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やってみたから、見えてきた。
一歩踏み出した先に広がる世界

―日本語パートナーズ・アンバサダー森崎ウィンさんが語る、夢を行動に変える力

ミャンマー出身で、現在は、俳優、歌手、アーティストとして世界を舞台に活躍する森崎ウィンさん。インタビュー前編では、異なる世界との出会いからどのような影響を与え、そこにどのような価値を見出していったのかを語っていただきました。後編のテーマは、「挑戦」。森崎さん自身が続けてきたチャレンジについて語っていただき、一歩踏み出そうとする人へのエールをいただきました。

目標が定まらず思い悩んだ青春期。
現場で経験を積むなかで見えた光

10歳のときにミャンマーから来日した森崎さん。14歳のときにスカウトされ、芸能界に入りました。デビュー後は、俳優やダンスボーカルユニットのメインボーカルとして活動。2018年には、スティーヴン・スピルバーグ監督のハリウッド映画『レディ・プレイヤー1』の主要キャストに抜擢され、一躍注目を集めるようになりました。その後は、ミュージカルやドラマに多数出演し、2020年にはソロアーティストとしてメジャーデビュー。ミャンマーの観光大使を務めるほか、アメリカやアジア各国でライブを開催するなど、現在は国内外で広く活躍しています。幅広いジャンルに挑戦し、多彩な才能を発揮してきた森崎さんですが、「なりたい像がぼんやりしている時期が長かった」と振り返ります。

「芸能の世界で活躍したい、芝居をしたいという漠然とした思いはあるものの、具体的な目標やこうなりたいというビジョンがなく、自分は何がしたくてこの世界に入ったんだろう……と悶々としていた時期があって。当時は趣味も特になく、熱く語れるものがありませんでした。だから、職人というかオタクというか、好きなことをとことん突き詰めている人たちに対してものすごく憧れがあったんです。自分ものめり込める何か見つけたい、と思っていました」

そんな森崎さんが「なりたい自分」を見つけたのは、仕事を通してでした。

「いろんな現場を経験させてもらうなかで、あ、自分ってこれが好きなんだ、こういうふうにやりたいんだ、というのが少しずつ見えてきたんです。周囲からの影響も大きかったですね。例えば、レディプレの撮影現場には、超一流のハリウッド俳優がいるわけです。カメラのレンズの種類に合わせて芝居の画角をミリ単位で調整する姿を目の当たりにして、突き詰めてる人ってすごいなと……。演じることの真髄に触れるなかで、自分もあんなふうになりたいという思いが芽生えていきました」

小さな踏み出しから拓けた未来。
支えてくれる周囲への感謝を忘れずに

数々の作品に出演するなかで新たに湧き上がってきたのが、「自分が演じる作品を自分でプロデュースしたい」という思いでした。「まずはやってみよう」と一歩踏み出した先に、思わぬ展開が待ち受けていました。

「プロデューサーとして作品をゼロから生み出したいと思うようになったんです。じゃあまずはやってみようと、独学で動画の撮影・編集を学んで、実際に動画を作るようになりました。森崎ウィンと名乗らずYouTubeでこっそり発信しつつ、いつか映像作品を作りたいんだと周囲の人に話していたら、WOWOWに知り合いがいるという方がつないでくださって。WOWOWからショートフィルム制作の機会をいただき、僕が監督を務め、出演もした『せん』が生まれました」

『せん』は、戦争の記憶とミュージカルを掛け合わせた短編映画として高く評価され、アジア最大の国際短編映画祭「ショートショートフィルムフェスティバル&アジア2024」にてグランプリである「ジョージ・ルーカス アワード」を受賞。「挑戦して夢が叶ったのは、周囲のおかげ」と言います。

「自分でストーリーを考えて、絵コンテを描いて、撮影して、編集して……という作業をやるのは、めちゃくちゃ楽しかったけど、めちゃくちゃ大変で。あらためて普段一緒に作品づくりをしている監督やカメラマン、編集スタッフの皆さんはすごいことをやっているんだと、尊敬と感謝の気持ちでいっぱいになりました。『せん』が素晴らしい作品になり評価していただけたのも、携わってくださった方々のおかげ。僕がやりたいことを口にしていたら叶ったのも、それを聞いてつないでくださった方々がいたから。挑戦するチャンスをいただけることも含めて、自分を助けてくれる方々への感謝の気持ちを忘れないようにしています」

やってみた結果がダメでも、
それは次の出会いにつながる発見

その後は、CMの動画制作などクリエイターとしての仕事も舞い込み、忙しい日々を送る森崎さん。「みんなで一つの作品を作り上げることにワクワクしている」と目を輝かせます。

「今は、ただただ好きで楽しいから、やっています。心の底からやりたいと思えること、どれだけでも語れる好きなことがなかった時期を経験しているぶん、のめり込めるものが見つかった喜びやそこにかけられるエネルギーが大きいのかもしれません。今は、でっかいことをやりたい、エンターテイメントで世界を変えたい。本気でそう思っています」

一方、自身の経験を踏まえて、一歩踏み出すのを躊躇してしまう人にもエールを贈る。

「まだやりたいことが見つかっていない人のモヤモヤする気持ち、僕はすごくわかります。でも、少しでもやってみたいという気持ちがあるなら、考えすぎずに踏み出してみてほしい。失敗したら恥ずかしいなとか、思ったのと違ったら嫌だなとか、ついあれこれと考えてしまいますよね。でも、やってみた結果、自分には合わないと思ったとしたら、それは一つの新しい発見です。世界がちょっと広がるし、自分に合ったものと出会える確率が上がるわけです。僕自身もそう思って、小さなことでも迷ったらやってみることを大事にしています」

世界を舞台に活躍することで、
ミャンマーへの恩返しがしたい

2025年、森崎さんは日本国籍の取得という大きな決断をし、活躍の場を広げるために新たな一歩を踏み出しました。

「ミャンマーでは不安定な社会情勢が続いていて、ミャンマー国籍のパスポートでは、海外で活動するうえでどうしても制限があるんです。世界を舞台に活躍したいという自分の夢を叶えるため、応援してくれているファンの皆さんの期待に応えるために、悩んだ末に日本国籍を取得するという決断をしました。日本人として自覚と誇りをもって生きていくのは当然ですが、だからといって自分が生まれ育ったミャンマーへの気持ちが消えるわけではないし、消すつもりもありません。自分が活躍することで、ミャンマーのことを世界中の人に知ってもらい、ミャンマーへの恩返しができたらと思っています」

そして今年、「日本語パートナーズ」のアンバサダーに就任した森崎さん。生まれ育ったミャンマーには、現在の情勢をふまえ近年は日本語パートナーズが派遣されていないことに胸を痛めつつ、「いつか日本語パートナーズの活躍する現場に行ってみたい」と意気込みます。

「見たことのない景色を見てみたいし、知らない文化や言葉にも触れてみたいし、いろんな人と出会って話がしてみたい。僕に何ができるかわからないけれど、恵まれない子どもたちの支援などに携わりたいと思っています。アンバサダーとして、日本語パートナーズの活動を応援し、より多くの人に知ってもらうために発信をしていきたいです」

 

インタビュー(前編)はこちら

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