映画分野における次世代グローバル人材育成について――「東南アジア映画の巨匠たち/響きあうアジア2019」シンポジウム

Symposium / Asia Hundreds


ASIA HUNDREDS(アジア・ハンドレッズ)」は、国際交流基金アジアセンターの文化事業に参画するアーティストなどのプロフェッショナルを、インタビューや講演会を通して紹介するシリーズです。 文化・芸術のキーパーソンたちのことばを日英両言語で発信し、アジアの「いま」をアーカイブすることで、アジア域内における文化交流の更なる活性化を目指しています。

映画分野における人材育成の現状

池田高明(以下、池田):本日は短い時間ではありますが、まずはご登壇の方々からそれぞれの事例を伺い、続いてディスカッションをしながら、皆様と人材育成という大きなテーマについて考えていきたいと思います。
今回の機会には非常に大きな意義が三つあると考えています。まず、映画人材の育成についてこのように真正面から取り上げたシンポジウムが意外と(私が不勉強なだけかもしれませんが)今まであまりなかったということ。二つ目に、ハリウッドが云々ということではなく、我々が属しているアジアを中心に話ができるということ。そして三つ目に、この会場です。映画を考えるにあたっては映画以外の芸術文化を勉強することも重要です。海外との交流の前に、まずは日本国内で他の芸術ジャンルと交流することも非常に大事だと感じていましたので、そういう意味で今回、舞台芸術の拠点である東京芸術劇場で映画のシンポジウムを行うことの意義を強く感じています。

今回、タイトルに「グローバル」という言葉を入れました。「国際」ではなく「グローバル」という言葉が広く使われ出してから20年以上経ちますが、いま映画交流は国境(インターナショナル=国家間)を越えて進んでいます。国際共同製作においては、資金を得る上でその映画がどの国に所属するかという国の概念が今でも重要ですが、実際の映画の制作現場では国籍とか関係なくグローバルになっています。

「人材育成」を英語で説明しようとすると文脈によっていくつもの訳語が考えられるように、「人材育成」には色々な要素が含まれています。「人材育成において最も重要なポイントを三つあげよ」と言われたら皆さんは何を思い浮かべますか。私なりの答えを用意するとすると、あるビジネスの本に出てきたものですが、「1.チャンスを与え、2.チャレンジをさせて、3.成果を認めるー成果が出なければ、正しくフィードバックをする」こと。この三つのポイントというのは、どの分野で人材育成を考えるうえでも重要ではないかと思います。
日本では、「映画 人材育成」と検索しても、それを網羅した資料が中々出てこないと思います。演劇の世界では、NPO法人「Explat(エクスプラット)」*1 が年に二回インターンの合同説明会を行っており、説明会に加えて個別の面談を行っています。このウェブサイトでは、労働契約や子どもをもつ母親が働くにはどうするかとか、労働環境の調査など色々な情報を提供しています。また、海外では「Film Education Training」と複合検索してみると、例えばBritish Councilのサイトでは映画教育機関のリストが簡単に出てきますし*2 、これから映画の仕事を目指す人の専門サイトで履歴書の書き方などのページも見つかります*3 。日本ではまず、情報を整備することが非常に大きな課題だと思います。最後に、人材が育っても働く場所があるのかというのが一番大きな問題です。日本のコンテンツ産業では、アニメーション分野では何年も前から様々な調査が行われています。テレビ分野では、ATP(全日本テレビ番組製作社連盟)でタイムリーな話題「働き方改革の考え方」を出しています。(遅れていた)映画分野においても、現在、経済産業省が「映画制作現場実態調査」を実施しています。案内の冒頭で「20年後、30年後も映画産業が「誰もが憧れる産業」「夢を持って働ける産業」として発展していくことを目指し、映画の制作現場に携わる方々を対象とした実態調査を実施します」とありますが、いま“も”映画産業が本当に「憧れる産業」だと考えているのか、実態はそうじゃないから20、30年後に(“も”ではなく)映画産業が発展してほしいと願っているのかー「も」という言葉に込められた意味が気になるところです。*4

*1 舞台芸術制作者を中心とした芸術に関わる専門人材への研修機会の提供、労働環境の整備のための活動・事業を行うNPO法人。NPO法人Explat 公式サイト

*2 参考サイト:「Resources: Film -Education and Training」(British Council

*3 参考サイト:「MY FIRST JOB IN FILM

*4 参考文献:
(1)「コンテンツ産業の雇用と人材育成― アニメーション産業実態調査―」(労働政策研究・研修機構労働政策研究報告書2005 No.25)
(2)「アニメ産業改革の提言2018」(映演労連)
(3)「テレビ番組等の映像製作における「働き方改革」の考え方」(一般社団法人全日本テレビ番組製作社連盟(ATP))
(4)「将来の映画人材創出に向けて映画制作現場実態調査を実施します」(経済産業省)

【各登壇者による事例紹介】

1.「アジア・ドキュメンタリー国際共同制作ネットワークフォーラム Asian Docs Co-production Network Forum」(安岡卓治)
2015年9月、韓国DMZ国際ドキュメンタリー映画祭の新しいセクションとして誕生した、東アジア諸国の共生と相互理解を目的に、各国のドキュメンタリー映画製作者、映画教育機関が共同して、若い映画作家たちを育成するプロジェクト。第一期(2015年9月~2016年9月)、第二期(2017年3月~2018年9月)と、それぞれ参加校の講師と学生が集まり、ドキュメンタリーの共同制作のための企画ディスカッションやプレゼンテーションから制作指導、DMZ国際ドキュメンタリー映画祭での各国の完成作品上映まで行う。製作費はDMZ国際ドキュメンタリー映画祭のDMZ Doc FUNDが提供。参加大学:韓国芸術総合学校(1期・2期)、韓国・龍仁大学(2期)、国立台南芸術大学(1期・2期)、中国・同済大学(1期)、雲南芸術学院(2期)、日本映画大学

ディスカッションの様子の写真

2.「山形国際ドキュメンタリー道場 Yamagata Documentary DOJO」(藤岡朝子)
東南アジアのドキュメンタリー制作者5名を山形市に招へいし、蔵王温泉を宿泊地とする4週間の滞在を支援する、アーティスト・イン・レジデンス(AIR)活動。2018年10月24日~11月19日(27日間)、第一回を開催。国際ドキュメンタリーの最前線で活躍する海外の講師や日本の映像作家とのワークショップを経て、自身の映画企画を磨いていくほか、地元の自主上映会やコミュニティのイベントに参加し交流を深め、滞在の印象を短い映像作品に収録。最後に蔵王温泉、東京・シネマハウス大塚にて成果報告会を実施した。第二回は、2019年11月6 日~12月5日(30日間)に開催。交換プログラムとして、2020年2~3月にシンガポールにて日本の映像制作者のレジデンス滞在を実施予定。

3.「タレンツ・トーキョー Talents Tokyo」(市山尚三)
ベルリン国際映画祭による人材育成プログラム「ベルリナーレ・タレンツ」のアジア版として、2010年に開始* 。映画分野における「次世代の巨匠」になる可能性を秘めた「才能(タレンツ)」を育成することを目的に、東アジアと東南アジアの若手映画作家やプロデューサー15名を東京に集め、6日間にわたるワークショップで、それぞれの長編劇映画企画のプレゼンテーションと講評、プロによる講義を行う。タレンツ同士、タレンツとプロの間でのネットワーク強化を目指す。

Talents Tokyo 公式サイト

* 2010年は「Next Masters Tokyo」、2011~2013年はベルリナーレ・タレンツと提携を結び「Talents Campus Tokyo」として開催。2014年から現名称。

ワークショップの様子の写真