パフォーマンスの美しさ:歴史=物語への完全な没入
チュン:またパフォーマンスは、二次元の作品とは対照的に、とても没入的な体験です。あらゆる感覚器官をもちいて歴史=物語へと潜り込むということ、そのままでは無意識の影に隠れたままであったかもしれない記憶を呼び起こすということなのです。これこそが、視覚芸術だけでは至ることのできないパフォーマンスの美しさだと思います。
佐野:パフォーマンスならもう少し実験できるとお考えですか?
チュン:ある意味では。例えば《chronicles of a soundless dream》では、日本人のダンサーをひとり採用したのですが、彼には「米騒動」に関するあらゆるデータを読み上げるという役割を担ってもらいました。
佐野:「恩賜米」や「二食主義」のようなキータームのことですね?
チュン:そうです。彼には他にも、この騒動に関与した都市の名前や、都市ごとの暴動件数、騒動に関わった人々の種類について読み上げてもらいました。
佐野:たんなる視覚的体験以上のものになるということですね。
チュン:とりわけパフォーマンスは、人々の感情や記憶に入り込むという点で優れていると思います。私は《chronicles of a soundless dream》をどうしてもベトナムで上演したかったのです。日本の歴史について語ったものですが、同じような食料飢饉の時期を(経済的貧困や政治状況の激化とともに)生き抜いたベトナムの観客たちはわかっていました――彼らはベトナムが戦後に「経済援助」を受けていた時期に私がそれとなく言及していることを理解していたのです。またこの時期を象徴する物であるレンガをパフォーマンスの主要な小道具として使ったりもしました。
佐野:レンガは[配給の]列に並ぶ時にベトナムで使われたんですよね。
ティファニー・チュン《chronicles of a soundless dream》(スティル)(2011)、シングル・チャンネル・ビデオ、35分
チュン:そのとおり。ベトナムの観客にとってレンガは、集団的記憶を呼び覚ますものです。パフォーマンスに登場するあらゆる断片的要素によって観客はフラッシュバックを引き起こし、舞台の上で起こっていることが、自分たちにとって馴染み深いものであることに気づくのです。時に暴力的なまでに激しい振り付けによって緊張が高まるにつれ、観客が息もつけない程になることもありました。
佐野:釘付けにするということですね。
チュン:まさに。35分間のパフォーマンスが終わった後、すこしのあいだ静寂が訪れたことを覚えています。それはまるで息を呑んだ観客が、拍手の前に静かに息を吐いているような静寂でした。それは緊張の高まりとその静かな解放だったのです。
パネル・ディスカッション:再浮上する問題、名乗り出る政策立案者たち
佐野:今後期待できるような新しいパフォーマンスはありますか?
チュン:そうですね。もっとしたいと思っているのですが、再開するちょうどいいタイミングが見つからないんです。ですが、ひとつ計画中のものがあって、それはパネル・ディスカッションを開催するというものです。視覚芸術には限界や制約がありますが、私のリサーチや発見をもっと広く、よく知ってもらいたいんです。ですからパネル・ディスカッションを開催しようと計画しているのです。パネル・ディスカッションに招かれたことは沢山ありますが、今回はそれを自分の活動の一部として開催しようとしています。
佐野:あなたがパネル・ディスカッションを? 俳優を使ってですか、それとも……?
チュン:いいえ、ベトナム難民時代の過去の要人たちを呼び戻そうと考えています。つまり政策立案者や人権弁護士といった人々ですね。
佐野:どうやって彼らを見つけ出したのですか?
チュン:実は、彼らが私を見つけ出したんですよ。「アート・バーゼル香港2016」で開催された展覧会「the unwanted population, The Vietnam Exodus―Hong Kong chapter, part 1: flotsam and jetsam (1975–2000)」*5 で、私のリサーチが形を得たことによって、沢山の人々が再浮上してきました。そこには人権弁護士やNPOの職員、ボランティア、そして政策立案者までもが含まれます。ひとりの方がやってきて、私の作品についてこう言いました。「私は1982年に閉鎖された香港の難民キャンプ政策の草案に関わった者です。あなたが作品内で論じている政策のひとつです」と。そのような過去の亡霊たちが前触れもなくあらわれたことはまさに驚きです。
*5 香港のベトナム難民コミュニティについて扱った新作のインスタレーションである《The Vietnam Exodus project》の第1章は、この展覧会において初めて国際的に披露された。
佐野:それは一般の観客にとってまったく異なる入口といえますね。
チュン:確かに。香港におけるベトナム難民の事件に取り組んでいた人権弁護士の話によれば、彼らは如何にして現在の状況を改善するか議論するために、この歴史が再浮上してくるのをずっと待っていたというのです。そこで今、私はふたつのパネルの実現に向けて取り組んでいます。ひとつは難民の保護政策に関するパネルで、そうした弁護士たちや、かつてのベトナム難民に登壇してもらい、現役で活動しているいくつかの難民団体との対話を通じて、彼らの体験や関連する難民保護政策について詳しく論じてもらおうというものです。そしてもうひとつのパネルでは、「危機の時代の芸術」について深く考えることを目標としています。
佐野:あなたの活動はもはやアート・ワールドの枠内には収まりそうにありませんね(笑)。
チュン:そうかもしれませんね。
想像力を養い、内部から抗う
佐野:あなたが教室で子どもたちに教えている映像を見たのですが、これはどこでしょうか?
チュン:デンマークで難民の生徒たちのためにおこなった地図製作のワークショップ ※英のみ です――これはルイジアナ近代美術館とデンマーク赤十字学校のコラボレーションによって開催されました。実際私は、ルイジアナ近代美術館やウィーンで難民の若者たちのために、この《Travelling with Art program》※英のみ を続けるべく、ヨーロッパへと戻ろうとしているところです。
佐野:そのような時間をどうやって捻出しているんですか?!
チュン:優先順位をつけるんです(笑)。たんに難民の生徒たちを教えるだけではなく、ベトナムの若手アーティストたちの指導もおこなっています。そのうちの何人かに依頼して、私がUNHCRアーカイヴで入手した記録写真や、かつて難民だった人々が持っていた個人的な写真を絵画に置き換える仕事をやってもらっています。それらの絵画は《flotsam and jetsam》(2015-2016)というインスタレーションになりました。もちろん制作者の名前は全員明記してあります。
チュン:というわけで彼らにはぜひ、私たちの歴史のこの章について学んでもらいたいと思っているのです。そうしたひとつひとつの写真を詳細に研究することを通じてね。彼らの進み具合を見るために設定している定期講評会では、彼らから、その写真の歴史的文脈に関する議論につながるような質問が出てきました。
ティファニー・チュン《flotsam and jetsam》の細部(2015-2016)
チュン:政治主導でなされてきたこの歴史の健忘症は、1975年以後の人々の内部に深く埋め込まれています。そしてこの難民流出の歴史を扱った私の作品は、そうした健忘症に対する内部からの沈黙の抗議として機能します。このベトナム難民の歴史に関するプロジェクトと現在の難民問題に関するプロジェクトはどちらも、難民の視点から保護政策について検討し、現在の情勢の問題点を指摘するものなのです。
佐野:考えをお聞かせくださりありがとうございました。今回は、制作過程やお考えの表面しかお聞きすることができませんでしたが、あなたのニュアンスに富んだ作品のなかに、如何に多くの献身と長時間にわたる努力とがつぎ込まれているのかを知ることができたと思います。《The Vietnam Exodus project》の続編とパネル・ディスカッションが見られることを心待ちにしています。
チュン:お招きいただきありがとうございました。
【2017年2月16日、アンクロート・スペース ― ヨコハマにて】
挿図提供:ティファニー・チュン、タイラー・ローリンズ・ファイン・アート
翻訳(英和):岩見亮
写真(インタビュー):鈴木穣蔵