「疑似The Beatles」「疑似現代音楽」みたいな音楽が、子どものころテレビで流れてて、そのなかに「疑似ジャズ」も流れていた。(菊地)
―まずはお二人がジャズに興味を持ちはじめたきっかけを教えていただけますか?
片倉:私は両親がプロのジャズミュージシャンで、母はジャズピアニスト、父はアルトサックス奏者だったんです。なので、ジャズは小さいころからずっと身近な存在で、自分から探してジャズを見つけたわけではなくて。「食べる」とか「寝る」と一緒っていうか、家のなかではいつも母がピアノを弾いていて、ジャズのレコードがかかっている状態だったので、逆に自分でジャズを見つけた人は偉いなって思います(笑)。
―いわゆる環境による英才教育パターンですね(笑)。小さいころから自然にあったものを、「これがジャズなんだ」と再認識したきっかけは?
片倉:母の生き様を見ていたのが大きいですね。とにかく周りのお母さんとは少し違っていたというか、夜ご飯を食べて、それから仕事に出かけて行って、夜中に帰ってくるっていう。「これが音楽家なんだ」と思って、結構早い段階で「私も将来こんなふうになりたい」と思っていました。
―菊地さんはいかがですか?
菊地:僕は実家が料理屋ですから、家のなかで音楽を聴いてる人はいなかったですし、子ども時代は自分からジャズを探せるような状態ではまったくないわけで(笑)、大体がテレビ経由でしたね。疑似現代音楽、疑似The Beatlesみたいな音楽が劇伴として流れてたから、そのなかに「疑似ジャズ」も流れてたっていう。あと家の両脇が映画館だったんですけど、当時は映画音楽がジャズに寄っていた時代で、出前を持って行くと、でかいスピーカーでジャズが鳴ってたっていうのも大きいと思います。
―ジャズを意識して聴くようになったのはいつごろからですか?
菊地:中学に入るときにオーディオを買ってもらったのがきっかけですね。映画が好きだったから、8ミリカメラが欲しかったんですけど、電気屋さんをウロウロしてたときに、はじめてヘッドフォンで音楽を聴く体験をしたんです。そのときはジャズじゃなくて、試聴用に流れてた南こうせつさんの曲だったんですけど(笑)、あまりの音の素晴らしさに失神しそうになって、「こっちが欲しい!」って、すべりこみでオーディオを買いました。あのとき8ミリカメラを買ってたらと思うと、ゾッとしますね(笑)。
―(笑)。
菊地:それで、オーディオを買うとFMラジオが聴けるようになって、当時はジャズの番組がいっぱいあったので、それをエアチェックするようになりました。あと兄の同級生が、僕の地元の千葉県銚子市で最初のジャズ喫茶をはじめたんですよ。なので、FMを聴いて、ジャズ喫茶に行って、っていう流れのなかで、どんどんジャズが好きになっていったんです。
ジャズを聴くと「なんで血が沸騰するみたいになるんだろう?」っていう、その「不思議な感じ」は、いまも変わってない。(片倉)
―それぞれ、最初に衝撃を受けたジャズミュージシャンというと誰になりますか?
片倉:両親共にビッグバンドジャズ(大人数編成によるアンサンブルで演奏されるジャズ)をやっていたので、私もまずビッグバンドが好きになったんです。テレビでグレン・ミラーオーケストラ来日公演のCMを観て、母に頼んで小学4年生から毎年連れて行ってもらいました。中学生くらいのときには、ハンプトン・ホーズ(1928-1977年、ジャズピアニスト)を聴きはじめたら止まらなくなっちゃって。「なんでこんなに気持ちいいんだろう?」っていう、その体験は大きかったですね。
『Asian Youth Jazz Orchestra』
―なぜそこまでハマったんだと思いますか?
片倉:なんで好きかっていうのは具体的に言葉では表せなくて、でもそれがわからないから面白いのかなって。本能的なところなんだと思いますね。「なんで勝手に体が揺れちゃんだろう?」とか「なんで血が沸騰するみたいになるんだろう?」っていう、その「不思議な感じ」は、いまも変わってないんです。
―菊地さんはいかがですか?
菊地:はじめて自分でレコードを買おうとなったとき、なぜか2枚組を買ったほうがお得だと思い込んでいたんですね(笑)。それで、マイルス・デイヴィス(1926-1991年、ジャズトランペット奏者)はラジオで聴いてなんとなく知っていたから、『Get Up With It』という2枚組アルバムを買ったんですが、それがエレクトリック・マイルス期の問題作で(笑)。マイルスがファンクや現代音楽とジャズの融合を試みていたころのアウトテイク集で、もはやトランペットを吹いてない曲もあったりして、これはヤバいなと。
片倉:私もマイルスは、“Bye Bye Blackbird”をウィスキーのCMで聴いて、すごくかっこいいと思って、次の日にお母さんにCDを買ってもらったことがあります。あとすごく好きでずっと聴いてるアルバムが、ロイ・ヘインズ(モダンジャズの巨匠ドラマー。現在90歳)の『We Three』なんです。音楽大学に入ってからは、ジャズミュージシャンのアドリブなどを分析しはじめるんですけど、あのアルバムに関しては未だにそれができない。したくないというか、できないというか、なんでかわからないけど、ずっとメロディーが鳴ってるように聴こえてしまうんです。あれは自分にとってずっと一番のアルバムですね。