『公開法廷』 ジギー・ゼシャゼオフィナザブリスキー/西野恵子 訳

Short Story / アジア文芸プロジェクト”YOMU”(インドネシア)

公開法廷

ここ最近、法廷がとても忙しい。数年に一度は、こんな時期がやってくるものだ。今宵は、紫色の家に住むチャチャの元へ迎えが派遣される。見た目が恐ろしい者を差し向けることはできないので、審問を受ける子どもを迎えに行くのはシリアル箱だ。たった一度だけ、やむを得ず包丁が派遣されたのは、1350年の法廷騒動のときだった。それ以降、人員は増え続け、今や人手不足に悩むことはなくなった。今回の尋常でない忙しさは例外として、今後は凶器グループから迎えを出す必要もないだろう。法廷を開くために、動けるものはすべて動員される。どれだけ忙しくとも、法廷は円滑・公正に行われなければならないのだ。

迎えがやって来たとき、チャチャが怖がることはなかった。シリアル箱は、シリアルの箱を彷彿させるためだ。シリアル箱は、箱の頭が大きく、赤いドレスを着用し、細い手足が生えている。そのかわいらしい見た目のおかげで、お迎えスタッフの中でも一番の人気を誇っていた。シリアル箱が動くと、頭が重すぎて転んでしまいそうだ。だからチャチャは、怖くなかった。むしろシリアルの箱が歩いて迎えに来てくれたのが嬉しかった。チャチャは当然、いろいろと質問した。例えば「何の法廷?」とか、「そもそも法廷って何?」とか、「頭はどこなの?」とか。シリアル箱は言った。「法廷というのは真実が明らかにされる場だから、法廷に行けばわかるよ」と。

ベンジャミンの木の上には、シリアル箱を含めて計5名の評議員が待ち受けていた。木の上では、小枝の先がチクチクするし、葉っぱがくすぐったいというのに、評議員たちは、まるでそこに彼らのお尻をすっぽりと受け止めるクッションがあるかのようにあぐらをかき、輪になって座っていた。法廷は、楽しい場所だ。暑苦しくどんよりとした狭い空間で行われる大人の法廷とは違い、この法廷は、涼しい風が吹く、見晴らしの良い星空の下で行われる。木製の長椅子に尾てい骨が痛むようなこともなく、魔法の溜め桶が優しく撫でてくれるので、お尻も快適だった。法廷とは、いかにもそういう場所だ。法廷は、そこに来る人が愛されているということを感じるために存在している。

チャチャの横には、シリアル箱がいた。シリアル箱は、シリアルと牛乳とその他飲食物が散乱する家の中で、飢え死んだ。そして反対側には、ハイエナの歯がいる。ハイエナの歯は、ある冬の夜、森に置き去りにされた上、ハイエナに食べられた(「でもそれでよかった」とハイエナの歯は言う。「凍死するよりマシだ。僕はみたいな氷にはなりたくない」)。それから、母さんの手がいる。母さんの手は、60年前、母親に絞殺された(「手法で言えば『窒息』というのが正しいのだけど。でも窒息みたいになるくらいなら、この方がマシだ。」窒息の頭には息がない。だから頭がないのだ)。向かい側には、洗面台と小声で話している(洗面台は、どちらも呼吸困難だったので、あまり大きな声では話せないし、多く話すこともできない)。周辺一帯では、きれいに並んだ木々のあちらこちらから、ざわざわとした話し声がかすかに聞こえてくる。「他にも法廷をやっているの」とシリアル箱が言った。シリアル箱は、彼らの言う「巣ごもり」期間の法廷のために、すべての木のてっぺんがすでに予約で埋まっていると説明した。

チャチャの法廷で議長を務めるのは、母さんの手だ。母さんの手の頭は5本の指でできていて、その爪には橙色のマニキュアが塗られていた。母さんの手は、評議員たちの私語を止めるために、視線を送った。評議員たちは素直にそれに従い口を閉じると、それぞれの顔を母さんの手の方へ向けて、姿勢を正して座った。母さんの手は、厳かに手(本物の方)を組んだ。開廷の合図だ。

ハイエナの歯の仕事は、法廷の意義を説明することだった。法廷の始まりはいつだったのかを記憶している者はいないのだが、法廷を始めたのはオオカミの頭を持つ少年であるということは皆が知っていた。「その少年は、法廷には出席していないんだけど、法廷があったらいいかもしれないと最初に考えたんだ。相次ぐ子どもたちの死を、悲しんでいたからね。少年の仕事は、死んだ子どもたちを調査し、どこへ行くべきかを決めること。わかるよね?だって、子どもって、何をすればいいか言われないと、困っちゃうことがよくあるでしょ」

「子どもは井戸に飛び込むべきではないということを誰も教えてくれなかったから井戸へ落ちてしまった頭蓋骨骨折のようにね」誰がどのように死んだのかをよく思い返している母さんの手が口を挟んだ。

「そういうわけで、その少年は、子どもたちがなぜ死亡したのかを見なければならないことになった。仕事だからね。それが彼をたびたび悲しませた。でも子どもの不審死を食い止めることができたなら、不審な理由で死ぬ子どもの手続きをする必要もなくなる。手続きを行うのも、不審な理由で死んだ子どもたちなんだ。僕たちの仕事は、不審死から子どもを守ること。つまり、法廷は、子どもたちを不審死から回避するべきかどうかを決定するためにある。しかし、手遅れになってしまった結果、もし君が不審な理由で死んでしまったとしたら、君は法廷の評議員となり、その頭は不審死の原因を表す姿に変わってしまうというわけさ。なぜかってそれは、君は生きている間、人として見られていなかったからだよ。だから君は死後、人のような姿になることはできない。法廷は、君が死ぬ前に開かれる。君がそのまま生きている方がいいのかどうか、僕たちが知ることができるように。そして君が、僕たちのようにならないようにね。わかるだろう?本来は君の世話をすべき人のせいで死ぬなんて、腹立たしいったらないじゃないか。シリアル箱に訊いてごらん。14日間も食事を与えられずに悲惨な死を迎える前に行くことができていたら、その方が良かったに決まっているはずだ」

シリアル箱は、それに同意した。

行くって何?」チャチャが言う。「どこへ行くの?」

「なにも、首を切るとかそういうことを言っているのではないよ」殺人の手法や要領を研究することを好むハイエナの歯が言った。これまでのところ、ハイエナの歯が一番気に入っているのは、ハイエナの餌食になって死ぬまで、子どもを森の真ん中に置き去りにするという方法だ。「上に行こうって誘われるだけさ。君がさっきシリアル箱に誘われたみたいに」

「以前だったら、あなたの写真が牛乳パックに掲載されていたでしょうね」シリアル箱が回顧する。シリアル箱は、行方不明の子どもが牛乳パックに盛んに印刷されている時代に生きていた。「でも、全員ってわけじゃないのよ。くれぐれも」行方不明の子ども担当部からお叱りを受けたことがあるので、慌ててそう付け加えた。

「こういう時期には、たくさんの子どもが死ぬんだ」母さんの手が言った。「だって、みんな家の中にいなきゃならないだろう?そのせいで、正気を失うことがあるんだ。わかるかい?しかも、君がもし危険な人物と一緒に暮らしているとしたら。家から出られないことで、君の命はさらなる危険に晒されることになる」

ちょうど今みたいな時期に死んだ洗面台は、静かに泣きじゃくっている。当たり前だ、そりゃ面白くないだろう。自分が殺されたときのことを思い出すだなんて。でも仕方がない。毎日恐怖に晒されて、親がイライラしていたら?自分はコレラにかかっていないとしても、友だちがみんなコレラで死んでしまっていたら?親は子どもを洗面台へ引っ張っていき、子どもの頭をそこへ沈めるかもしれない。母さんの手は、洗面台が落ち着くよう、頭の大きな手で、ぽんぽんと撫でた。「そうは言っても、審問を受ける子どもみんなが、暴力による不審死によって法廷に呼ばれるわけではないんだ。ね、?」

「もちろん、僕たちには、法廷で遵守しなければならない『不審死』の定義がある」顔に枕を押し当てられて死んだが言う。の仕事は、条項に沿って、解釈のあれこれを解説することなのだ。法廷では毎回こう言う。「TAP MS 第I/MS/0000号第一条第5項『不審死』とは、直接的または間接的な関与により、故意に、または限られた範囲においては過失により発生した、本来であれば子どもを養育すべき人に起因する子どもの不自然な死のことである。限られた範囲における過失とは、過誤・育児放棄・故意に意識を失った場合・圧力をかけられたことによる直接的または間接的な関与等が含まれるが、これに限らない。より詳細な定義については、法廷案件お楽しみ袋内の第5454/Mgkn.Mt/2021/MS Phn.Brgn号の資料を参照すること」

それから、母さんの手が、「元気か」「殴られたことはないか」といった重要事項についてチャチャに尋ねた。そして、「激しい出血をするまで何度も殴られて出血多量で死んだ血だまりのように、上に昇ってきても、血だまりになるなんて馬鹿げている」と言った。チャチャは殴られたことなどなかったが、血だまりの形をした頭を持つらしい血だまりを見てみたいと思った。

でもチャチャは大丈夫だった。言うことを聞かなければ叱られるけれど、食べ物は与えられているし、変な扱いを受けることもなかった。チャチャの親に起きた変化といえば、会社に行かなくなったということだけだ。これを聞いたは、すすり泣いた。は、父親が出社しなくなった日に枕を押し当てられたのだ。子どもたちが法廷で泣くのは、よくあることだった。だからこそ法廷では、愛されているという感覚を子どもたちに与えることができなくてはならないのだ。

チャチャは話し終えた後、自分は死なないと確信した。そして言った。「放っておかれるだけでは死なないでしょ?殴られたりしたら、そこで初めて死ぬのよ」

確かに粉々頭は、父親に頭部を強く殴られて死んだ。その父親は、壁の内側にあるテレビを盗むために、拳で壁を突き破るという仕事をしていた力の強い人だった。しかし、ただ育児放棄されているだけの子どもたち——注意をされなかったり、遊びに誘ってもらえなかったりする子どもたち——は、死なないかもしれない。そういう子どもは、大人になるまで生き続けてから、やっと死ぬ。そうかもしれない。法廷評議会は、それでもそれは好ましくないと納得するためにしばらくの間うろうろとし、何もできないことを悔やんだ。とはいえ、彼らの任務ははっきりと限定されている。毒入り粥は、任務を再定義して作業範囲を広げるための嘆願書を提出したことがあるのだが、事情がとても複雑で厄介だということで、嘆願を続けるよりも、毒入りのお粥をもう17杯飲み込む方がマシだと感じるに至ったほどだった。

育児放棄案件については、不満はあってもあきらめざるを得ないことをわかっていた。「確かにそうだ」母さんの手が、悶々としながら、橙色のマニュキュアが塗られた頭の親指を掻いて言った。「でも2時にやっと朝食が出てくるという状態が続くのは良くない。大人になったとき、胃の病気になってしまうよ」

「そうは言っても、胃は耐えられるわ」シリアル箱は、すでに失効した自分の身体の成長記録をちらりと覗き見て言った。そこには、5歳で死亡しなければ、一生胃の病を患うことになっただろう、と書かれていた。

「僕が思うに、子どもは耐えられるとしても、本来であれば耐えなくていいってところがポイントだ。なんで食事くらいやらないんだ」ハイエナの歯のように硬い心を持つ、ハイエナの歯が言った。「ハイエナの子が腹を空かせていたせいで、僕が食べ物になった。僕の左手が食料になったんだよ、わかる?そして糞になり、その糞は松の木の肥料になった。その木はこれまでに登った木の中でも一番楽しい法廷の一つだったって、ある評議員が言っていた」

「糞の松」

それから彼らは口論になった。いずれにせよ、法廷とは口論をするための場なのである。他のメンバーは、この時間を休憩にあて、葉っぱの上でごろごろしていた。は、チャチャに、自分の頭の上に横になるよう言った。の枕は、上質なもので、ガチョウの羽毛が詰まっていた。無防備な子どもには羽毛の毛先がチクチクと刺さるので、チャチャは注意しなければならなかったが、とても気持ちが良かった。母さんの手も隣で横になった。洗面台は座ったままでいた。横になると、洗面台の水がこぼれてしまうのだ。

少しして、母さんの手が頭の手を握り、人差し指を立てた。「見て」と言うと、頭の人差し指で空に飛ぶ光を追いかけた。とても近いところを飛んでいく。チャチャには、その光の姿が見えた。パジャマのズボンをはいた短い脚の小さな姿が。頭は血痕の付いた脳に変わっていて、悲しく見えた。「あれは、突き飛ばされて、壁か机にぶつかったんだな。そして、脳出血で死んだんだ。あの子に似たのを見たことがある。名前は脳挫傷だ」

「あの子はムムって名前だよ」チャチャが言った。「サラック通りの」チャチャは、血痕の付いた脳が去っていった方を指さした。「ムムのズボンだもん」

母さんの手は手を開き、体を起こした。「ママかパパが意地悪なの?」

チャチャは頷いた。

「そうか」母さんの手が、先ほどの方向を再び見つめて言った。「そういうことなんだ。今シーズンが始まってからというもの、何千人もがああやって昇っていった。だから僕たちは心配している」そしてチャチャの方に向き直った。「君がああならないように願ってる」

「殴られるようなことはないってば」チャチャが言った。

「それはわからないだろう」

「ない」再び、頑なにそう言った。「おばあちゃんとおじいちゃんがいるもん。殴られるようなことがあったら、おばあちゃんとおじいちゃんが、槍で突いてくれる」

「おぉ!」母さんの手は、頭の手を一生懸命に振った。評議員たちが集まるよう、頭の指で合図を出した。「それなら、家には他の人もいるんだね?君の世話をしてくれる?食事をくれる?」

チャチャは頷いた。「寝坊して部屋から出ていかないと、おばあちゃんかおじいちゃんが部屋まで来て、ご飯を食べようと誘ってくれる。おばあちゃんとおじいちゃんは下の階で、わたしは上」

「そういうことなら、問題ない」母さんの手が言った。「準備されていた資料には、親代わりになる人物のことが書いてなかった。君のことを見てくれる人がいるのなら、死ぬことはないだろう。運が良ければ、君はそれほど精神を病むことなく、大人になってから死ぬことになるだろう!素晴らしいじゃないか。帰りもシリアル箱が送っていくからね。成功を祈る!次は、黄色い家のキキを迎えに行かなければ……。出た、また育児放棄だ。そうだ、チャチャ」

シリアル箱は立ち止まり、チャチャも立ち止まった。生きている間に人として見られなかったがために、死後は人の姿になれなかった母さんの手が、顔のない手の形の頭で微笑んだ。そして尋ねた。

「君は生きているのが楽しいかい?」

チャチャは頷いた。

評議員たちは、満足げに、チャチャが帰るのに賛成した。迷うことなく頷くことができるのは、生きることを心から望む子どもだけだ。シリアル箱は細い手を差し出し、チャチャの手を取った。「行こう」チャチャは、木から一緒にジャンプして降りた。

夜の闇で、その声は、葉がカサカサと動く音のように聞こえる。けれども、人々が眠る頭の上では、法廷が開かれている。今宵は、黄色い家に住むキキに迎えがやってくる番だ。90年前に枕を押し付けられて死んだ子どもが、迎えに行く。