性自認と性表現)の省略形で、構成団体の数はまだ少ないんですが。

島田:加盟国は?

パン:ASEAN10カ国と、東ティモールです。

島田:最後に、パンさんは日本の社会をどう見ていますか?

パン:私は、日本の人も国も、非常に対照的な側面を併せ持っている感じが好きですね。日本のアートや文化は、狂気性や奔放な実験精神、驚くべきアイディアを持ち合わせている一方で、日本の人々は退屈で、現状維持を支持して、長時間労働するといったステレオタイプな見方もあります。
同時にとても興味深いと感じるのは、日本社会においては大変強力に思える、体制順応というか予定調和を求める力に対する一部の人達の抵抗です。部外者からすると、その力は圧倒的とさえ感じられます。だって夜の8時前に職場を出るのは、道徳違反なんでしょう?

島田:変わりつつありますよ。

パン:それはわかります。私には、そのような厳しい社会状況に身を置くアーティスト達が、社会変革を促しているように見えるんです。凄いと思うのは、アートが人々に社会的・政治的状況の変化を気づかせる力には限界はあるけれど、アートが日本の社会通念の変化に重要な役割を担ってきた事は明らかで、それにも関わらず日本の政府は芸術支援を続けているということ。これは驚くべき事だと思いますよ。もしこれがマレーシアだったら、アートに社会変革を促す力がある事に政府が気づいたら、きっと芸術支援は打ち切られるんじゃないかと思います。

島田:今日は、ありがとうございました。

アジアハンドレッズのインタビュー後のパン・キー・テイク氏と島田氏

【2017年2月13日、象の鼻テラスにて】

参考情報

パン・キー・テイク Facebook (Pang Khee Teik Facebook)

セクシュアリティ・ムルデカ Facebook (Seksualiti Merdeka Facebook)

アート・フォー・グラブズ Facebook (Art For Grabs Facebook)

"パン・キー・テイク発見――その信念、性、アート、行動主義" マレーシアキニによるインタビュー(2016年6月12日) (Discovering Pang Khee Teik - faith, sexuality, art and activism, art and activism,"Malaysiakini Interview (June 12, 2016)).(英)

ASEAN SOGIE CAUCUS(英)


インタビュアー:島田 靖也(しまだ せいや)
学生時代は農学部を経て修士課程で文化生態学を専攻。1994年に国際交流基金へ就職したのち、2003年~2009年にクアラルンプール日本文化センター文化事業部長として勤務。その間マレーシアで唯一の舞台芸術分野の顕彰事業であるBoh Cameronian Arts Awardにおいて、2007年と2008年にダンス部門の審査員を勤める。映画「私たちがまた恋に落ちる前に」(2006年、監督:James Lee)では、日本人のインテリヤクザ役を演じた。2013年から2016年にかけて在イスラエル日本大使館へ広報文化担当官として出向。現在は、文化事業部事業第1チーム長を勤める。

写真:山本尚明