「ASIA HUNDREDS(アジア・ハンドレッズ)」は、国際交流基金アジアセンターの文化事業に参画するアーティストなどのプロフェッショナルを、インタビューや講演会を通して紹介するシリーズです。 文化・芸術のキーパーソンたちのことばを日英両言語で発信し、アジアの「いま」をアーカイブすることで、アジア域内における文化交流の更なる活性化を目指しています。
古典舞踊と身体
――『Nijinsky Siam』、『Black & White』、『Tam Kai』と、一作ごとに目覚ましく変化していますね。どんな風に作品がつくられていくのでしょうか?
ピチェ・クランチェン(以下、ピチェ):どの作品もテクニックが毎回毎回、継続的に進化しています。とくにカンパニーのダンサーのテクニックと肉体ですね。一作品に最低2~3年はかけていて、まずアイディア、つまりどういう内容とテーマにするかを最初に決めます。その後、1年目はリサーチに費やします。まずは専門家から情報をもらい、そして本を読んだり、必要な知識を持っている人に会って話を聞いたり。リサーチをしながら、ダンサーたちとも、こういう作品をつくろうという話をずっとしています。作品づくりに一緒についてきているので、ダンサー自身もいろいろな情報を自分自身で探すことになるわけです。リサーチが済むと、その後6カ月はスタジオにこもり、ダンスの形態や方向を考えます。そして次の6カ月で上演の形態を考えていきます。
――作品に関わる情報収集と、ダンサーとの共同作業はどのようにリンクしていますか?
ピチェ:ダンサーの身体を形づくる要素として、思考や知識というものがありますね。これらが身体の言語へと落とし込まれていきます。しかしそこでダンサーにありがちな問題は、自分がやっている内容を理解できていない、歴史を知らないということ。するとただの形だけになってしまいます。私たちのカンパニーがやることは伝統舞踊の踊り手にとってはとても新しいことなのですが、ダンサーが訓練されてきた身体の記憶から抜け切れないと、固まってしまうわけですね。つまりリサーチした新しい情報を入れるということは、新しい記憶を形成することを意味するのです。たとえば『Black & White』の場合、外部の人には、すごく伝統的なタイ舞踊の振付に見えると思いますが、実際は新しくつくった振付です。だからダンサーには新しい記憶が必要になるのです。
ピチェ:『Tam Kai』は、古典舞踊のテクニックをすべて捨ててしまった作品なので、ダンサーのトレーニングに2年かかりました。みんなが古典舞踊のダンサーだったため、すぐにはできませんでした。リサーチを丁寧に行い、スタジオでのトレーニングにも力を入れ、最終的に作品ができあがります。
――2014年に京都造形芸術大学の「ダンスゼミ&ラボ」で行ったワークショップでは、タイ古典舞踊(コーン)の語彙を使わず、むしろ日常動作に興味があると話していましたね。あれにはとても驚かされましたし、実際に『Tam Kai』ではコーンのイディオムを使っていません。古典舞踊の言語からもっと広い表現の領域に向かって、どのようにシフトをしてきているのでしょうか?
ピチェ:方法はいろいろあります。いきなり新しい身体の記憶に移行することもできるし、古い記憶から移行することもできます。私のカンパニーでは、古い言語から新しい言語がいきなり生まれますね。「発展させる」といった方がいいかもしれません。新しい身体言語をつくるのではなく、古い身体言語を発展させて新しい身体言語にする。コーンの踊り手は普通、トサカン(鬼)やハヌマーン(猿)といった一定のキャラクターを演じています。トサカンやハヌマーンの考え方や感情で演じますから、個人の考えや感情は入っていません。動きの意味も『ラーマキエン』*1 に書かれている通りです。しかし『Black & White』はこのようなやり方ではなく、ダンサーたちが自分自身を演じています。これはコーンの踊り手にとっては大問題で、一言でいえば「間違ったこと」なんです。身体の動きの言語も、元の意味から変えてしまっています。大まかな動き自体はそのままなのですが、意味やニュアンスを変えたりしています。こういうやり方を見たら、タイの芸術局の人などは激怒します。踊り手の心と精神を自由にするというのは、伝統の枠のなかでは禁じられていることなんです。外国人から見れば、表面的には何も変わらないように見えるでしょうが…。
*1 インドの古典叙事詩『ラーマーヤナ』のタイ版。トサカンやハヌマーンはその主要な登場人物。
――古典的なテクニックを捨ててしまったという『Tam Kai』でも、依然として古典舞踊の土台はいきているのでしょうか?
ピチェ:いえ、すべてが古典舞踊からきているんですよ。私がつくったダイアグラムをお見せしましょう。(身体の各部位が動く線とエネルギーの流れを模式化したコンピューター・グラフィックスを動かしてみせながら)
写真:山本尚明
ピチェ:これがタイ古典舞踊で使われる形です。これらは伝統的な動きの線です。あらゆる所作が含まれており、それを総合すると円、曲線になってくるわけです。この曲線にパワーが潜んでいます。さらにこうして人間の姿を抜いて曲線だけを取り出してみると――ある力の動きの方向が見えるようになりますよね。
――以前、紙に図で表した「テーパノン」*2 を見せてもらったことがありますが、あれがここまで進化したわけですね!
*2 タイ古典舞踊の基本の姿勢。ピチェはこれを図解した短いテキストをタイ語と英語で書いている。
ピチェ:そうです。これが古典舞踊から「発展」させてつくった動きで、『Tam Kai』に使ったのもこれなんです。ある動きと別の動きの間のつながりが見えるはずです。空間に点を打ち、動き、打ち、動く、という風に、エネルギーをいろいろな点に打ち込んでは、それらの間につながりをつける。そのつながっている力をちゃんと身体にいかしている。伝統的な動きではないけれども、力の使い方は同じです。
――人間の身体の可動域を抽象的なメカニズムに作り替え、そこからいろいろな動きをつくり出せるようなシステムを構築したルドルフ・ラバン*3 を連想しますね。しかし古典舞踊からきた動きが日常動作とつながってくるのですか。
*3 20世紀前半に活躍した振付家、舞踊理論家。ドイツのモダンダンスの立役者。
ピチェ:つながってくるんです。『Black & White』では、ダンサーの考えや精神が解放されているとはいえ、振付そのものは私の指示です。しかし『Tam Kai』ではダンサーたちが自分で振付を考え、自分で踊ります。つまりカンパニーのダンサーは身体も自由、考えも自由、精神も自由。それが民主主義的な社会とリンクするわけです。もしくは現代性(コンテンポラリー)とリンクする、といってもいいかもしれません。
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