タウフィック・ダルウィス――インドネシアの新しい舞台芸術コレクティブ

Interview / Asia Hundreds


ASIA HUNDREDS(アジア・ハンドレッズ)」は、国際交流基金アジアセンターの文化事業に参画するアーティストなどのプロフェッショナルを、インタビューや講演会を通して紹介するシリーズです。 文化・芸術のキーパーソンたちのことばを日英両言語で発信し、アジアの「いま」をアーカイブすることで、アジア域内における文化交流の更なる活性化を目指しています。

ヒエラルキーのないコレクティブ

藤原ちから(以下、藤原):まず、バンドゥン・パフォーミング・アーツ・フォーラム(BPAF)についてお聞きしたいのですが、フォーラムという名前が付いていますね。それで最初はてっきり会議のような集まりかと思ったのですが……これはいわゆる劇団だと捉えていいんでしょうか?

タウフィック・ダルウィス(以下、タウフィック):BPAFは、アーティストによるコレクティブ*1 です。メンバーは舞台芸術系が中心ですが、ビジュアルアーツ系もいますし、いろんなバックグラウンドを持ったアーティストの集まりになっていて、特にジャンルの縛りはありません。いわゆる劇団のようなヒエラルキー形式も取っていないんです。とはいえ、ヒエラルキーは私たちの潜在意識の中にひそんでいます。というのも私たちは舞台芸術の歴史によって形づくられていますが、それは共同体と美学を体現してきた演出家の作家性によって生じるトップダウンの関係性のパターンと共にあったからです。インドネシアには「サンガル」と呼ばれる、舞踊や音楽についての伝統的な劇団形式があります。サンガルにおける関係性はその後レンドラやプトゥ・ウィジャヤなどによるインドネシアの近代演劇にも引き継がれていきました。サンガルとは異なり、BPAFは上下関係のない、平等な、開かれた集団にしています。

*1 近年、様々なアート・コレクティブが各地で生まれている。演出家が中心になりがちな劇団とは異なり、参加するアーティストたちそれぞれが自主性を持ち、旧来型のヒエラルキーを持たないのが特徴。芸術監督やディレクターといった立場を、個人ではなくコレクティブで引き受けるような事例も生まれつつある。

藤原:活動地域はバンドゥンに限られているんですか?

タウフィック:バンドゥンだけにこだわってはいなくて、たまたまバンドゥンにいたからそう名前を付けたんです。私たちにとって最も重要なのは、集まっていろんなイベントを起こしたり、作品を創作したりしていくことなので、地名が付いたのはたまたまです。ジョグジャカルタで公演を行うこともありますし。

藤原:特定の劇場やスペースを所有してはいない?

タウフィック:常に移動し続けているので、特定の場所はないですね。

藤原: なるほど、集まった場所がフォーラムになるということですね……。タウフィックさんは設立メンバーのひとりですよね。

タウフィック:ええ、2016年に立ち上げました。もともとサンガルは、ワヤン・クリやガムランといった伝統芸能の集まりを指していたのですが、近代演劇においても同じ形式が踏襲されてきたんですね。でも、どうして今もその形態を採らなければいけないのか疑問でした。バンドゥンという都市自体、サンガルの伝統的な上下関係がすごく強いんです。その関係に縛られてなかなかアーティストが楽しく交流できる場がない、と感じている人たちが私以外にもいました。そういった人たち同士でもっと自由な空間をつくろう、サンガルとは違うエコシステム*2 をつくろうと考えて、BPAFは始まったんです。

*2 近年、舞台芸術において「サステイナビリティ(持続可能性)」がしばしば議題に挙がっている。特に、公共劇場や公的資金によるサポートが期待しにくいアジア各地においては、アーティストやプロデューサーは、個人や集団の活動をどのように継続させていくかという問題に直面している。ここでは、そのような活動継続のための経済的・精神的な基盤を指してエコシステムと呼んでいるものと思われる。

インタビュー中のタウフィック・ダルウィス氏の写真

藤原:何らかの組織や機関によって運営されているのではなく、アーティストたち自身がイニシアティブを取ってみずから企画を進めているということですね。

タウフィック:確かにコレクティブをつくる人って、傾向としてアーティスト・イニシアティブであるとは思うんですよね。ただ私たちはそれを特に意識したわけではなく、ただ自分たちが創作しやすい場所をつくろうという意図で始めました。サンガルというシステムにこだわらずに、自分たちの心地良い空間を創造していく。それでこのフォーラムができたんです。

藤原:タウフィックさんは、BPAF結成以前には、どこかのサンガルに所属して演劇に携わっていたんですか?

タウフィック:私自身はサンガルには所属したことはなく、フリーランスとして活動してきました。そもそもはバンドゥン芸術大学で舞台芸術を専攻していたんです。俳優、演出、脚本と学んで、舞台美術以外はほとんど経験しましたね。その後、ジョグジャカルタのサナタダルマ大学に進学して修士を取りました。

藤原:修士課程でもやはり舞台芸術を専攻されたんですか?

タウフィック:いえ、宗教文化の専攻でした。といっても宗教の戒律を学ぶのではなく、文化として宗教を捉える学問です。イスラム教だけでなく、あらゆる宗教が対象に含まれます。

インタビュー中の藤原ちから氏の写真

藤原:舞台芸術専攻に進まず、宗教文化を選ばれたのは興味深いですね。国や地域によって宗教との距離感は全然違いますけど、インドネシアでは、宗教が人々の生活にかなり影響を及ぼしていますよね。お酒や食事についてもそうだし、何時に寝て何時に起きて、何時にアザーン(イスラム教における礼拝への呼びかけ)が流れて……といった生活習慣も宗教と密接に結びついているように見えます。そういった宗教と生活・文化の関係に対して、タウフィックさんはどのようなアプローチで入っていったんでしょうか。

タウフィック:修士課程で芸大ではなく総合大学に進んだ理由は、いわゆる芸術としての文化よりも、日々の生活の中に表れてくる文化のほうに興味があったからなんです。とはいえ宗教だけに注力したかったのではなくて、「生活の中に表れる文化」を研究したかったんですよね。いわゆるカルチュラル・スタディーズの一種ですね。実際に私が調査したのは西ジャワ地方の奥地に住んでいるバドゥイ族についてで、その人たちの音楽や舞踊と生活との繋がりをリサーチしました。