『光 』 M. ナヴィン/深尾淳一 訳

Short Story / アジア文芸プロジェクト”YOMU”(マレーシア)

友だちから借りた青色のドレスでドゥルガーはカメラマンたちにポーズを取った。そのドレスで自分が天使のように見えると彼女自身は思っていた。右に左に体を回すと、そのドレスは傘が開くように開いて、自分を宙に浮かせてくれるように彼女には思えた。

この選挙区では明日補欠選挙がある。今日は、その与党の候補者であるグナー氏が、「ラダン・ドリアン」に住む1年生の女子学生ドゥルガーにコンピューターを無料で贈る式典の日だった。

明日は選挙だということも、そして、ラダン・ドリアンの学校が投票所の一つに選ばれているということもあって、この農園中が騒然としていた。あちこちに天幕が設けられていた。目に入る所すべてが候補者の写真やポスターであふれていた。農園を離れて近くの新しい住区に移り住んでいた人たちの姿も何人か、あちらこちらに見受けられた。ロックダウンが補欠選挙のために緩和されたのを人々はうまく使っていた。

式典の後で、グナー氏は農園の住人と会って、彼らの苦情を聞いていた。自分が選挙に勝利すればすぐに、老朽化したままの農園のマーリアンマン寺院のお色直しを必ず行うことを約束した。さらに今度の寺の大祭にはアンマン女神を乗せて街を練り歩くことができるように、新しい神輿を買ってやるとも口にした。みんな、大きな拍手をした。

コンピューターをもらったドゥルガーは、それからどうすればよいのかわからず、黙って家の客間に行って座っていた。彼女は銀色に輝くそのコンピューターの上蓋をゆっくりと持ち上げた。それは庭でついばむ雄鶏の羽のように繊細に音もなく開いた。そのコンピューターをどうやって起動すればよいのかわからずに、彼女は真っ黒のスクリーンに映る自分の顔の影を見ていた。自分は本当に天使みたいだろうかと彼女には疑いの気持ちが生まれた。彼女には自分の顔に、天使の喜びが少しも見出だせなかった。

2週間前までは彼女にはこんな問題はなかった。新型コロナの感染拡大で学校に行く必要がなくなったことは、彼女には喜びだった。ほとんどの住人がインドネシア人で占められているその農園で、インド系家族は4家族だけだった。そのうち2家族は子どもたちが面倒を見るのをやめた老人家庭で、もう1家族は若い夫婦だった。この農園にいるたった一人の少女がドゥルガーだった。だから、彼女はみんなにとって愛らしい存在であった。農園を飛び回る鳥たちのように、彼女はそこら中どこでも走り回って遊んでいた。一軒一軒でお菓子を食べて楽しんでいた。時にはそこで横になって昼寝さえもしてしまう。この農園で彼女の余暇は陽気に過ぎていった。彼女の楽しみがすべて、その選挙区の議員が突然辞職したことで消え失せてしまうとは、まったく思ってもいなかった。

補欠選挙の演説のためにラダン・ドリアンに来た野党の党首ラージェーンディランは、選挙権者の人数を見て、最初は落胆していた。その農園は町からかなり内陸にあった。だいたい7キロほど赤土の道を走らねばならなかった。彼は自分の新品の白いカムリの車に泥が付くのが耐えられなかった。失望とともにそこを発とうとしていた彼にドゥルガーが目に入り、彼女の教育の現状について彼はごく自然に質問をした。すると、オンライン教育に適した道具を自分は持っていないので、学校で準備している授業に参加できていませんとドゥルガーが言ったので、彼は驚いてしまった。

翌日には、「与党治世下での一人の少女の窮状」というタイトルでタミル語新聞3紙に大見出しが出た。その次の日には、全てのメディアの関心がラダン・ドリアンに向いた。ソーシャルメディアでは、何人かが動画を流して与党を批判した。続いて、野党の候補者が最新の「サムソン」の携帯1台をドゥルガーにプレゼントした様子がソーシャルメディアで広まった。携帯を渡す式典はラダン・ドリアンの隣町の集会場で行なわれた。バナナの木の門構えが作られ、式場は飾りつけられた。ラージェーンディランは、白の民俗衣装でやって来た。「私が補欠選挙で勝利したなら、すべての子どものこのような学習上の問題を解消する。」と約束をして帰っていった。その時もドゥルガーは青色のドレスを着ていた。それは、彼女の父親が急場しのぎに、街に住んでいた彼女の友だちのプレーマーから借りたドレスだった。テレビでそのドレスが映るからという説得の言葉を信じて、プレーマーはそのドレスを貸してくれたのだった。

携帯を贈る式典に参加した校長先生は、彼女にどのようにオンライン授業に参加すればよいかを詳しく説明をした。いつも緩んだ体で苦々しい顔でいる彼は、テレビでは優しそうな表情で精力的に説明を述べていた。ドゥルガーも、自分のグーグルID、パスワードなどすべてを書き留めた。携帯で先生たちや友だちを見られるのは、彼女にとってとてもわくわくすることだった。その青いドレスを着た自分を見たら、みんなはどう言うだろうと思うと、心が喜びであふれた。彼女は、父親が持っていたボタンを押す携帯電話とは違って、その画面を指で微妙に動かすことができるとわかって驚いた。農園にある小川の水に浮かんでいる虫たちのように、自分の指がそのタッチスクリーンを動くのを感じていた。携帯を持って農園に戻ってきたとき、彼女は新しい問題に直面した。

翌日も「野党の欺瞞」という見出しでもう一度ドゥルガーがトップニュースになった。インターネット環境もない農園に携帯電話だけを贈って、自らをただで宣伝しようとしたと、与党の候補者グナー氏は野党を批判していた。新聞は、野党の候補者ラージェーンディランの強面の写真を一面で公開した。グナー氏の党での影響力は多くの人が知っている。将来彼が通信省の大臣になる可能性があるということで、ある通信会社がその農園にネットワークの設備をすぐに準備してくれた。国内のタミル詩人たちはその会社もドゥルガーのことも称賛して伝統的な詩をいろいろと詠んだが、それはどちらの側にも理解できなかった。

20人以下の生徒しか学んでいないラダン・ドリアンの学校には、何年も請願をしていたのにインターネットの設備は付けられなかった。ドゥルガーのおかげでその問題がたった1日で解決した後、先生たちはみんな、彼女の携帯に電話をして感謝の言葉を述べた。これからは学校のすべての行事が簡単で迅速に進むと、喜びの涙を流した。彼女にお祝いを言いに来た友だちは、青色のドレスを忘れずに持って帰った。自分が携帯の画面に天使のように映らなかったことで、ドゥルガーは心配になった。しかし翌日からドゥルガーの困難はさらに増えていった。

ドゥルガーの農園の家には二部屋あった。その小さな家には、彼女の両親、叔父叔母たちの7人が住んでいた。彼女の父親は農園でアブラヤシの木を運ぶトラクターを運転するので、その家を無料でもらうことができた。最初は7人が住むことを騒ぎ立てた経営側も、こんな内地にある農園でトラクターを運転してくれる新しい人も見つからないということで、仕方なく我慢していた。しかし、教師たちにはそれが大きな問題に変わった。

授業を行うときに毎回、ドゥルガーの家で起こるわめき声で、教師たちは授業をするのが困難になっていた。新型コロナの問題で多くの会社で解雇が進んでいたために、ドゥルガーの叔父さんたちも失業したままだった。他にすることもなかったので、安価で手に入れたお酒を飲んでそれぞれの妻と時々喧嘩をしていた。汚い言葉が容赦なく家中を飛び交っていた。その言葉が我慢できず、先生たちは、携帯についているマイクをオフにしておくように彼女に命じた。そのために先生の質問に彼女は答えられなくなってしまった。授業を聞くだけで十分と、先生たちは命じていた。彼女は一度もマイクをオンにすることも自分の意見を言うことも許されなかった。

その学校で仕事をしている二人の若い女の先生には、別の種類の問題が生じていた。その先生たちの授業の時間になると、ドゥルガーの叔父さんたちはドゥルガーの近くに座って先生を見てニヤニヤしていた。時には自分の腕の筋肉を見せたり、濃い口ひげを見せたりしていた。失業のために落ち込んでいた彼らは、急に気持ちも新鮮にひげを剃り整えた。香水を付けて自分の近くに座って授業を聞いていることが、ドゥルガーには迷惑だったろう。香水の匂いはネットの向こうに伝わらないと言いたいところを口を出さず我慢しているようだった。先生たちも辛抱強く話してみたが、二人とも話を聞きそうになかった。そのため、ドゥルガーはカメラもオフにしたままで授業を聞くように命じられてしまった。

カメラをオンにしなくて良いことは、彼女にとっても嬉しいことだった。友だちのように彼女はきれいな新しい服を持っていなかった。カメラをオフにするのは、彼女にとっては都合の良いことだった。ドゥルガーはみんなの顔を注視したまま、長い間静かに携帯をじっと見ることに慣れた。時には眠くなっても、彼女の目は画面から離れることはなかった。友だちの顔や彼女たちの服を見るのは限りない幸せだった。

選挙まであと1週間となったとき、野党の候補者のラージェーンディランは再び農園にやって来た。額にたっぷり聖灰をつけて輝かしかった。彼が来ることは前もって知らされていたので、ドゥルガーの母親は家の門先にきれいに模様を描いておいた。今回は、自分に降りかかった汚名を雪ぐことが彼の目的だった。自分の車から小さなテレビを一つ降ろすと、自分の目の前でそのテレビを設置して使えるようにしろと業者に命じていた。仕事は早く進んだ。自分の家に衛星放送アストロのアンテナが付けられるのを、ドゥルガーの家族は喜んで見ていた。これからはタミル語の連続ドラマが見られると彼女の叔母さんたちも喜んでいた。

自分の過ちに許しを請うたラージェーンディランは、「これからはテレビの教育番組でドゥルガーは問題なく教育を受け続けられる。」と周りを囲んでいた地方記者たちに語っていた。ドゥルガーがテレビの前に座って、教育チャンネル「ディディクTV」で放送する授業を身をかがめて見ているような写真を、記者たちが撮っていた。その時も、彼女は青色のドレスを着ていた。党のボランティアたちもその様子を写真に撮ってソーシャルメディアで広めた。そのテレビは、アストロのアンテナが教育放送だけに合わせてあったので、他のチャンネルが映らなかったことに叔母たちはがっかりした。ドゥルガーが良い点を取ったら、自分の費用で全部のチャンネルを見られるよう準備してあげようとラージェーンディランが約束すると、彼女は困ってしまった。

次の日からドゥルガーの遊びの時間は短くなってしまった。政府のチャンネルで2時間、民間チャンネルで4時間、毎日授業を聞くよう、叔母たちに強制された。学校のある日には時間割通りにすべての授業にも出席した。1日に12時間、彼女の目は光を受け入れている状態だった。その結果、3日で彼女の目はひどく痛み始めた。目からは休みなく涙がこぼれた。痛みがずっとあった。町にある政府の病院に検査に行ったとき、医者を含めてみんなが彼女のことに気が付いた。1メートルのソーシャルディスタンスを忘れて、みんながなぐさめてくれた。自分が有名になりすぎたんだと彼女はその時わかった。ドゥルガーの目には携帯電話もテレビも良くないとまたニュースが広まり、それが新聞にも載った。

一人の子どもの目を駄目にした理由が野党の候補者だったことを、与党の候補者は批判するとともに、自分がこれに解決法を見つけるとインタビューに答えた。その結果として、今日彼女はコンピューターを贈られたのだ。それは最新のコンピューターで、目に影響のあるブルーライトを取り除いた光が目に届くと、大きな拍手の中で発表された。

外では大きな拍手の音が今も聞こえ続けていた。ドゥルガーは起動していないコンピューターに映る自分の影の形を長い間見つめていた。そのコンピューターが、青い色を取り除くということが彼女には驚きだった。

彼女はその日、友だちから青いドレスを借りた。これで4度目だ。このコンピューターが、今着ている青いドレスの色も取り除くのかなあと考えて、彼女は混乱した。青を失ったドレスの方が天使のような姿に見えるだろうかと戸惑った。自分が着ている青い色の服が、起動していないコンピューターのまっ黒なスクリーンに色あせて見えるのを見て、彼女は失望と嫌悪を感じていた。


M. ナヴィン氏が作品の冒頭をタミル語で朗読しています(2分13秒~)。お楽しみください。