ASIA center | JAPAN FOUNDATION

国際交流基金アジアセンターは国の枠を超えて、
心と心がふれあう文化交流事業を行い、アジアの豊かな未来を創造します。

MENU

オンライン・アジアセンター寺子屋第5回・第6回――いま、アジアの30年を振り返る意味とは

Report / Asia Hundreds

コロナ危機の本質とは

新型コロナウイルスの出現は世界を一変させ、経済、社会、文化に対して甚大な打撃を与えている。感染症の世界的まん延への対応には国境を越えた協力が必要と誰もが感じているにも関わらず、政治面では各国政府間の摩擦、陰謀論や自国優先主義が国際社会に横行しているのが現状だ。危機がもたらした衝撃が巨大であるがゆえに、危機の本質を我々は理解できていないのかもしれない。
コロナ危機の本質とは何か。コロナ危機は、アジアにどのような変化をもたらすのか。第6回の「岐路に立つ民主主義」では、そうした問いをアジアの論客たちにぶつけてみた。
お話をうかがったのは、インドネシアのグナワン・モハマド(劇作家・詩人)、インドのウルワシ・ブターリア(作家、出版者)、日本から小熊英二(慶應義塾大学)、堀場明子(笹川平和財団)の皆さんである。
文学者であると同時にジャーナリストとして激動の現代史に関わってきたグナワンさんは、WHOが発したワクチン・ナショナリズムへの警鐘をひきながら、各国の自国優先主義や保護主義が新型コロナとの戦いの足枷になっている現状を憂慮した。
戦後世界を主導してきた米国はアメリカ優先主義に奔り、その指導力は衰退した。日本や欧州がその隙間を埋められるかは未知数の状況、その間隙をついて中国が存在感を増す国際政治の構図を東南アジアの視点からグナワンさんは語った。民主主義国が世界のモデルとなるような危機対応をできないと、テクノクラートの権威主義的支配が世界に拡がる可能性もある、という。

話をするグナワンさんの写真

インドの女性を勇気づけるフェミニズム系出版社を創立し、市民社会の発展に寄与してきたウルワシさんによれば、世界の民主主義は今、基層から揺らいでいる。民主主義は、政府と国民のあいだの相互依存的な信頼関係を基礎にしている。国家は国民に平和で安定した暮らしを保証し、国民は国家の良心となることが期待されている。ところがその信頼関係が失われてしまった。国民の目からすると、緊急事態への政府の備えの不備が露見し、政府は国民からの批判に過剰反応して、まるで国民を敵視しているようにさえ見える、とウルワシさんはいう。
特に女性たちへの打撃は深刻だ。コロナ危機で避妊具の生産に関わる国際的な商取引が停止したことで、女性の選択権が制限される家父長制度的な社会では無防備な性交渉や性感染症、望まない妊娠が増えて女性の健康に悪影響を及ぼしている。

話をするウルワシさんの写真

斬新な視点で常識を覆す社会分析を展開してきた小熊さんは、コロナ危機は、非正規労働者と自営業という、日本の「二重構造の下の部分」に打撃を与えている、と論じた。2020年8月の労働力調査では、非正規の雇用者数は前年同月から120万人減の2,070万人で、逆に正規雇用者数はIT・介護などで増えて35万人増の3,535万人である。個人事業主/非正規労働者/正社員の順に年収減の見込みが大きい、というデータもある。
世界でも同様の傾向が見られる。「二重構造の下の部分」は、国際的にはインフォーマルセクターと考えられる。このセクターは、グローバル化とともに増大傾向にあったのだが、経済危機によってこの傾向は加速している。グローバル化と経済危機による格差/分断の拡大は、民主政治の機能不全と権威主義を誘発しやすく、コロナ危機は、こうした傾向を加速させているように見える。

コロナ危機によるインフォーマルセクターへの影響を解説した資料画像
話をする小熊さんの写真

アジアの紛争地域での平和構築活動に取り組んできた堀場さんは、他のお三方と同様に、脆弱なグループ、地域、人々がコロナ禍で最も打撃を受けていることを指摘した。アジア各国では近年、徐々に発展してきた民主主義にブレーキをかけ、市民による活動の場、多様な意見を自由に出し合い問題解決の糸口を探る場に制限がかけようという動きがパンデミック以前からあり、平和構築の障害と考えられていた。そこに降ってわいたコロナ危機。パンデミックを口実に、市民の活動を縮小させ抑え込もうという動きが顕著なものとなっているのである。

平和構築への影響をしるした資料画像

パンデミックが始まり、誰もが身のまわりに大きな変化が生じ対応に追われる毎日。自国の政府もメディアも、コロナの対応に追われ他国のニュース、他の課題は後回しになりつつある昨今・・。今までも「報道されない紛争」と呼んでいたが東南アジア各地で起きている紛争は、ますます忘れ去れた存在になりつつあることを、堀場さんはタイ深南部紛争を取り上げて明らかにした。

話をする堀場さんの写真

4人の識者の発言に共通したのは、今回の危機的状況は突然現出したものではない、ということだ。例えば社会的分断はパンデミック発生以前から問題として認識されていた。コロナ危機は、我々が直面してきた問題の深刻さを加速させており、現代世界は先延ばしできない状況に立たされている。

次のページ
危機の先にあるもの