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「Bordering Practice」と「Imaginary Line」――交錯するアジアのエレクトロニックミュージックシーン

Review / Asia Hundreds

さまざまな関係性が凝縮した3つのミュージックビデオ

tomad:楽曲の協働制作を経て、プロジェクトは次のフェーズ「Imaginary Line」へと向かいます。Bordering Practiceの成果をたくさんの人に見える形でアウトプットしたいと考え、ミュージックビデオの協働制作を行うことにしたのです。この映像制作とイベントで構成されるのがImaginary Lineです。
ここでは、3つの作品を制作しました。一つ目は、ジャカルタでの滞在制作による楽曲PARKGOLF「Leap (feat. Mantra Vutura & similarobjects)」を用いて、Double Deerがプロダクションした作品。二つ目は、彫刻と音楽、映像という異なる表現形態とメディアを組み合わせたsimilarobjectsと菅原玄奨さんによる作品。三つ目は、新たにラッパーのTohjiくんに参加してもらい、AntiAntiArtとのコラボレーションによる作品です。いままでの出会いや関係の延長にあるのがImaginary Lineではありますが、異なる方法や表現形態の協働制作を試みることで、新たな挑戦にもなりました。
ここからは、各映像作品を紹介しつつ、制作メンバーからコメントをもらいます。

Imaginary Line映像作品紹介サイト

【映像作品/制作メンバーのコメント】

1. PARKGOLF(ビートメイカー、音楽プロデューサー)[日本]+ Reinhard Samuel Maychaelson Gunawan (映像作家)[インドネシア]
PARKGOLF「Leap (feat. Mantra Vutura & similarobjects)」

Bordering Practice」にて制作された楽曲。さまざまな音楽家を交えたスタジオワークにより、電子音、ピアノ、フルート、サックス、パーカッションを含むハイブリッドな音色・構成を実現している。インドネシア・ジャカルタのDouble Deerがディレクションを手掛けた映像では、女装した男性が踊る伝統舞踊・レンゲル*4 を、男性用の伝統モチーフ・ルリクを纏った女性が踊る。近代化とともに変化するダンスやファッションのあり様を提示しつつも、かつて踊ることを禁じられた女性、戦争に向かう人々のための織物といった歴史、さらにはジェンダー、LGBT に関する今日的な課題までを浮き彫りにする。
Producer: Rezky Prathama Nugraha (Double Deer)
Produced by Double Deer

*4 Lengger。中部ジャワのバニュマス地方の伝統舞踊。

Reinhard Samuel Maychaelson Gunawan(以下、Rein):滞在制作のとき、PARKGOLFさんに楽曲の意図を尋ねたんですが、楽曲に寄せたメッセージなどは全くなかったんですよね(笑)。なので、私がこの曲から直観的に感じたイメージをもとに制作することにしました。楽曲を聞いて、まずは自然のなかで撮影したいな、と思いました。そして私が日々インドネシアの社会について考えていることを題材にするため、「女性的」と「男性的」という対称の不可能性を映像のなかで表現しました。ここでは男性が女性として踊るレンゲルという舞踊を、男性用の衣装を纏った女性が踊っています。これらの舞踊や衣装にある伝統は、インドネシアにおいてもすでに失われつつありますが、同時に社会における寛容性も消失しているように感じています。インドネシアにおいては、LGBTやジェンダーなどの話題はタブーですが、そうした状況は宗教の対立のなかで徐々に顕著になったように思います。でも、遺伝子的にも文化的にも「性」は決して男女という対となる二項で区分されるものではありません。この映像では、そうした対称には決して置くことができない人間の様相を、ダンスを通じて提示しています。

PARKGOLF:この映像を見たときの第一印象は、「きれいだな」と。僕が一番好きなシーンは、ダンサーが鹿に草を与えているところです。僕は、曲に意味をもたせるとか、メッセージを込めるということはいつもしていなくて、聞いた人が感じることができる、でも特に感じたり考えたりもしなくていいと思って音楽を制作しています。ミュージックビデオを作るときも、「これは本当に違うな」と思わない限りはいつもお任せしています。といっても、違うって思ったことはこれまでないんですが(笑)。この楽曲からReinのインスピレーションが生まれ、そして彼のテーマを含めて映像として仕上がったことは、プロセスとしてとてもおもしろいと思いました。

2. similarobjects(サウンドアーティスト、DJ/Buwan Buwan Collective主宰)[フィリピン]+ 菅原玄奨(美術家、彫刻家)[日本]
similarobjects「Someone」

彫刻家・菅原玄奨による現代の匿名性をテーマにした作品シリーズ《Someone》と、バーチャル空間における音楽の可能性やアイデンティティのあり様を検証するフィリピン・マニラの音楽家similarobjectsとのコラボレーション作品。菅原の作品テーマからインスピレーションを得て、similarobjectsが同名タイトルとなるオリジナル楽曲を制作した。 本映像では、デジタル上のエラーを具像化した彫刻を、再びスキャンし、バーチャルな空間に投影している。複製を繰り返された胸像と、コンピュータミュージックの無機質な音は、現代の視覚文化にある質感と、そこに潜む匿名性、アンビバレンスまでを表現していく。デジタルとアナログの積層とも言える本映像は、今日的なリアリティのあり様に新たな視座を投げかける。
Director: Nio + suzkikenta
Sculpture: Gensho Sugahara "Someone" by courtesy of TAV GALLERY

tomad:テクノロジーによる描写と音楽を結び付けてみたいと考え、この作品の制作に取り組みました。TAV GALLERYのディレクターである佐藤栄祐さんから数人のアーティストを紹介してもらったんですが、そのなかでも菅原さんの表現はsimilarobjectsのゲームやCGを扱った最近の活動と共通点もあり、一緒に制作にできるかもしれないと思ったんです。この映像作品では、菅原さんの彫刻作品をもとに、similarobjectsに新たに楽曲を制作してもらいました。映像では、彫刻を3Dスキャンして、背景も3DCGで作り、それらを合成しているため、実写は一切使用していません。彫刻をいろいろな場所で撮影すると、物と風景の描写のバランスが難しいし、彫刻作品の取り扱いに関する課題もでてきます。そこで3Dに落とし込んでみようと考えたわけです。デジタル世界にある匿名性をコンセプトに含む菅原さんの彫刻を、バーチャル空間に漂わせることによって、デジタルテクノロジーによるリアリティみたいなもの、その質感みたいなものまで表れる映像に仕上がったと思います。similarobjectsは菅原さんの彫刻を見たとき、どんな風に感じましたか。

similarobjects:彫刻を見た瞬間に、菅原さんに尋ねるまでもなく、作品から語り掛けてくるものがあったんです。常々僕は、物事は眼前で直接的につながっていなくても、何らかの形でつながっていると感じているんですが、そういうテーマをこの彫刻にも感じました。2つの彫刻作品《Someone 1》《Someone 2》は対になるものですが、首像の表情にあるうつろいには、いま美しいもの、いまあってうれしいものも悲しみにつながっていて、そしてやがては消えていく――。そんなはかなさを感じました。僕が直観的に感じるものがあったので、そこから楽曲制作を試みることにしました。その際、何にも考えずに彫刻の写真をただ見つめる、といった作業もしました。感情、音、抽象的なイメージというのは自然と沸き起こってきましたね。

tomad:similarobjectsは制作の段階で、複数のアイデアを提案してくれました。菅原さんにも意見を聞いたところ、彫刻作品を中心としたシリアスなトーンではなく、音楽と映像が交錯するよう、軽やかなものにしようという意見があり、この楽曲を採用することになりました。映像には、ディレクターとしてNio さんとsuzkikentaさんに参加してもらいました。浮遊感のあるサウンドと彫刻のシンプルな組み合わせによって映像表現としての意味付けをなくしながらも、光と背景とのコントラストで気持ちよく見られるような映像にしました。

similarobjects:初めて仕上がったミュージックビデオを見たときは、感極まるものがありました。楽曲を制作するために彫刻をただただ眺めるということをしていたので、僕自身の内部にすでに彫刻のイメージを取り込んでいたんです。そうしたイメージが映像としてあらわれたように思いました。

3. Tohji(ラッパー)[日本] +  AntiAntiArt(映像制作グループ)[ベトナム]
Tohji 「HI-CHEW」

ユースを中心に支持を集める東京のラッパー・Tohjiの1stミックステープ『angel』収録曲「HI-CHEW」の映像を、ベトナム・ハノイを拠点とする気鋭の映像制作グループAntiAntiArtが制作。天使たちによって「サイバーエンジェル」へと改造された悪魔が世界をさまよう姿には、対立によって生み出される個人の孤独が描かれている。 互いのクルーがハノイと東京を行き来する濃密な交流のなかで作られた本作は、その協働スタイル、さらにはビジュアルイメージの形成方法ともに、ボトムアップな同時代性を含むものとなっている。また、サイバーパンクや日本のSFアニメーションの影響を感じるイメージには、サブカルチャーが国や時代、表現ジャンルを越境し、次世代の新たな表現へと進化している様を見ることができる。
Producers: Keiichi Toyama, An Khang (AntiAntiArt)
Produced by AntiAntiArt

遠山:このミュージックビデオの制作は、まずTohjiがハノイを訪れてショーケースを行い、それをAntiAntiArtが見たところからスタートしました。実際のプロダクションでは、僕ら日本チームがベトナムに行って撮影をし、その後AntiAntiArtが東京に来て撮影を行うという段取りでした。ほかの二つの映像作品とは異なり、Tohjiのミュージックビデオは、日本とベトナムを行ったり来たりする制作方法をとり、ベトナムではスタジオ撮影、東京ではさまざまな場所で撮影を行ったため、準備やすり合わせは大変でした。スタジオの撮影はすべてハノイで行ったのですが、スタジオのレンタルや造作は東京よりも廉価であったことで、日本のプロダクションでは到達できないようなクオリティに仕上がったと思います。特にCGは、ベトナムで個人ベースの制作を行うことができたため、日本の大手スタジオに依頼するよりも低価格で実現できました。最終的な映像の仕上がりは、ベトナムの彼らのディレクションや表現が反映されたとても面白いものになりました。
僕は、Bordering Practice以来、このプロジェクトには何回か参加してきましたが、単純にショーケースをやったり、トークをしたりする場合のコミュニケーションと、実際の作品制作を通じた交流はだいぶ異なるように感じました。今回、実際に作品を制作してみると、ちゃんと国際交流をやっているな、という感触がありました(笑)。お金やクレジット、制作進行に至るまで、彼らがどこに重きを置き、どんな慣習があるのかという細かな差異までをお互いに一つずつ理解し、一緒に解決していくプロセスがあったんです。単に場所やイベントを共有するのではなく、制作を通じてコラボレーションをすることが、経験として一番重要であったように思います。

AntiAntiArt:Tohjiは、アーティストとして非常にユニークな存在だと思いました。彼の音楽もそうですが、外見やスタイルまで、通底して特別であったように感じます。今回のプロダクションは、国際的なフレンドシップを極めるような機会でしたね。制作のなかで最も大変だったのは、撮影後の編集作業を短い時間でやることでした。時間の制約があったため、セットの準備からスタジオでの撮影まで、とにかく急いでやりました。時間はあっという間に過ぎてしまいましたが、いまこうしてオンラインでみなさんに再会すると、この瞬間もみんなと一緒にいられたらいいのにな、と思ってしまいます。

Tohjiの写真
AntiAntiArtとのコラボレーションのきっかけとなったハノイでのTohjiのパフォーマンスの様子
(ライブイベント「Call Back from Hanoi ―アジアのポップ・エレクトロニック・サウンド―」より)