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実は民俗芸能も変わっている 武藤大祐×小岩秀太郎対談

Interview / 三陸国際芸術祭

芸能みたいなものを、新しい「概念」として生み出すことができれば、「アート」とは違う、ダイナミックな世界が広がるのではないか。(武藤)

―「三陸国際芸術祭2015」では、インドネシアやカンボジアからも芸能の担い手たちが来日し、「習いに行くぜ!」も「東北へ、アジアへ!!」と地域を拡張しました。三陸の芸能は、コンテンポラリーダンスだけでなく、アジアの芸能とも交わり、触発されているのでしょうか?

小岩:正直まだ、海外の芸能から触発される段階にはきていないと思います。ただ、海外の芸能が背負ってきた歴史や風土、食べ物、文化を理解すれば、ゆくゆくは変化が起こってくるのかもしれません。たとえば「獅子舞」は、古代ペルシャからシルクロードを通ってもたらされ、日本だけでなく朝鮮半島・中国・東南アジアにも同じルーツの文化があります。そんな歴史が読み解ける場を作ったら、いい変化の兆しが出てくるでしょうね。

写真

インドネシアから招へいしたKomunitas Al-Hayah

武藤:深い理解に至るための場作りが必要ですよね。壮大なスケールでアジアを俯瞰すると、獅子舞の話のようにルーツが見えてくるけれど、その伝播のプロセスには数百年や千年以上の時間がかかっていて、たとえば三陸で獅子舞をやっている人に、これはペルシャですって言っても、なかなかピンとは来ない(笑)。だから啓蒙ばかりじゃなく、もっと身近なところにある境界領域……たとえば奈良で、日本と朝鮮の接点を探していくとか、いまは分かれているように見える文化と文化の間に、じつは明確なボーダーなんてどこにもないことを明らかにしていくのは、おもしろいかなと。

―国家の枠を越えて、アジアが民俗芸能を介して勝手につながってしまう。まさに現代だからこそできるグローバルな展開です。

武藤:アジアのコンテンポラリーダンスを見ていて、フラストレーションを感じるのは、「生活とつながっていないアート」をやる人たちのネットワークがグローバルに作られているだけで、その枠組のなかで民俗芸能を扱ったとしても、単なるモチーフというか「記号」にしかならないことなんです。生活とつながり、土地と密接な関係を持つ民俗芸能によって、本質的な交流へと進化する……とても困難だと思いますが、豊かな可能性が広がっていると思います。

―コンテンポラリーダンスの世界だと、アジアのアーティストと交流するにも、じつは欧米のシーン経由でつながっていることも多いですね。

武藤:「コンテンポラリーダンス」とか「アート」の概念自体が西洋発ですからね。その一方で、「芸能」って英語にうまく翻訳できないんですよ。「エンターテイメント」でもないし、「パフォーミングアーツ」と訳されることもありますが、とくにヨーロッパにおいては「アート=開かれた公共空間で行われるもの」なので、その逆は「閉じたコミュニティーでやっているもの=祝祭」という図式になりがちです。アートでも祝祭でもない中間領域として「芸能」があるはずなのに、概念化しづらいんですね。

三陸国際芸術祭の写真3

三陸国際芸術祭

武藤:「エンターテイメント」も「パフォーミングアーツ」もしっくりこないですよね(笑)。

武藤:でも「芸能」みたいなものって、日本や東アジアだけじゃなく、それこそ世界中どこにだってあるわけで、それぞれの土地に濃厚な文化がありますよね。そういったものをもっと共有して、新しい「概念」を生み出すことができれば、「アート」とはまた違う、ダイナミックな世界が広がっていくのではないでしょうか。三陸国際芸術祭はそのモデルの1つになり得ると思います。

―アートでもエンターテイメントでもない、新しい「概念」をグローバルに作るというのは、かんたんにできる話ではないですが、大変興味深いです。ちなみに武藤さんがイメージする「ダイナミックな世界」とはどのようなものでしょうか?

武藤:「三陸国際芸術祭2014」のフィナーレでその片鱗を感じたんです。鹿踊、ガムラン、農楽が同時に上演されていて、ぐちゃぐちゃのあり得ない世界が生まれていた。かつおだしにパクチーとコチュジャンを混ぜちゃった感じというか、リズムもメロディーもなんにも合わないんですよ。ただ一緒にばーっとやるだけ(笑)。でも、異様に盛り上がりました。三陸の民俗芸能にコンテンポラリーダンスが介入することで、いい感じの混沌が起こってしまったんですね。

インタビュー中の武藤氏と小岩氏の写真

 

―そんな混沌から、国境を超えた新たな「芸能」の概念が生まれるかもしれない。

小岩:三陸国際芸術祭は、アジアの生きている民俗芸能とつながれる。暮らしのなかで生まれ、暮らしと密着した「芸能」を見ることができる場です。そういった意味でも価値がありますよね。あと、これだけのことをやっていながら、「郷土芸能祭」や「民俗芸能祭」とは名乗っていない。あえて「芸術祭」という、誰でもわかるネーミングを名乗っているのも、じつはポイントなんです。

―はじめて知ったとき、「なんとかトリエンナーレ」と同じような、現代アートイベントかと思いました(笑)。

小岩:瀬戸内国際芸術祭とか大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレとか、そういう地方芸術祭ファンみたいな人たちも一度観にきてくれないかな、って思っています(笑)。アートでもエンターテイメントでもない、新しい「ダイナミックな世界」をお見せできたらいいですね。