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オンライン・アジアセンター寺子屋第1回――コロナの時代でも国境を越えて人は繋がる ~新しいかたちの国際文化接触の可能性~

Report / Asia Hundreds

宮城聰が考えるコロナ禍の演劇。この状況でなぜ活動を継続するのか

静岡県の公立文化芸術集団、静岡県舞台芸術センター(SPAC)・芸術総監督の宮城聰氏はコロナによる自粛要請の期間中劇場で何が起きていたのか、開催直前に内容の大幅変更を余儀なくされた世界演劇祭の例をあげながらコロナと劇場、演劇人の役割についての問いを投げかけた。

話をする宮城聰氏の写真
オンラインで参加した宮城氏

海外からのアーティストの入国が制限され、人が集まる演劇祭自体の開催も不可能となったSPACでは5月の演劇祭を中止ではなく、演劇祭の代わりとなるものを人々に提供する方向へと大きく舵をとった。その際に留意したのがアーカイブの映像を配信するのではなく、リモートや非接触での上演形態をとったプログラムを新たに制作し届けること。例えば、来日する予定だった海外アーティストと国をまたいでのライブ配信トーク、Zoomでの演劇人の座談会、普段は見ることのない技術スタッフの仕事の舞台裏紹介などだ。今も劇場は閉鎖したままだが、演劇祭の経験をふまえ、SPACはその後も独自の演劇活動を続けている。宮城氏はコロナで需要が急増したケータリング会社になぞらえてその活動を「ウーバー・アーツ」と呼んでいると笑う。人々が劇場を訪れることが出来ない状況を鑑み、それならば、と演劇を必要としている観客たちへ演劇を届けるという逆転の発想だ。施設での芝居や朗読の訪問上演の際にはFMのトランスミッターを使用し、役者は屋外で館内の観客に近づくことなく、さらには館内の離れた場所でもラジオ放送でその声を聞いてもらえるよう工夫していると言う。他に、中高生向けに朗読動画を配信、SPACの俳優が電話越しの観客へ向けて物語を朗読する無料プログラム、美術・技術スタッフがオリジナルの工作キットを配る活動などを展開している。「数か月劇場が閉まっていても誰も困らない、と世間がなるのを恐れた」と話す宮城氏。「演劇がないと生きていけない人、というのが一定数いるということをまずアピールしなければ」との思いから地道にウーバー・アーツを続けていくと言う。

訪問上演の写真
施設での訪問上演

多次元アートの先駆者が考えるこれからのデジタルアートの必要性

様々な分野でアジアのハブの機能を果たしているシンガポールからビデオメッセージで寺子屋に参加したのは、ジャンルや都市を超え、国際的にアートやフェスティバルのプロデュース、マネージメント、コンサルティングを行っているカルチャーリンク・シンガポールの創設者で芸術監督のゴー・チン・リー氏。今回のコロナ後のアート、演劇界の未来予想図を、現在進めているプロジェクトの例を挙げて具体的に語ってくれた。
シンガポールではナショナル・アーツ・カウンシル(NAC)が文化関係の仕事に携わる人や文化系団体職員のためのコロナ支援策をまとめている。NACのウェブサイトには各種給与支援策、スキルアップのためのオンライン研修費補助の支援、そして「デジタル化グラント」という特別助成金などの情報が掲載されている。「デジタル化グラント」とはアーティストやカンパニーがウィズ・コロナ対策としてデジタルコンテンツを作成、配信するための支援金制度。そのようなバックアップの賜物か、多くの芸術団体やフェスティバルがオンラインでアーカイブを公開していて、過去の貴重な映像が見られたり、また有名アーティストによるオンラインレクチャーなども始まっている、とゴー氏は言う。NAC自体も新しいデジタルコンテンツの創作、配信に積極的で、今、シンガポールではアートのデジタル化が加速しているということだ。

ゴー氏自身は以前関わったプロジェクトをこのコロナに即した形で再始動できないか検討中で、英国の劇団が2006年に主導した英国、シンガポール、ブラジルの3か国の劇場がコラボレーションした、身体的演技のリアルな部分とバーチャルな部分が混ざり合った作品のアップデートに着手しているところだと言う。今、最も興味があるのは今後アーティストたちがどのようにこのコロナのニュー・ノーマルの環境に適応していくのかということ、と語る彼女は、例えばロックダウン状況に応じてリアルとバーチャルを適時に切り替えるなど、リアルとバーチャルが繰り返されたり鏡の関係となるのではなく互いの延長線上にあるような、新しい種類の作品、それもデジタルの領域、あるいは半デジタル・バーチャルの領域でその可能性を追求していきたいと話す。「私たちは全世界でデジタルコミッションやコラボレーションのためのスペースを切り開くように務めるべきです。新型コロナウイルス状況下の国際的コラボレーションに対する追加的支援の仕組みをどう生み出せるか、バーチャル、リアルを問わず考える必要があります」

話をするゴー・チン・リー氏の写真
ビデオメッセージで参加したゴー氏

オンライン化によるデジタル・ディバイド(情報格差)に関する留意

宮城氏はゴー氏の提言を受け、補足としながらも、「今はまだそのデジタルな表現にアクセス出来ない人たちが多くいることを忘れてはならない」と話す。「そんな彼らは今、孤立しています。そもそも孤立感をもっている人たちが始めた芸術が演劇だと思っているので、そんな演劇人が同じように孤立している人たちと関わる事を忘れてはいけないと思っています」
それに関して湯浅氏も、多様性、包摂性が重要視されている現在において、オンラインだからこそ排除されてしまう人が出てきてしまっていることに慎重であるべきだと話す。「身体的な障害の他に、経済的な状況、年齢、性別、都市と地方、先進国と途上国、教育の違いなど様々なことにおいてデジタルへの接触で格差が発生しています」
「高齢者、障害のある方、あらゆる方が接触できるためにはどういったものが必要なのか、ということを考えていく必要があると思います」と彼女は言う。さらに、Zoomやオンラインでのフォーラムも一部の人たちにとっては便利である反面、視覚、聴覚に障害がある人たちに対しては配慮が不十分であり、まだまだオンライン化にも課題は満載であるとした。

これからの国際文化交流について

最後にアーティスト、劇場の総監督として現場で国際交流の苦労を体験している立場から宮城氏がコロナの状況下での国際交流の意義について意見を述べた。
「これからしばらくは大型の引越し公演とか国際交流は確かに大変になるでしょう」
経費が嵩む国を移動しての国際交流に二の足を踏む傾向も出てくるかもしれないが、人々がリアルな交流を止めるということはない、と宮城氏は言う。
「思い起こせば、あのカラヤンにしても最初は一人でやって来てNHK交響楽団を指揮していたんです。でも、一人だけど彼の「肉体」がやって来たということに重要性があった。肉体というのは膨大な情報を持っているんです。ある時、自分とは違う謎を含んだ肉体が現れた時にそこに謎があるぞと思って人はそれを覗き込む、それが(国際交流の)相手に対してのリスペクトであり、つまり相手に興味を持つことが相手、国へのリスペクトであると思っています。そして、それこそがアートの国際交流における重要な役目なのです」

【アーカイブ映像】

【関連リンク】

World Cities Culture Forum

ブリティッシュ・カウンシル

公益財団法人静岡県舞台芸術センター(SPAC)

National Arts Council: NAC

Singapore Culture Anywhere

Station House Opera:Play On Earth (2006)

Beethoven 360°

CultureLink Singapore

Berliner Ensemble


田中 伸子(たなか のぶこ)

演劇ジャーナリスト、The Japan Times演劇担当。City University LondonでArts Managementの修士課程を終え、2000年に帰国。2001年より英字新聞The Japan Timeの演劇担当として現代演劇、コンテンポラリーダンスに関する記事を執筆するほか、新聞、演劇専門誌などの日本語メディアにも記事を寄せている。ロンドンのThe Coronet Theatreで2021年に開催予定の日本人アーティストを集めたフェスティバルに、カンパニーマネージャーとして参与している。また、バイリンガル演劇サイト「jstages.com」を運営している。