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伝統文化をよみがえらせる異端児 ――ピチェ・クランチェンインタビュー

Interview / Asia Hundreds

観客との関係

――タイの古典舞踊に親しんでいる人たちには、新たな作品はどう受け取られていますか?

ピチェ:彼らにとっては、古典舞踊の様式や考え方は変えてはいけないものです。だから私のやっていることに評価を下す時には、「これは<文化>とは違うから」と、その一点張りです。理論も知識も関係なく、ただ「文化」であるか否か、それだけなのです。タイ舞踊を、舞踊芸術としてではなく、「文化」として見ている。だから伝統的な様式から少しでも外れると「違う!」となるわけですね。

――伝統芸能を大事にするにしても、質を見るのではなく、ただ型を守っているから立派なのだと。一言でいえば形骸化。どこでも同じですね。

ピチェ:伝統芸能というのは観客とコミュニケートしない、職業にならない、チケットを売るということができない。だからその質や意味について考える人がいないのです。もとは王様のために作られた文化なのですから、そのままでは現代にいかせないと思います。

――アジアの伝統芸能一般に通じる指摘ですね。

ピチェ:そもそも仏教儀礼とか、王室のために作られた儀式ですからね。たとえば昔のインドネシアやインドの人々も、別に「舞踊」を観に行っていたわけではないでしょう。踊り手は神様を演じていたのであり、その神様に会うために出かけて行ったわけです。

――日本にも舞楽や能などが受け継がれていますが、それをあなたのようにラディカルに革新しようとする人はほとんどいません。その意味で、あなたはアジアのいろいろな舞踊にとっても、ひとつのモデルになることをしていると思います。

ピチェ:でもアジアには、私のような活動をしている人はたくさんいますよ。エコ・スプリヤント*4 にしてもそうだし、サルドノ・クスモ*5 や、リン・ホワイミン*6 とか……。

*4 国際的に活躍しているインドネシアの現代舞踊家。

*5 インドネシアを代表する前衛的な現代舞踊家、アーティスト。

*6 台湾における現代舞踊の中心的存在で、世界的に名高いクラウドゲート・ダンス・シアター(雲門舞集)を主宰。

インタビュー中のピチェ・クランチェン氏の写真1
写真:山本尚明

――古典舞踊の若い踊り手たちがあなたのところに少しずつ集まってきているわけですが、自分の活動に共感する人が増えているという手応えはありますか?

ピチェ:いえ、ないですね……。カンパニーといっても、集まってきたのは5人だけですよ。うちのカンパニーはたくさん上演しているので、本当はもっと来てもおかしくないんですが。やはり共感を得るにはすごく時間がかかるのでしょう。社会、階級、文化、それぞれのレヴェルで難しさがあります。私はタイ古典舞踊を学んだ者のなかで初めての試みをしているわけですが、舞踊学校では学んだことがありません。タイでは古典舞踊の先生といえば、普通は国立演劇舞踊学校の卒業生ですから、そういう伝統的な学校を出ていない私のような存在は異例なのです。それゆえ私がつくっているものはすべて芸術局には認められていません。異端児と見なされているのです。新しすぎて、どう関わればいいかわからないようですね。こういうわけで、踊り手たちの間に新しい動きは少ないのですが、そのかわり、観客に新しい動きが出てきています。学生や若い世代の観客が増えているんです。興味を持って観に来て、伝統文化に対する疑問を抱くようになったり、伝統文化を見直すようになっています。つまり伝統文化が息を吹き返す可能性が見えつつあるのです。

――異端的な表現を通じて、古典的なものへの興味が掻き立てられるわけですね。

ピチェ:彼らは伝統舞踊をきれいだとかおもしろいとかいう視点で観たことがなかった。ただつまらない、退屈なものとしか思っていなかったのです。

――普段はどういうものに触れている人たちなんでしょう?

ピチェ:普通の若い人たち、たとえば欧米のポピュラー音楽を聴いているような人たちですよ。

――どういうきっかけであなたの舞台を観に来るのでしょうか。

ピチェ:まず私の作品は、観客とコミュニケーションがとれるという点です。たとえば私は神様を演じません。彼らの想像外のものは演じません。そして観客と同じような服装で演じます。つまり観客は私の上演を観て、私と彼らは同じ人間なんだと認識するわけです。私が語るストーリーも、観客にとっても身近なものです。『Black & White』はどうやって人生のバランスを取るべきなのかを語っていますし、『Tam Kai』はどんな人でも踊れる作品です。観客が観ているものが、自分の人生から遠くない。そして、一番大事なのは、私が誰に対してもフレンドリーで、踊りの先生としてふるまわないことでしょうね。「文化」的な意味では師匠と弟子という関係がとても重視されるわけですが、いったん自分は師匠だという態度をとってしまうと、弟子との間に距離が空いてしまって、コミュニケーションをとることに臆病になってしまいます。

舞台の写真6
Black and White
Photo: Weerana Talodsu

――現代演劇を観る人や、西洋的なコンテンポラリーダンスを観ている人たちがあなたの舞台も観に来ているのでしょうか?

ピチェ:ええ、でもそれだけではなくて、伝統文化に興味がある人たちも来ます。けっこう年配の、60~70歳の観客もいますよ。彼らは第1に質を求め、第2に新しいタイプのストーリーの語り方を求めています。

――タイ国内でも、あなたの作品から刺激を受け取る一定の観客層が現れてきているわけですね。

ピチェ:そうです。この10年間で観客の数がどんどん増えてきています。最初『I am a demon』を演じた時は、観客は3人しかいませんでした。今は、1度の上演で200席が満席になります。2週間前にバンコクで公演をしましたが、180席が3日間満席になりました。ただここ最近は、バンコクでは年に1、2回しか公演していません。あとは海外ですね。

――以前は海外での公演が主軸でタイ国内には観客がいないという状況だったとすると、そのバランスはだいぶ変わっているといえますか?

ピチェ:少しバランスが良くなったと思いますが、やはり海外の方が反響はずっと大きいですね。タイの社会は現代芸術に対する理解がまだ浅い。だからなかなかチケットを買ってまで観に来ようとはしないんです。現代芸術を観るということは古典芸術を観ることとは違うと思われている。現代芸術について知識を持ったり、関わりを持つということができていません。人気があるのは商業的な舞台です。演劇を観るにしても、主役と悪役、そして明確なストーリーがないとダメなのです。つまり観客の素養にはまだまだ発展の余地があります。これは観客のせいではないと思います。古典芸術と現代芸術の違いを説明できる人がいないのです。社会に情報や教育がもっと必要です。

創作環境について

――以前は観客が3人だったのが、500人以上にまで増えることで、たとえ少数派とはいえ、社会のなかでのあなたの存在感は増していると思います。創作環境や助成金の得やすさといった面で変化はありますか?

ピチェ:創作環境には影響が生まれています。観客の期待値が上がってきているので、もっとおもしろいものが観たいと。だからとても疲れますし、1つの作品にかける時間が長くなってきていますね。

――いい意味でのプレッシャーですね。

ピチェ:そうですね。押しつぶされそうになるほどのものではないですが……。

――活動資金についてはどうですか?

ピチェ:タイ政府からの助成金はまったく得られていません。ちょっと危ない話になりそうですね(笑)。政府はそもそも現代芸術を支援していないんです。政府の助成を受けるには3つの条件があります。1つ目は、内容が王様に関係するものであること。2つ目は、仏教に関係のある作品であること。3つ目は、子どもの支援に関係するものであること。この3つのどれかに該当すれば政府の支援が得られるということです。『Tam Kai』というようなタイトルの作品ではまず無理ですよ。ニワトリなんて国家に何の関係もないですから。

――すると主に海外からの出資で支えられている状況でしょうか。

ピチェ:海外の資金で作った作品はタイでは上演しません。

――海外とタイ国内では作品が異なりますか?

ピチェ:内容は同じ場合もありますが、国内は、規模や照明などが、やはり海外での上演より見劣りしますね。タイ全土を見渡しても、KAAT(神奈川芸術劇場)のような設備はないんです。海外の人には、タイはとても発展したお金持ちの国に見えて、ちゃんとした劇場や設備があるものと思われがちですが……。だから私は自分のスタジオつくったのです。

――スタジオではどのような活動をしているのですか?

ピチェ:去年は4、5人のアーティストを集め、海外からも2、3人呼んで上演をしてもらいました。いわゆるフェスティバルではないんですが、2週間にわたるプログラムです。そして自分のスタジオで行う公演では、周辺の住民は無料で観てもらいます。

――どんな人が観に来ますか?

ピチェ:完全に地元の人たちですね。工事現場で働いている人とか、物売りの人、ありとあらゆる人たちです。私の劇場はバンコクの中心ではなく、川を渡ったトンブリー地区というところにあり、ムスリム教徒が住民の60%を占めています。ムスリムも仏教徒も来られる場所にしたいんですよ。そして本当に地元の人たちに芸術に親しむ機会を持ってほしい。

――工事現場の人などはどんな感想を持っているんでしょう。

ピチェ:彼らは、理解はしていないと思います。ただ、新しい経験をしたということを喜んでいます。そして「芸術」という言葉に対して目覚めていくんですね。「芸術」というものが身近にあることを喜んでくれます。すごく大事なことだと思います。すぐには理解できないかもしれないですが、繰り返し見ることで、芸術が決して自分たちから遠いところにあるわけではないと気づくんです。

インタビュー中のピチェ・クランチェン氏の写真2
写真:山本尚明