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ティファニー・チュン——消去された歴史の掘り起こしと再配置:歴史の健忘症に抗うための芸術的実践

Interview / Asia Hundreds

作品について

カルトグラフィー:サイズと目的

佐野:それでは、2007年から続けているカルトグラフィックな作品について簡単に見ていきたいと思います。私が興味があるのは、そのサイズについてです。記憶が正しければ、もっとも大きいもので両腕を広げたぐらいのサイズでしょうか? 大きさはどのようにして決めているんですか?

チュン:今のところもっとも大きい地図のサイズは1.8メートルです。なので、そうですね、ものすごく大きいということはありませんが、その表面全体を覆うための緻密なプロセスを考えれば、かなり大変な作業ではありますね。

佐野:沢山の小さなドットやビーズ、紙やヴェラム紙を幾重にも重ねてらっしゃいますしね。1.8メートルの作品はどれですか?

チュン:タンジールの地図の作品です。

作品の写真
ティファニー・チュン《Tangier 1943: the international zone, the French Capitulation in World War II, the Moroccan Communist Party, the Istiqlal Party and the call for independence of Morocco in 1944》(2012)、マイクロピグメントインク・ゲルインク・油彩・コピックマーカー/紙、110.5 x 179.7 cm

佐野:それはなぜそのサイズに?

チュン:モロッコ独立の時のいくつかの地域にまたがった作品なので、大きな面積が必要だったんです。逆に、シリアの難民危機を月ごとに追う仕事では、難民の数が毎週急激に増加していったので、ひとつの大きな地図ではおさまらず、追跡するためには、いくつもの小さな地図が必要でした。サイズは、それほど重要ではないですね。マッピングの目的に拠って決めてます。

作品の写真
ティファニー・チュン《Syria Tracker: numbers of children killed in different governorates, March 2011–November 2014》(2014-2015)、油彩・インク/ヴェラム紙を紙で裏打ち、23 x 30 cm・25.5 x 15.3 cm・33 x 21 cm・23 x 21 cm

佐野:前から地図の作品のサイズには関心を持っていて。というのも、普通の地図は折り畳んだり広げたりして、細部を拡大したり全体を鳥瞰したりすることができますよね。《The Syria Project》には、まさにそのふたつの視点が混ざっているように思います。つまり、人々の移動をクローズアップで追うための多数の小さなカンヴァスと、この危機全体を捉えた大きな画面というふたつの視点です。

作品の写真
ティファニー・チュン《The Syria Project》(2014-継続中)、第56回ヴェネチア・ビエンナーレ「All the World's Futures」展 展示風景、2015年
作品の写真
ティファニー・チュン《Straight Line carved and shaped the region: the secret deal of the 1916 Sykes & Picot Agreement》の細部(2014)、油彩・インク/ヴェラム紙を紙で裏打ち、100 x 70 cm

チュン:そうですね。そしてそれらは拡大し続けていますしね。地図の数だけでなく、ドットのサイズという点でも。

佐野:《The Vietnam Exodus project》の新たな作品で、世界を覆うだろうとおっしゃいましたが、そうすると大きなものになりそうですね。

チュン:このプロジェクトの地図のなかには、3メートルかそれ以上の大きさのものもあります。でも、それも世界中にわたる難民の逃走経路や移住の軌跡を見せるためには、それだけのサイズが必要となるだけのことです。

地図、ビデオ、パフォーマンスにおける時間性:時間の圧縮と問題への入口を用意すること

佐野:色々なメディウムで作品を制作していますが、時間性についてはどうお考えですか? あなたはビデオ作品もいくつか制作していますが、そのうちのひとつに《well-side gatherings: rice stories, the rioters, the speakers, and the voyeurs》(2011)がありますよね。これは1918年に日本で起きた「米騒動」*4 のリサーチに基づいた作品ですが、その後これを《chronicles of a soundless dream》(2012)というパフォーマンスに作り変えています。
階層の重ね焼きや複数のカンヴァスの併置のなかに、複数の異なる時間性が存在していることは、地図の作品によって理解できます。ビデオにおいては、遅延がメディウムの本質的な要素となっていて、またパフォーマンスは一回性のもので、いわば生の出来事であるといえる。そこで、複数の異なるメディウムをもちいる作品において、時間性がどのように作用しているとお考えでしょうか?

*4 1918年に富山県から始まった「米騒動」は、日本の地方で主食とされていた米の価格の急激な高騰によって引き起こされた。複数の新聞が富山での騒動を全国的に報じたことをきっかけに、同じような騒動が全国で巻き起こった。

チュン:そうですね。複数の異なるメディウムを使っていても一貫して私の作品に共通しているものは、時間の重なりです。私がヴェラム紙や紙を層状に重ねていく時、そこにはすでに複数の異なる時期の圧縮が生じています。パフォーマンスでもまた、私は歴史を掘り起こし、国家や個人的経験の歴史的記録を引き出して、若手ダンサーたちにその瞬間を再上演させるわけですが、そこにもやはり時間の層があります。概念的にいえば、例えば《well-side gatherings》や《chronicles of a soundless dream》といった作品では、日本とベトナムの歴史が重なり合っている――戦中の日本と戦後のベトナムという、ふたつの異なる時期と歴史的文脈とが。そして、その上に「今」を生きるダンサーたちがいて、そこで1918年の精神を取り戻し再現しようと試みている。ですので私は、歴史を掘り起こし、人の生や地政学的あるいは社会的文脈を発掘しながら、時間を積層化しそして圧縮してもいるんです。

佐野:でも、地図の作品はどれもとても美しいものですし、描かれたものの内容や文脈へと、観者をさらに一歩踏み込ませるためにはどういう工夫をしているんでしょうか?

チュン:美しさや美的なものは、作品の主題がずしっと重く響くものだと気づく前に観者を惹き付ける手段です。タイトルもそうですね、作品への入口を用意するものですし。

佐野:それでもやはり、あなたの作品には本当に深い歴史やリサーチ内容が濃縮され詰まっていますよね。

チュン:私がすべての作品で心がけているのは、教訓的にならないようにすること、回答を与えないこと、そして自分の考えや信念を人々に押しつけないようにすることです。芸術作品を通してできるのは、歴史のほんの一端を見せることだけで、歴史の教訓全体を見せることは不可能です。私が望むのは、人が問いを発せるよう促すこと、観者が知らなかった歴史への入口を提供すること、そしてそれによって彼らがみずから歴史を学ぶという責務を引き受けるようになることです。さらにいえば、私はよく複数の感覚器官にうったえるインスタレーションを通じて完全没入型の体験を作り出すのですが、そのなかにはマッピングの作品も要素として含まれています。幸か不幸か、地図の作品でよく知られているんですが、決してそれだけが、私の唯一のメディウムというわけではないんです。

インタビューに答えるチュンさんの写真

チュン:実は今、レクチャー・パフォーマンスをまとめようとしています。というのも、さっき言ったように、地図の作品上にすべての事柄を示すことはできないからです。ですから、長期にわたって行う私の制作プロセスに関するレクチャー・パフォーマンスや、複数のプロジェクトを通して私が学んできた問題について共有することは、綺麗に「みえる」作品を生み出すために私が何を調査し経験してきたかを理解するための別の入口を用意してくれることでしょう。