最新作『Memories of My Body』(2018)について
油井:最新作の『Memories of My Body』(2018)はどのような映画ですか?
ガリン:レンゲル*14 やレオッグ*15 の男性ダンサーの話です。レオッグの演目の中ではGemblak(ゲンブラッ)という男性ダンサーがいます。Gemblakは、男性のパートナーをもって初めて良いダンサーになるのです。レンゲルは女装した男性が踊る女形舞踊のことですね。インドのワヤンを見てください。英雄は全て勇ましいです。ジャワの英雄は、アルジュナ*16 にしても柔和で色白ですね。男性が柔和であるそのジャワの文化と精神性に特徴があると思います。あまり知られていない地方に根付くLGBTの伝統に注目しました。本当はたくさんあるのですが、それをフレームに収めている人はいません。LGBTの映画は、中流階級以上の人が主にライフスタイルとして見ています。でもインドネシアの伝統文化の中にLGBTがあるのです。この映画では、LGBTを直接取り上げるのではなく、ひとつの身体の中に混在する男性性(マスキュリン)と女性性(フェミニン)を描いています。
*14 Lengger 中部ジャワのバニュマス地方の伝統舞踊。
*15 Reog 東ジャワの伝統舞踊、獅子舞。
*16 ヒンドゥー教の聖典の1つである叙事詩『マハーバーラタ』に登場する英雄。
油井:インドネシアでは公開されますか? 社会からの検閲が厳しくなっているそうですが。
ガリン:いや、公開されます。『目隠し』のようなアンチNIIの映画でさえ一般上映できたのですから。この映画の制作中に、Densusu88*17 (対テロ特殊部隊)が私の家に乗り込んできました。家の周りの道路は全て封鎖され、Densusu88の隊長がすごい武器を持ってきました。映画の調査のために、NIIの元メンバーにコンタクトを取っていたので、NIIとの関係を疑われたようです。NIIの元メンバーで高い役職にあった人に会い、どのようにアジトを探すかとか、コミュニケーションの方法など調査していました。特殊部隊の彼らも戸惑ったでしょうね。映画監督をなぜ検挙するのかと。(笑)
『Aku Ingin Menciummu Sekali Saja』の時も、「自由パプア運動」の旗を何百枚も使って撮影したので、警察と国軍に詰問されました。ジャカルタでも、国軍本部に呼び出されました。このぐらい普通です。これがリスクです。でも気にしません。実は映画制作中には本当にたくさんの困難があるのです。でもそれを公に語る必要はありません。更に問題が大きくなりますから。
*17 Densus 88 (Detasemen Khusus 88 の略)
2003年のバリ島爆弾テロ事件の後に作られたインドネシア国家警察の対テロ特殊部隊、イスラム過激派への掃討作戦を行っている。
次世代の映画人
油井:次世代の映画人について聞かせてください。長女のカミラ・アンディニさん、モーリー・スリヤさんなどがいます。
ガリン:皆さん、私より素晴らしいです。2017年の第18回東京フィルメックスでは、その2人の女性映画監督が最優秀作品賞をダブル受賞するという快挙を成し遂げました*18 。彼女たちは、男性監督よりはるかに素晴らしい映画を撮っています。2人の若手女性監督が同時に活躍しているのは、インドネシアの映画史上、初めてのことです。世界的にも珍しいのではないですか? これは応援するしかないでしょう。男性監督についてはもっと多様です。私は大学で教えていますし、SETフィルム*19 でも、ワークショップを行っていました。リリ・リザ、ハヌン・ブラマンティヨなどは教え子で、SETで働いた後に映画監督として大成しました。私が立ち上げたジョグジャ・ネットパック・アジア映画祭(JAFF)は、ヨセプ・アンギ・ヌン、イファ・イスファンシャー、イスマイル・バスベスなどが運営していますが、皆、有名な映画監督になっています。
*18 カミラ・アンディニ『見えるもの、見えざるもの』、モーリー・スリヤ『殺人者マルリナ』が最優秀作品賞をダブル受賞、『殺人者マルリナ』はガリン・ヌグロホ原案。
*19 ガリン・ヌグロホの映画プロダクション。
他の活動について
油井:JAFF(ジョグジャ・ネットパック・アジア映画祭)は何年目になりますか?
ガリン:JAFFは13年目になりました。私はもう前面には出ず、若い世代に任せています。
ソロ(スラカルタ)でより多く活動しています。ソロ芸術大学で修士課程の準備をしています。他には、「マダニ・フィルム・フェスティバル」にも委員として関わっています。このフェスティバルはイスラム諸国を対象とした映画祭です。とてもオープンな映画祭で、ラディカリズムを排除しています。インドネシアは世界最大のイスラム国です。イスラムの教義を語るものはあっても、多様な場所に住むイスラム教徒の本当の生活はあまり映画で描かれていません。このフェスティバルではイスラム世界の多様性をテーマにしています。また、「ルアン・クリエイティブ」という舞台芸術家育成プログラムにも関わっています。国内から様々な分野の舞台芸術プロジェクトを募集し、優秀なプロポーザルを出したグループに助成するプログラムです。選ばれたグループにはワークショップなどを行い、最終的にはその作品を一般上演する機会を与えます。
油井:ガリン監督自身も、映画だけでなくアート作品の制作もしています。本当に多忙ですね。
ガリン:アートジョグ*20 に2回出品しました。例えるなら、バリの村の宗教儀式みたいなもので、村の人が全て行います。飾りを作ったり、料理をしたり、踊ったり、祈りを捧げたり、そういう村の伝統儀式を行っているようなものです。今日、祭事のリーダーを任されればそれをするし、料理しろと言われればそれをするし、宗教儀式というのは、創造の神に身を捧げるということですから、とてもシンプルなんです。私のマネージメント方式は、「移動農業」なんです。カリマンタンの農民と同じです。旅をしながら、苗を植えている感じです。いろいろなところに苗を植えて、それが育つと手入れをします。ジャカルタ、ジョグジャカルタ、ソロ、シンガポールなど、あちこちで苗が育っているので、その世話をするのも大変です。近代的なマネージメント・システムではなく、とても原始的です。逆に近代的なマネージメントだとうまくいきません。難しく考えてはダメです。現代人はいろいろ考えすぎです。
*20 ジョグジャカルタで毎年開催される国際アートフェスティバル。
油井:次のプロジェクトは?
ガリン:ヌサ・トゥンガラ*21 の合唱隊のコーラスで、テーマは「プラネット」です。イエスが十字架を背負った道をモティーフにした、犠牲に対する嘆きの歌です。人間は人工物を作り、自然がその人工物に脅かされています。町はアスファルトの道路や建物などに覆われています。自然は生きる場所を探しているのです。風、雨、波などが居場所を探しています。本来は彼らの体の一部だったのですが。
*21 バリ島以東の島々、ロンボク島からティモール島西部まで含む。
油井:テーマは「自然に還る」ということですね? 映画は関係していないのですか?
ガリン:コーラスの背景に映像を流すかもしれません。その他、映画の予定はいくつかあります。日本の俳優を使いたいのですが、いい人いませんか? 総選挙についての映画を作りたいと考えています。また、『サタンジャワ』の展開も考えていて、舞踊劇や展覧会を開催したいと思っています。
コンピューターの世界でも「ジャワ」がよく出てきますね。でもジャワは歴史が古く、世界最古の考古学的な遺産もたくさん残っています。農産物にもジャワコーヒーなどがありますし、テクノロジーから文学、植物に至るまで、「ジャワ」自体が、インスピレーションの源になっています。「ジャワ」にフォーカスしていますが、もちろん他の地域へも行きたいと思っています。
油井:今日は長時間のインタビューにお付き合いくださり、どうもありがとうございました!
【2018年10月27日、御成門にて】
参考作品予告篇:
Chaotic Love Poems
Opera Jawa
Setan Jawa
Memories of My Body
東京国際映画祭 招へい作品
第4回(1991年):一切れのパンの愛 Cinta Dalam Sepotong Roti(Love in a Slice of Bread)
第7回(1994年):天使への手紙 Surat untuk Bidadari(Letter to an Angel)ヤングシネマ1994コンペティションゴールド賞、京都府知事賞/京都市長賞/東京都知事賞
第8回(1995年):そして月も踊る Bulan Tertusuk Ilalang(...and the Moon Dances)
第10回(1997年):草原に吹く風 Savana Song
第11回(1998年):枕の上の葉 Daun di Atas Bantal(Leaf on a Pillow)コンペティション審査員特別賞
第13回(2000年):ある詩人 Puisi Tak Terkuburkan(A Poet)
第18回(2005年):愛と卵について Rindu Kami Padamu(Of Love and Eggs)
第19回(2006年):セランビ Serambi(コンペティション審査員として参加)
第21回(2008年):アンダー・ザ・ツリーDi Bawah Pohon(Under the Tree)
第25回(2012年):スギヤ Soegija、目隠し Mata Tertutup
第28回(2015年):民族の師 チョクロアミノト Guru Bangsa: Tjokroaminoto
第31回(2018年):めくるめく愛の詩 Aach... Aku Jatuh Cinta!*21
*21 『めくるめく愛の詩』は2016年のインドネシア大使館主催による「大阪インドネシア映画祭2016」にて『アッ、恋に落ちてしまった』というタイトルで日本プレミア上映されている。
Filmography
1984年:Gerbong Satu, Dua (Wagon 1, 2)
1989年:Tepuk Tangan
1991年:Cinta Dalam Sepotong Roti (Love in a Slice of Bread)
1991年:Air dan Romi (Water and Romi)
1994年:Surat untuk Bidadari (Letter to an Angel)
1995年:Dongeng Kancil untuk Kemerdekaan (Kancil's Tale of Freedom)
1995年:Bulan Tertusuk Ilalang (...and the Moon Dances)
1998年:My Family, My Films and My Nation
1998年:Daun di Atas Bantal (Leaf on a Pillow)
2000年:Puisi Tak Terkuburkan (A Poet)
2001年:Layar hidup: Tanjung priok/Jakarta (Waterfront)
2002年:Rembulan di Ujung Dahan (TV)
2002年:Aku Ingin Menciummu Sekali Saja (Bird Man Tale)
2004年:Rindu Kami Padamu (Of Love and Eggs)
2006年:Serambi
2006年:Opera Jawa (Requiem from Java)
2008年:Di Bawah Pohon (Under the Tree)、Teak Leaves and The Temple
2009年:Generasi Biru (The Blue Generation)
2012年:Mata Tertutup、Soegija
2013年:Isyarat
2014年:Guru Bangsa: Tjokroaminoto
2015年:Aach... Aku Jatuh Cinta!
2016年:Nyai (A Woman from Java)、Setan Jawa
2018年:Kucumbu Tumbuh Indahku (Memories of My Body)
インタビュアー:油井 理恵子(ゆい りえこ)
インドネシア語通訳・翻訳者。1994年インドネシア大学へ語学留学。帰国後、通訳として、インドネシア人アーティストのアテンド、日イ共同作品などに参加。2008年~12年、2015年~18年、国際交流基金ジャカルタ日本文化センターにて、文化交流事業に従事する傍ら、地元フリーペーパーにインドネシア文化に関する記事を執筆。現在、日本インドネシア協会で会報編集などを担当している。
写真(インタビュー):佐藤 基