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映画制作におけるコラボレーションの未来図――「東南アジア映画の巨匠たち/響きあうアジア2019」シンポジウム

Symposium / Asia Hundreds

他国と一緒に映画を作ることの意義

石坂:それぞれ違う関わり方で、監督・プロデューサーの立場の違いもわかりました。ブリランテさんから日本との作り方の違いの話が出ましたが、エリックさんはいかがでしたか?

クー:私はとてもせっかちな性格なので(笑)、撮影も常に早く、時には即興的に撮影を行うので、我々の撮影の仕方を見ていた斎藤さんはまるでドキュメンタリーのようだと言っていました。時間はとても重要なので、3テイク以上は撮りませんし、最初のテイクの即興性が好きなので、それをキープします。幸いにも『家族のレシピ』ではとても素晴らしい役者の方々に恵まれました。また最近では、シンガポールの制作現場でインドネシア人クルーと一緒に働くことも多いですが、彼らは仕事がとても早く、ダイナミックさも感じます。アジア中から人が集まって一緒に制作できるのは素晴らしいことです。

石坂:本日、制作受入をした高崎フィルムコミッションの志尾睦子さんが会場にいらっしゃるので聞きたいのですが、受け入れ側として気を付けたことはありますか?

志尾:外国のクルーと一緒に仕事するのは初めてだったので、冒険であり、非常に楽しかったです。監督もシンガポールのクルーの皆さんも本当にフレキシブルに動かれて、日本人とテンポが違うので、とても勉強になりました。こちらは英語が苦手なスタッフばかりで言葉の問題はありましたが、映画言語を通じてものを作れることがわかり嬉しかったです。エリックさんがプロデュースする作品でもまたご一緒しています。これが色んな国々の方とも広がっていけばと思います。

石坂:日本には色んな所にフィルムコミッションがありますが、今後、共同作業のケースがどんどん増えていくと思います。先ほど、エリックさんからインドネシアのスタッフが素晴らしいという話もありましたが、インドネシア出身のガリンさんから見ていかがですか?

ヌグロホ:なかなか難しい質問ですね。インドネシアは非常に多くのパラドックスがあり、カオスに溢れている国なので、その中で様々な創造性が生まれるのだと思います。フィリピンも同じかもしれませんが、アーティストはカオティックな環境を受け入れながら生き抜いていかなくてはなりませんし、そのために自分の芸、自分の方法や戦略をスピーディに磨かなくてはなりません。
映画は、舞台演劇や日本の茶道のような伝統儀式のように、異なる得意分野をもつ人が集まって協力し出来上がるもので、その場で起きることが芸術になる「ハプニング・アート」です。参加アーティストが強い個性と芸、科学的知識を持ち、ストーリーテリングを心得ていれば、即興的な方法でより良いものができるはずです。私もいま日本の茶道家と組んで、新しいコラボレーションをやりたいと考えています。また、いまはアプリで海外の人といつでも議論ができるので、ハプニング・アートに新しい対話の意味や観点をもたらしています。さらに、バーチャル・リアリティの力が加わると、これまでの台本式のアートや芸術の枠組みをどう超えていくのかという課題もあります。でも、アジアの多様な文化や秩序と不秩序、豊かさと貧しさといった様々なパラドックスは、アジア圏のアーティストたちに新しい創造性、新しいコラボレーションをもたらし続けると思います。

シンポジウムのガリン・ヌグロホ監督の写真

石坂:非常に興味深い言葉です。では話題を変えて、これまでの経験をふまえ、これから日本で映画を撮るとしたらどんな題材が考えられますか?

クー:いま考えているのは日本の幽霊の話で、ミュージカルのような作品です。また、シンガポールはとても暑く蚊が多いので、メンドーサ監督のように雪にも魅力を感じています。先日、映画祭で成瀬巳喜男監督の『乱れ雲』(1967)を観る機会があったのですが、この素晴らしい作品からもインスピレーションを得ています。

メンドーサ:次にプロデュースする作品は、日本人とフィリピン人ボクシング選手に関する作品で、今作でも日本とフィリピンの接点をしっかりと描いていきたいと考えています。

ヌグロホ:実は先週作り終えたばかりですが、キャストの大半がシンガポール人、衣裳はタイ人、プロデュースはインドネシア人という新たなコラボレーションによるミュージカルです。最近では、多くのアジア圏の監督がプロデュースも手掛けるようになりましたが、これまで国際共同製作の多くは欧州勢によってプロデュースされてきたので、アジア映画の歴史においてこれは興味深いことです。このような新しい動きは支援していくべきですし、映画や拡張映画がストーリーや役者、音楽、舞踊といった様々なアジアの文化的要素の発展を後押ししていくべきでしょう。

石坂:『バンコクナイツ』の空族や斎藤工さん、深田晃司監督など、日本人監督と東南アジアの映画人が共同制作するケースも増えました。国際共同製作は作品にとってマーケットが広がることに繋がりますが、それ以外に、他国と一緒に映画を作る、または異国の地で撮ることのメリットは何だと考えますか?

シンポジウムの石坂健治氏の写真

クー:例えば、タイの映画撮影では現場でスタッフとキャストの食事が調理されますが、それはとてもユニークで、しかも美味しい。その国独自の勝手がありますが、違うものが集まって何かが出来るのはとても面白いです。

メンドーサ:他国の撮影クルーの仕事を見るだけで学ぶことがあります。ほんの一例ですが、日本のクルーと一緒に仕事をして学んだのは、時間の正確さです。一般的にフィリピン人は時間にルーズなので、彼らに合わせることでより生産的になります。しかし、演出面で国の違いは感じません。皆共同作業が好きで、人の話に耳を傾けてくれるので、クリエイティブな雰囲気を現場で作っていくプロセスでは国は関係ないということです。互いの話に耳を傾け、順応し、学び合うことが大事なのです。

ヌグロホ:先日、ヤスから制作について相談を受けたときにも言いました。「同じ日は一日たりともないのだから心配するな。毎日がサスペンスであり、サプライズなのだ」と。ドラマはサスペンスとサプライズが無ければ成り立ちませんし、コラボレーションが素晴らしいのはその両方の要素があることです。私は予想外のドラマに遭遇するのは大好きなので、不安になることはありません。ただその不安からカオスが生まれ、その中から創造が生まれるのも確かです。
他方、Netflixなど映画が世界中どこででも見られるプラットフォームが出来て、作品のローカル色が強く求められるようになりました。インドネシアの役者が出演する作品でも、シンガポールやフィリピンがプロデュースするものであれば、その分複数か国で配信されるので、様々な文化的要素を孕むようになります。2億5千万の人口を有するインドネシアをターゲットにしたHBOアジアやメインストリームの映画では、市場の大きいインドや中国の役者も参加するようになりました。この動きはインディペンデント映画でも活用できることで、俳優たちにとっても新たな観客の獲得の機会になると思います。なので、監督もプロデューサーも俳優も国境を越えて共同作業の機会を求めていかなくてはなりません。これがデジタル時代における多文化に接する機会で、創作の幅を広げ新しい視点をもたらします。アジアの仲間たちは小さい業界でも創造性と才能でもって国境を越えることができるので、この新たな流れでゲリラ的に違う視野が開け、もっと面白くなっていくと思います。