オンライン・アジアセンター寺子屋第2回――今、サッカーだからできること~Jリーグ各クラブによる東南アジアでの活動から~

Report / Asia Hundreds

アジア・ハンドレッズのロゴ
ASIA HUNDREDS(アジア・ハンドレッズ)」は、国際交流基金アジアセンターの文化事業に参画するアーティストなどのプロフェッショナルを、インタビューや講演会を通して紹介するシリーズです。 文化・芸術のキーパーソンたちのことばを日英両言語で発信し、アジアの「いま」をアーカイブすることで、アジア域内における文化交流の更なる活性化を目指しています。

古屋昌人(以下、古屋):本日は、Jリーグの山下修作さんと、東南アジアとの交流事業に参加された3つのクラブチームを代表して、大宮アルディージャの秋元利幸さん、FC東京の藤原兼蔵さん、湘南ベルマーレの二木孝さんにお話を伺いたいと思います。最初に、Jリーグの山下修作さんから「東南アジアのサッカーの状況、Jリーグのアジア戦略など」についてお話しいただき、3つのクラブチームの皆さまには、それぞれの交流の現場における活動事例をご紹介いただきたいと思います。

共に成長する関係

山下修作(以下、山下):Jリーグは「日本サッカーの水準向上及びサッカー普及促進」「豊かなスポーツ文化の振興及び国民の心身の健全な発達への寄与」「国際社会における交流及び親善への貢献」という3つの理念を掲げています。その3つ目にあたる「国際社会における交流及び親善への貢献」は、1993年のJリーグ設立当初から掲げています。全国各地にJリーグクラブが増え、またASEAN諸国を中心とした提携国リーグも増えており、今では7か国のリーグとの提携を実現しています。東南アジアのサッカー熱やサッカー人気は非常に高く、政財界の実力者の方々がリーグ運営やクラブ運営に携わっています。こうした方々とのサッカーを通じた交流、ネットワーク作りも、我々ができる一つの役割だと思っています。
提携国のほとんどは、FIFAランキング100位以下で、実力者の方々が投資をしても、なかなか世界レベルの活躍をできていないのが現状です。その中で、Jリーグとして何かお手伝いできないかと様々な交流を図っています。一方、日本のサッカーも、1970年代は東南アジア各国よりも弱い状態でした。しかし、1993年のJリーグ設立をきっかけに上昇し、今ではワールドカップ常連国に名を連ねるようになりました。我々には短期間で強くなるノウハウがあり、そのノウハウを東南アジアの方々に伝えることで、アジア全体のレベルアップを目指しています。そこでキーワードになるのが、「共に成長する」ということです。このキーワードのもと、我々は無償でノウハウを提供していますが、その姿勢は各国の方々から共感いただいており、こうした関係は日本企業が海外進出する際にも活かされています。

山下氏の資料画像「共に成長する」

Jリーグで活躍する東南アジアの選手

山下:現在、多くの東南アジアの選手がJリーグで活躍しています。東南アジアのスター選手が日本で活躍すると、現地で報道され、在籍するJリーグクラブは現地で認知されるようになります。Jリーグのクラブには地域名が必ず入っているので、報道されればされるほど、その地域の認知度が上がっていきます。そうしていくことで、クールジャパンのその先にある「クールローカル」、海外と地域を結ぶ活動にも貢献できると思っています。
Jリーグでは、ASEAN10か国に対して、Jリーグの10クラブが毎年コーチの派遣や選手の受け入れなどを行っています。サッカーを通して国境も文化も年齢も性別も障がいも、すべてを越えてみんなが笑顔になれる、それがこの交流の素晴らしさだと考えています。

話をする山下氏の写真

アジアセンターによるサッカー事業の取組

古屋:2014年から2019年度までの6年間で、長期と短期の「指導者派遣」プログラムにおいて計233名のサッカー指導者を日本からASEAN10か国と東ティモールを加えた、東南アジア11か国へ派遣しました。また、「選手招へい」「指導者招へい」「リーグ関係者招へい」の各プログラムにより、東南アジア各国から日本へ計1,295名のサッカー関係者を招へいしました。特に東南アジアのASEAN10か国については、それぞれの国を担当するJリーグのクラブチームを決めて、各クラブが担当国との間で「指導者の派遣」や「選手やリーグ関係者の招へい」などを実施してきました。Jリーグの各クラブチームは、これまで実施されたこうした交流の経験を活かし、新たに独自の社会貢献活動や、地元の地域コミュニティでの活動などを積極的に展開されていると聞いています。本日ご登壇いただく3つのクラブ以外にも、多くのクラブの皆様のご参加があって、東南アジア地域と日本とのサッカー交流事業を実施することができました。この機会に、Jリーグと各クラブの皆様にあらためて御礼申し上げます。

さて続いて、事業にご参加いただいたJリーグのクラブチームの皆様に、それぞれの活動の内容や、活動をきっかけにどのような展開があったのか伺いたいと思います。

ラオスから招へいした選手が、現在A代表で活躍

秋元利幸(以下、秋元):「すべての子どもたちに笑顔を届けるために」という理念に基づいて、大宮アルディージャは国際交流活動を行っています。今年で7年目ですが、これまでに9か国、計7,061人もの子どもたちと交流しており、今年の2月に埼玉県から「埼玉グローバル賞」をいただきました。2015年以降ラオスを担当しており、東京オリンピックに向けてラオスU-19代表チームへの指導者派遣や、ラオスの選手の日本への招へいを行ってきました。これまで招へいした選手の中には、現在ラオスのA代表*1 で活躍している選手もいて、微力ではあるかもしれませんが、ラオスのサッカー界に影響を与えられていると思うと、すごく嬉しいですね。

*1 各国の年齢制限のない代表チームのこと。フル代表ともいう。

ラオスの選手との交流で得たもの

秋元:印象的なエピソードが一つあります。来日したラオスの選手が、スパイクを買いにスポーツショップへ行ったのですが、彼らにとってはあまりに高額で、買えずに落ち込んで帰ってきたことがありました。そのことを大宮の選手に話すと、ダンボールに入りきらないほどの中古のスパイクやキーパーグローブを持ってきて、「ぜひこれを使ってください」と、ラオスの選手にプレゼントしたことがありました。大宮の選手やスタッフにとっても、グローバルな視点で物事を見られる素晴らしい機会になりました。
どの経験も、すべて国際交流基金のプログラムがあってこそ実現したことです。1、2年の交流で信頼関係を築き上げることはなかなか難しいですが、長年の交流と密なコミュニケーションによって得られる信頼関係は、私たちにとってとても大きいことです。昨年からは、ラオスのサッカー協会から依頼されてU-16女子代表チームを指導しています。我々の指導力を評価していただき、新たなチャレンジにつながった一例です。

マニラのスラム街に住む子供たちのためのサッカークリニック

二木孝(以下、二木):私が大好きな湘南ベルマーレのスローガンが「たのしめてるか。」です。この言葉はユニフォームにもプリントされていて、選手、指導者、アカデミー選手、すべてのクラブスタッフがこのスローガンを心に刻んで働いています。
これまでの東南アジアでの事業を振り返ってみると、フィリピンではスラム街で生活する子どもたちや、現地の日本企業で働かれている在留邦人のお子様を対象としたサッカークリニックを開催してきました。そこからのご縁で、フィリピンとインドネシアで湘南ベルマーレのサッカースクールを開校しました。
フィリピンのスラム街では、当たり前のように裸足で歩いている子どもがいて、まともに洋服も着ることができない環境の中、子どもたちは泥まみれになってサッカーをしています。こうしたスラムの子どもたちに、サッカーをはじめとしたスポーツを教えたり、職業訓練を通して夢や希望を与えるための慈善活動をしているトロイ財団という現地の団体と一緒にタッグを組んで、活動を行いました。最初は我々スタッフも多少構えていましたが、一緒にボールを蹴ることでみんなが笑顔になり、サッカーには言葉がなくてもコミュニケーションをとることができる、素晴らしい力があることを私たちの方が学びました。
また、外で遊ぶ環境が整っていないフィリピンで、日系保育園や小学校の子どもたちにサッカーを教えることは、ボールを使って外で運動するよい機会となり、親御さんたちからとても感謝されました。インドネシアでも日本語でサッカーを教わる環境のない子どもたちにサッカーを教えており、サッカーはもちろん、サッカーを通じて人間性を学ぶ機会も提供しています。

マニラでのコーチ経験は、サッカー指導者としての成長にとり、非常に貴重なもの

二木:現地に足を運んだコーチたちも、この活動を通して日本では経験することがない苦労や不便を味わうことで、自分自身で打開していく力を養うことができました。おかげで、今ではリーダー格の活躍を見せてくれています。私たちはサッカーを提供しに行ったつもりが、この活動を通じて逆に成長させてもらいました。新型コロナウイルスの影響で、今は現地の子どもたちに指導することは難しいですが、状況が落ち着いた時にはまた笑顔でサッカーができるよう、私たちにできることを模索しています。

東南アジアでのビジネス展開

藤原兼蔵(以下、藤原):国際都市「首都TOKYO」のクラブとして、FC東京のアジア戦略における目的は、大きくわけて3つあります。1つ目はFC東京のブランドイメージアップ、2つ目はアジアでのFC東京のブランド認知度アップ、3つ目は事業収入の拡大です。今日お話しするのは、主に3つ目の「事業収入の拡大」についてです。
タイのバンコク・ユナイテッドFCとの提携では、オーナーが非常に大きな財閥ということもあり、この財閥と日系企業とのビジネスを仲介することによって、FC東京としても日系企業スポンサーを獲得することができました。インドネシアでは国際交流基金ジャカルタ日本文化センターのご協力もあって、4、5年に渡って指導者派遣事業を行い、その後自分たちで「自走」できるようなビジネスチャンスを開拓していくことを目的に取り組みました。最近は、ベトナムのサイゴンFCと提携して、クラブ運営のアドバイスや指導者派遣を通じた提携を実現しています。
国際交流基金との事業では、指導者の派遣や選手の受け入れによって得られる異文化交流のメリットが非常に大きかったです。さらに、それに合わせて、この機会をうまく利用してビジネスチャンスをものにしたいと考え活動してきました。インドネシアでは、合意直前で契約が実現しなかったり、提携しても半年で終了したり、文化の違いからなかなかうまくいかないこともありました。目指していたことをすべて達成できてはいませんが、「緩やかな失敗」を経験することで次への課題発見につながり、クラブとしてもよい経験になりました。

ユース時代の久保建英選手

藤原:インドネシアの選手をFC東京のU-18で受け入れ、一緒に練習をしたことがありましたが、アジアの同年代選手と一緒に練習する機会はユース選手にとってもよい経験になりました。当時、コーチに言われることもなく積極的に受け入れた選手とコミュニケーションをとっていたのが、現在スペインで活躍している久保建英選手です。選手が成長していく上で、コミュニケーション能力の高さはとても重要な要素だと感じる機会となりました。

サッカーを通じてできること

二木:新型コロナウイルスによって、海外の子供たちがサッカーをプレーできない状況なので、できる限りオンラインのサッカークリニックや今後の企画作りをしていくことで、現地の子供たちのために笑顔のきっかけづくりをしていきたいです。

秋元:指導者派遣やサッカー教室で各国を訪問すると、最終的に我々が一番笑顔になって帰ってきます。それが原動力になっているので、コロナ禍において自分たちに何ができるか考え続けることで、また新たな交流を生んでいきたいです。そして、夢と感動を共有していけたらいいなと思います。

山下:私も関わったのですが、FC東京の活動の一つで、聴覚障がいを持つタイと日本の子どもと、FC東京のスクール生の交流イベントでデフサッカークリニックを開催しました。言葉も手話も通じないはずなのに、一緒にサッカーをすることで、みんなすぐにコミュニケーションが取れるようになりました。国際交流だけでなく、いろんな境界線を越えて交流できる機会をこれからも作っていきたいです。2014年にJリーグが国際交流基金と活動を始めた頃から、将来各国のA代表となるような選手を生んでいきたいと夢物語のように話していました。それが今、ようやく形になってきていると実感しています。とても嬉しいことですし、これからもこのような交流を続けていきたいです。

古屋:本日は貴重なお話をありがとうございました。

イベント終了後の山下氏と古屋氏の写真

【アーカイブ映像】


会場撮影:佐藤 基