ラップソングを通したエンパワーメント
本間:昨年末にリリースされたばかりのあなたのラップソング「Bad Girl」(バッド・ガール) についても聞かせて下さい。「Bad Girl」は女の子の葛藤を歌っているのでしょうか?
セライ:私自身の葛藤についてです。
本間:カンボジアでは、女性はそのようにすべきでないとか、女性はそのように言うべきではないといった、女性の振る舞いについての伝統的な規範がありますよね。
セライ:はい、カンボジアでは、その規範を超えてしまうことは良くないことだとされます。でも私がこの歌で伝えたかったのは、「人が思っているほど、実際は悪いわけではない」ということなんです。多くの人は、私の性格や態度を見て、悪いとか良いとか言いますが、人は誰も神様のようには完璧ではありません。もちろん私は神様ではないですから、この歌で「私はバッド・ガール」と歌っているんです(笑)。
私はゆったりした服装が好きです。私がゆったりした服装を選ぶのは、それが自分にとって心地よいからです。私が私として存在するとき、なぜ自分を人が良しとする「女性らしさ」のために、ガーリーに見せるために、線の細い格好をしなければならないんでしょうか? もっと私たち自身の中に強さがあれば、否定的な考え方に引きずられることはなくなります。自分自身が強くなることで、自信をつけていくんです。自由に自分の素質を伸ばし、やりたいことをする権利が、誰に対しても与えられるべきですし、それが人としてのベストなあり方だと私は思います。誰もが自己実現できるように、私はラップを通してこのメッセージを伝え、人々のモチベーションを上げていきたいのです。
「If I Don’t Rap」(もし私がラップをしなかったら)は、女性はラップをすべきではない、と言ってくる男性について歌ったものです。「あなたにラップができるのに、なぜ私にはできないの?」と私は歌います。「女性を引きずり下ろしたくて、あなたは女性にラップをさせないようにしているんでしょ」と、痛快なラップで歌うことで、そのような冷やかしに対して丁重に返答しているわけです。
本間:カンボジア社会で女性ラッパーでいることは大変なことですか?それはくり返しになりますが、女性が振る舞うべき「伝統的」規範があるからでしょうか?
セライ:以前は大変だったかもしれません。でも私にはいつもサポーターがいてくれて、自分はラッキーだと思います。昔は、年長者や古くからの文化に従わなければならなくて、女性は「こうすることがあなたにとって良いことだ」と言われることもよくありました。でも、そういう古い規範を守る人たちにも有意義だと認められるようなものを、私たちが創っていこうと努めることで、ネガティブにとらえる姿勢はやがてなくなっていくでしょう。
本間:あなたのラップの表現スタイルを磨くために、これまでカンボジアでラップバトルや大会等に参加してきましたか?
セライ:実は以前、タイニー・トゥーンズの運営しているクール・ラウンジ*6 でフリースタイルのようなラップバトルに参加したことがありました。でもその時は、若い世代と私たちではラップの腕前が違い過ぎるという理由で、バトルの出場者ではなく審査員として参加して欲しいと言われて、私はやる気を失ってしまった、ということがありました(笑)。
*6 タイニー・トゥーンズの卒業生の雇用や研修の場として、また子どもたちへのサポートを持続可能なものにするための場として開設された。飲食を提供するスペースとダンススタジオ、レコーディングスタジオを併せもつ。2016年にプノンペン市内にオープンしたが、2019年に閉館した。
本間:なるほど(笑)。去年、私がプノンペンのCD店をいくつかのぞいてみたときに、カンボジアのヒップホップのCDの取扱いがなくて、お店の人に聞いてみたら、YouTubeで聴くべきだと言われてしまいました。もしもカンボジアのヒップホップを楽しみたいとしたら、どんなプラットフォームがあるのでしょうか?パーティーやライブ等のイベントに行くのがベストでしょうか?
セライ:ライブイベントならいくつかありますが、見つけるのが難しいですよ。私は今、ラッパーが集まって自分の才能を見せることができるような新たなプラットフォームとして、テレビ番組のラップバトルなど、メディアコンテンツを作ることを考えています。「スポンサーになります。」と声をかけてくれる会社はたくさんありますが、私にはまず一緒に取り組めるチームと、自分自身の準備のための時間が必要だと感じています。できるだけ早く実現したいと思っていますので、その時には本間さんをご招待しますね。
本間:楽しみにしています!最後に、これから予定している企画があれば、ぜひお聞かせ下さい。
セライ:カンボジアに帰国したら、新曲「IMMA ME」をすぐにリリースします。また、モハーソムナンという宝くじ企業のために制作したショートフィルムもリリース予定です。私が書いたストーリーと絵コンテに、企業が興味を持ってくれたことで実現した企画で、今後続けてもう1本作る予定になっています。このショートフィルムはメッセージ性のある短いオリジナル楽曲にあわせて制作しています。『Dream』というタイトルのショートフィルムでは、「誰もが自分の夢を持っている」ということを歌うテーマソングをVochに作ってもらいました。観てくれる人に、女性ができることや、いじめについて考えてほしいという想いを込めて制作しました。私たちはこれからも、この企業のサポートのもとでコンテンツを創っていく予定です。そして将来、日本でも皆さんに私たちのショーをお見せする機会があればと願っています。
本間:ショートフィルムも制作されているんですね!ここでお話し下さったストーリーに、私自身とても勇気付けられました。どうもありがとうございました。
【2020年2月14日、mass×mass関内フューチャーセンターにて】
インタビュー・文:本間順子
2020年4月より、東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士前期課程にて、カンボジア語ラップにおけるカンボジア文学の詩の伝統を研究。美術関連のカンボジア語、英語通訳・翻訳も行なっており、東京・吉祥寺にあるアートセンター オンゴーイングのコレクティブに参加。
撮影:平岩亨