タウフィック・ダルウィス――インドネシアの新しい舞台芸術コレクティブ

Interview / Asia Hundreds

演劇は無限の可能性を秘めている

タウフィック:私は3カ月ごとにテアトル・ガラシに招かれています。BPAFのほうはメンバーが自分たちで回せるようになっていて、私がそこを離れてテアトル・ガラシのほうに行っても問題ないというフレキシブルな状態になっているので。それでガラシのほうに行くのですが、そこでは完成された作品を上演するわけではなく、いわゆるワーク・イン・プログレスとして上演したり、ドラマトゥルギー・アセンブリと称していろんな人を招いてディスカッションやワークショップをしたりしています。

藤原:BPAFのプロジェクトで1年かけてリサーチされたというお話もそうですが、タウフィックさんは作品を発表するだけでなく、その創作プロセスをかなり重視されているように感じます。そうしたプロセス重視の傾向は、タウフィックさんに限らず近年の舞台芸術で生まれている潮流だと思いますし、わたし自身も共感するところが大きいです。ただそうなった時に、「作品」というものをどう捉えてらっしゃいますか?

タウフィック:いろいろなプロセスを経ることと、作品をつくることとは、敵対するものではなく、常に繋がっていることだと思うんですね。創作のプロセスがひとつの流れとしてあって、最後に作品に繋がると考えています。例えば、インドネシアの舞台芸術界でキュレーターは新しい用語だと思うのですが、テアトル・ガラシで私が行っているキュレーションは、「実験室」という感覚なんですね。とにかくいろんなことを試しながら自分自身も学んでいく。新しい知識を得たり、実験したりする場所として考えていて、それらが最終的には作品に繋がっていくと考えています。

藤原:そういう考え方を採るにあたって、「観客」という存在についてはどう考えていますか? 実験室をやるとなると、いわゆる完成された作品が上演されるとはかぎらないと思うのですが、それを観に来るような観客たちがすでにいるのか、それともあまり観客は意識せずに実験しているのか。

タウフィック:この実験室は、創作する側にとっての実験室でもあるし、観客側にとっての実験室でもあるんです。観客も、観たものに対してコメントしたり、能動的に創作に関わっていくことが求められるんですよね。ただ観客席に座って観るのではなく、そのトライアンドエラーの中に入って創作過程にコミットしていく。コメントといっても、上演を観て「どうしてこの劇はこういうふうにやらないのか?」と言ったり、良い・悪いの判断を下すことではないんです。それは今まで観てきた演劇はこうだった、という先入観があるからそうなるわけですよね。そうではなくて、実際にトライアンドエラーの様子を見て、そこで何が起きているのかを見てコメントしていく。実験は、ブラックボックスやアトリエの中で行ったり、屋外でやることもあります。そういったいろんな演劇の方法を見てもらって、そこで表現されたものに対して意見を言うんです。

テアトル・ガラシの舞台の様子
キャバレー・ハイリル
doc. Teater Garasi / Garasi Performance Institute / Kurnia Yaumil Fajar

藤原:そういう実験的な上演に能動的に関わる「新しい観客」がジョグジャカルタに生まれつつあるということでしょうか。観客の創造(創客)は演劇の大きなテーマだと思いますが、日本ではとにかく数を増やすという「集客」の発想に長らく囚われてきたように思います。完成された作品に対してお金を払う観客の数を増やすことで、演劇を経済的に成り立たせようという発想ですね。けれども近年はアーティストがその創作プロセスを公開するワーク・イン・プログレスもしばしば行われるようになりましたし、創作プロセスに興味を抱く観客も増えてきたと感じています。

タウフィック:ジョグジャカルタのテアトル・ガラシは、演劇と観客の関係性を考え、それを変えていこうとしています。観客は、ただ公演としての美しさを基準にして演劇を観るのではなくて、まだワーク・イン・プログレスの段階であるものを観て、今後、その作品が変化したり発展したりしていくことをより能動的に感じていくんです。
演劇は本当に無限の可能性を秘めています。そのことを分かってほしいんです。だから、今までの既成概念では演劇を観てほしくないんですね。私は演劇にはいろんな方法があるんだ、と示そうとしていますし、観客にもそういう目で観てほしいと願っています。変容していく演劇の姿を見る力を、あるいはそういう見方を可能にする関係性を、つくっていきたいんです。
ワヤン・クリも、ふたつの方向から観ることができる構造になっていますよね。影絵の側から観ることもできるし、実際の人形や演者がいる方から観ることもできる。今は後者のほうが主流になっていますけど、とにかくそのように、既成概念とは異なるいろんな上演方法や見方がありうることを観客に分かってもらいたいんです。

藤原:ワヤン・クリのあの二方向の構造は、私もすごく衝撃と刺激を受けました。舞台と観客席、という固定観念が揺るがされますよね。

タウフィック:もともとは、影絵を観ていたのは王族や貴族といった地位の高い人たちで、演者が人形を動かしているのを裏から観るのが庶民、という構造だったんですよ。

藤原:なるほど。今やどっちが表か裏かわからないですよね。ジョグジャカルタで、夜の9時頃から始まって、深夜3時頃に終わるまでワヤン・クリを観たんですけど、みんな寝そべったりコーヒー飲んだりタバコ吸ったりしながら観てて、自由だな!……と思いました。

タウフィック:ワヤン・クリ自体、演じてる人と観てる人の区別が付かないというか、本当にフレキシブルなんです。食べ物を売っている人たちもいますしね。ワヤンはジョグジャだけじゃなくてバンドゥンにもありますが、ワヤン・ゴレと呼ばれるそれは影絵ではなく木製の操り人形を用いた上演になっています。

藤原:伝統芸能の中にも、演劇の可能性が多様に示されているんですね。

タウフィック:近代的な演劇やダンスの考え方が輸入される以前は、全ての要素を含んだものを「舞台芸術」として捉えていたのではないでしょうか。近代になってそれが分離してしまいましたけど、本当は、舞台芸術はいろいろな要素を含んでいるものだと思うんです。

藤原:タウフィックさんはインドネシアン・ダンス・フェスティバル(IDF)の3人の若手キュレーターのうちのひとりとして、インドネシアのなるべくいろんな地域から若い振付家を呼んでいるともお聞きしました。どうやってそういう多様な地域から振付家を集めたんですか?

ネクスト・ジェネレーションのディスカッションの様子
Next Generation: Producing Performing Arts 2018
インドネシアン・ダンス・フェスティバル(ジャカルタ)にて

タウフィック:ニア・アグスティーナ(Paradance Festival、ジョグジャカルタ)やリンダ・アグネシア(Cemeti Institute for Art and Society、ジョグジャカルタ)との共同キュレーションでワークショップを行って、その参加者の中から選びました。20代から30代前半くらいの振付家です。

山口真樹子(国際交流基金アジアセンター・舞台芸術コーディネーター):IDFではメインの公演とは別に若手振付家のショーケース“KAMPANA” があります。そして更にもっと若い振付家がインドネシア各地から十数人招かれてIDFのプログラムに参加します。彼らの作品が次の回にショーケースに入る可能性もあるんです。それも、いきなり超若手を引き上げるのではなくて、ワークショップを重ね、タウフィックやニア、リンダのような世代の近い若いキュレーターがアドバイスする仕組みができているようです。

タウフィック:メンターとして段階的に若手を引き上げていくようにしています。

藤原:そうやって循環的に世代交代させていこうという意志がIDFにはあるんですか。

タウフィック:もともとIDFの設立趣旨として、若い振付家を発掘する意味合いもあったんです。エコ・スプリヤントの後は誰が来るのか?リアント。じゃあリアントの次は誰?……そうやって若手を育てることは、そもそものIDFの目的でもあるんです。

藤原:循環するシステムがあるのは大事ですよね。それでいうと日本は、切磋琢磨する自由競争という意識が強すぎたせいか、若い才能がちょっと目立つと大人が群がって無理に引き上げる、という悪い傾向が続いてきたようにも感じています。私自身もそういうシステムに加担してきたのかもしれません。先ほどのプロセス重視の話とも繋がりますが、アーティストや観客がじっくり育っていくようなサステイナブルな環境をどうやって生み出していくかは、まだまだ今後の課題だと思います。
ところでタウフィックさんは、演劇だけじゃなくて、ダンスにもこうしてキュレーターとして携わっている。それは異ジャンルに越境しているという感覚なんでしょうか? あるいは、そもそも「演劇」や「ダンス」という枠組み自体、関係ないのかもしれませんが…。

タウフィック:もちろん「演劇」か「ダンス」かにこだわる人もいますけど、私自身はそこに区別も垣根もないですね。なにしろバンドゥン・「パフォーミング・アーツ」・フォーラムですから(笑)。

インタビュー終了後のタウフィック・ダルウィス氏と藤原ちから氏の写真

【2019年2月14日、横浜市開港記念会館にて】

インタビュアー:藤原ちから
1977年、高知市生まれ。横浜を拠点にしつつも、国内外の各地を移動しながら、批評家またはアーティストとして、さらにはキュレーター、メンター、ドラマトゥルクとしても活動。「見えない壁」によって分断された世界を繋ごうと、遊歩型ツアープロジェクト『演劇クエスト』を横浜、城崎、マニラ、デュッセルドルフ、安山、香港、東京、バンコクで創作。また「人の移動」に興味を持ち、パフォーマンスとして『港の女』(2017)や『HONEYMOON』(2018)を上演するほか、台北のADAMおよび台北芸術祭において『IsLand Bar』(2017、18)の立ち上げに関わる。2017年度よりセゾン文化財団シニア・フェロー、文化庁東アジア文化交流使。2019年4月、住吉山実里とアート・コレクティブorangcosongを結成。

インタビュー撮影:加瀬 健太郎