「ASIA HUNDREDS(アジア・ハンドレッズ)」は、国際交流基金アジアセンターの文化事業に参画するアーティストなどのプロフェッショナルを、インタビューや講演会を通して紹介するシリーズです。 文化・芸術のキーパーソンたちのことばを日英両言語で発信し、アジアの「いま」をアーカイブすることで、アジア域内における文化交流の更なる活性化を目指しています。
「Imaginary Line」―新しいオーディエンスとの出会いの場
パトリック・セントミッシェル(以下、パトリック):最初に、Bordering Practiceの取り組みについて教えてください。
tomad:僕は、2016年から国際交流基金アジアセンターのBordering Practiceプロジェクトでディレクターを務めてきました。2019年3月には、インドネシア、日本、フィリピンのエレクトロニックミュージックの音楽家がジャカルタに集結して、新しい楽曲を協働制作しました。多忙なクリエイターにとって便利なデジタル技術が豊富にありながら、わざわざ現場に集まって共に時間を過ごすという、インターネット時代には似つかわしくない取り組みでした。しかし、ジャカルタのDouble Deerのスタジオでの滞在では、異なる文化を持ったクリエイター同士がエレクトロニックミュージックのさまざまなコミュニティと出会い対話することで、より深く交流し、新しい楽曲を協働で制作することができました。自分たちを取り巻く境界(ボーダー)を壊すためには「同じ空間に集まること」以上に良い方法はなかったのではないかと思います。
この滞在制作は、Bordering Practiceの一環として展開されたものですが、このプロジェクト全体としては、これまでにマニラ、東京、ジャカルタ、ホーチミン市、ハノイで公演を行ってきました。プロジェクト最後となる昨日の公演では、滞在制作に参加した日本のPARKGOLF、フィリピンのsimilarobjects 、インドネシアのMantra Vuturaの3組が、制作した曲を、それぞれのテイストを織り交ぜながら一緒に演奏しました。
公演はアジアの若いエレクトロニックミュージックの音楽家同士の交流を促進するというBordering Practiceの趣旨に則って、彼らがさまざまな国の仲間と一堂に会する機会と、新しいオーディエンスとの出会いを提供することを目的に開催されました。Maltine Records(東京)、Double Deer(ジャカルタ)、Buwan Buwan Collective(マニラ)といった経験豊富なレーベルやアーティストがいる活気あるエレクトロニックミュージックのコミュニティはアジアの各都市に存在していますが、相互に交流することはあまりありません。Bordering Practiceはこうした現状を変えようとする取り組みでした。
パトリック:昨晩のライブイベント「Imaginary Line」はいかがでしたか?
similarobjects:8月20日に日本に到着した時点ではまだMantra Vutura、PARKGOLFとの協働楽曲のリハーサルをしていた最中だったので、最初はとても緊張していました。コンサートでは、自分のセットとコラボレーションのセット、そしてアフターパーティでのDJと、3つのセットをこなすことになっていたので、考えるだけでも神経がすり減りそうでした。でも、サウンドチェックから本番まで、あの夜、というよりあの一日に起きたことは、とても良い思い出です。ライブのオープニングはTomgggがステージを降りてフロアで演奏し、会場をいい感じに盛り上げてくれました。お客さんとの距離感が親密で、観客は音楽に対して開放的になっていて自分たちを思いきり表現していました。マニラの観客は動きが控え目なので、実際すごく楽しんでいても、見た目にはただアーティストをじっと見つめているだけっていうことが普通なんです。でも東京では、ビートがないところでも観客が大いに感情を表現していました。
パトリック:ジャカルタでもお客さんの反応は同じですか?
リスキー・プラサマ・ヌグラハ (以下、リスキー):そうですね。ジャカルタではお酒が入っていないと誰も動こうとしないのですが、昨晩のコンサートではお客さんはお酒を飲んでいなくても音に合わせて踊っていました。見ていてとても楽しかったです。
similarobjects: 何というか、全体的にオープンな雰囲気がありましたね。待ち構えていたり、関心を持ってくれたりしているのが伝わってきて。何が起こっているのか、何がこれから始まるのか、皆が本当にワクワクしているのが見て取れました。公演中は緊張が高まって、リスキーにお酒をもらって気持ちをほぐしていました。演奏中はめったに顔を上げないのですが、ふと上を向いた時に、観客が曲に引き込まれているのが分かりました。僕が演奏するような音楽はマニラでは異質だと思われているので、曲に入り込んでいる観客を見るのはうれしかったです。
tomad:僕が昨夜のステージで一番心配だったのは、やっぱりコラボレーションのセットでした。今回のような協働プロジェクトは新しい試みだったので、制作した曲が観客に受け入れられるのか不安でした。アーティストの音には一人ひとり個性がありながらも、ひとつのセットとしても調和している。コンサート当日はCIRCUS TOKYOでのリハーサルもすごくうまくいって、「これで僕のやるべきことは終わったな」という気持ちでしたね(笑)。
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