黄金の国:パナイ島スギダヌン叙事詩の継承

Report / アジア文芸プロジェクト”YOMU”(フィリピン)

3.「黄金の国:パナイ島スギダヌン叙事詩の継承」プロジェクトとは?

プロジェクト名「黄金の王国:パナイ島スギダヌン叙事詩の継承」
主催:国際交流基金マニラ日本文化センター、ThriveArtプロジェクツ

スギダヌンとは、フィリピンのパナイ島の内陸山地に住む先住民族、パナイ・ブキドノン族の民族叙事詩です。先住民族の文化や世界観、そしてコミュニティを豊かに表現する口承文芸であり、フィリピン中央部のビサヤ諸島の言語のひとつ、キナライア語で語られます。
現存するスギダヌンの詠唱者たちの系譜は、スペイン統治以前にパナイ島に住んでいたビサヤ人にまで遡ると考えられています。詠唱者のほとんどはビヌコット(Binokot)と呼ばれる美しさと優れた能力で選ばれた巫女たちで、踊りや織物、音楽、叙事詩の詠唱などの訓練を受けていました。ビヌコットの風習の影響を受け、スギダヌンの主要な登場人物の多くは女性です。
スギダヌンは祖母や母親たちが子どもを寝かしつけるときの物語や子守唄として、また、夜の焚き火を囲む場や集会で楽しまれる娯楽の一つとして、代々受け継がれてきました。豊かな伝統を持つスギダヌンですが、現在は消滅の危機に瀕しています。詠唱者の高齢化が進むとともに若い世代への継承に苦労しており、さらに先住民族とその慣習は、都市化やグローバル化だけでなく、土地の奪い合いや権利の侵害によっても危険にさらされています。

フィリピンでは、文字による文学よりも、口承文学の方がはるかに長い歴史を持っています。一方で、英語や近代的な表現のフィリピン文学以外の言語や形式による文学・芸術の多くは過小評価されています。ビサヤ文学は、スペインがフィリピンを植民地化する以前からの豊かで長い伝統を有していますが、フィリピン全体のビサヤ文学に対する関心や社会的な認知度は、特にフィリピノ語、タガログ語、英語で書かれた文学に比べると、まだ高いとはいえません。

スギダヌンのこうした現状を受け、国際交流基金マニラ日本文化センターとThriveArtプロジェクツは、漫画というツールを通じたスギダヌンの継承の取り組みとして本プロジェクトを始動させました。
現在フィリピンでは、地元の民間伝承や伝説に新たな関心が寄せられており、現代文学や演劇、映像化も行われています。さらに、フィリピン国内や海外の神話へ高い関心を持つ若い世代は、文学、コミック、映画などのマスメディアを通して神話を味わうようになっています。特に漫画はフィリピンの都市部で人気のあるツールであり、Komiksと呼ばれる長い伝統を持つ漫画や、連続する絵をもとにした物語の形式がもともと文芸のジャンルとして存在していたことに由来し、その人気は1930年代にまでさかのぼるといわれています。現在もアーティストが全国版の新聞に連載をしたり、コミックコンベンションで同人誌を販売したりとKomiksは大変盛んです。

スギダヌンの消滅の危機が迫っている今、継承のサイクルを継続していくことが喫緊の課題となっています。テクノロジーとエンターテインメントといったツールは、現代の読者の心に響く形で保存を行ったり、語り継いだりするための将来性を有しています。本プロジェクトでは、漫画制作やウェビナー・シリーズを通して、文学、人類学、歴史、民俗学、人文科学、芸術など、様々な観点からスギダヌンにアプローチしてきました。本プロジェクトを通じ、スギダヌンのへ関心を高め、日本の人々にも知っていただくととも、アジアの民間伝承を議論する場を提供する機会となればと考えています。