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菊地成孔×片倉真由子対談 ジャズはなぜ人を「興奮」させるのか?

Interview / Asian Youth Jazz Orchestra

「ビバップ」の音感をつかめるかどうか。それが体でわかるようになると、なにを聴いてもオッケーになるんです。(菊地)

―ジャズは一般的にはハードルが高い音楽というイメージがあると思いますが、その点についてお二人はどうお考えでしょうか?

菊地:人によって違うとは思うんですけど、チャーリー・パーカー(1920-1955年、アルトサックス奏者)が生み出した「ビバップ」の良さに気づけるかどうかが、ジャズにハマれるかどうかのベースになると思うんです。ビバップは、モダンジャズの起源とされるスタイルですが、どんなに言葉が変わろうとも、日本語の文法自体が変わらないのと同じで、ビバップの感じを口で歌えるっていうことが、ジャズができるってこととニアイコールだと思う。ただ、僕もすぐにはパーカーのビバップがわからなかったように、ジャズのハードルが高いと思われている根拠の70パーセントぐらいは、みんなビバップの音感がないからだと思うんです。

インタビューを受ける菊地成孔氏と片倉真由子氏の写真

 

―なるほど。

菊地:ペンタトニックとかダイアトニックの音感はいろんな音楽で使われていて、みんな自然に馴染んでいるから、ポップスはスムーズに聴けるんだけど、ビバップの音感があるかないかはジャズへのパスポートみたいなもの。それが体でわかるようになると、なにを聴いてもオッケーになるんです。僕もビバップがつかめるまではちょっと苦しかったんですよ。興奮するからジャズを聴くんだけど、やっぱりどこかでちょっと難しいと思ってた。でも、高校生くらいのときにビバップのコツをキャッチしてからは、まったく難しく感じなくなりましたね。

片倉:ジャズって、言語とリズムとシラブル(音節)だと思っているんですけど、それになんとなく気づいたのはディジー・ガレスピー(1917-1993年、トランペット奏者。チャーリー・パーカーと共にビバップを築いた一人)の歌う“Ooh-Shoo-Be-Doo-Bee”を聴いたとき。よく音楽を分析する際に、ここがレイドバックしているとか、ここにアクセントがついていると考えていたことが、ディジーの歌を聴いて腑に落ちた。彼の歌は「しゃべり」にたまたま音がついているという感じで、レイドバックやアクセントなど一連のエレメントはすべて「言葉」がルーツだったのかと。言葉を話す上でのごく自然な流れがジャズにも根づいていたことに気づきました。私もそこからジャズの面白味がもっとわかってきたような気がします。

演奏中の写真

『Asian Youth Jazz Orchestra』

―ディジー・ガレスピーもチャーリー・パーカーと並ぶビバップの大家ですが、やはりビバップこそがジャズの文法であり、そこを掴めれば誰でもジャズが楽しめるようになると。

片倉:「しゃべっているのに音楽」っていうことにびっくりしたんですよね。トニー・ベネット(アメリカのポピュラー歌手、エンターテイナー)が“One for My Baby(and One More for the Road)”という曲で、ジョン・メイヤー(アメリカのシンガーソングライター)と一緒に歌っているんですけど、トニー・ベネットも歌っているというよりしゃべっているんですよね。この「しゃべり」が大きなポイントだと思っていて、ここを追究すれば、もっと深いところまで行けるんじゃないかと思ったんです。

モンテローザの系列の飲食店は、例外なくBGMが有線のジャズチャンネルで、選曲がめちゃくちゃいい(笑)。(菊地)

―では、これからジャズに入門しようと思う人が、ビバップという文法を掴むにはどうすればいいのでしょうか?

菊地:片倉さんのご家庭のように、自然とジャズが耳に入ってくる環境に身を置くのが一番ですよね。それは言語を学ぶのとまったく一緒。ただ、いまはニューヨークでさえジャズは「街の音楽」ではなくなっているから、99パーセントの人が後からそれを身につける必要がある。しかも、ハードルが高いと言われるだけあって、実際ジャズは音楽の内容が難しいんですよ。さらに大きな問題なのが、文法の基礎になっているチャーリー・パーカー以降のモダンジャズ、いわゆる古典的名盤の音質がすごく悪いわけ(笑)。オールドスクーラーがビバップをはじめた1940年代の録音って、パーカーだったらパーカーの音しか聴こえないんだよね。

演奏中の写真

『Asian Youth Jazz Orchestra』

―ああ、なるほど(笑)。

菊地:メロディーとベースの関係とか、グルーヴとか和声が全然わからない。そういうローファイで聴きづらい音源が古典になっちゃっているっていうのも、ジャズのハードルが高いと思われてる根拠で。ポップスの古典がThe Beatlesだとすると、音質もよくて聴きやすいじゃないですか。ジャズはそこも問題なんですよね。まあ、いまはYouTubeもあるし、ジャズ喫茶のオヤジに説教されなくてもいいし(笑)、分析した楽譜とかもいっぱい出ているんで、昔よりはハードルが下がっていると思うんですけどね。

―ジャズを浴びながら育つことは難しいけど、興味を持てばいくらでも探究できる時代にはなっているわけですよね。

菊地:いまジャズが聴きたかったら「モンテローザ」がありますよ。白木屋とか魚民とかを統括している巨大な飲食チェーンですけど、モンテローザ系列のお店は例外なくBGMが有線のジャズチャンネルで、選曲がめちゃくちゃいいんです。ジャズミュージシャンと行くと、「これコルトレーンだけど、聴いたことないな……」って音楽認識アプリですぐ調べて、「何年のこれか!」みたいに、全然落ち着けない(笑)

一同:(爆笑)。

菊地:まあ、さっき言ったようにビバップは音質が悪いから、BGMにはなりづらいんだけど、ハードバップもいっぱい流れてるわけ。ハードバップは汎用ビバップっていうか、ポップバップだから、まずそういうのを聴くんだったら、居酒屋に行けばいい(笑)。

片倉:最近まつ毛エクステのお店のBGMもジャズが多いんですよね。この間も自分の演奏する曲がかかってて、落ち着かないことがありました(笑)。

菊地:そう、だからジャズはハードルが高いとか言われながら、飲食店のBGMとしては、ボサノバやR&Bと並んで、いまも天下を獲ってるんですよ(笑)。