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日本語パートナーズ・アンバサダー 森崎ウィンさんインタビュー

「違い」が世界を広げてくれた。
異文化との出会いがくれたもの

―日本語パートナーズ・アンバサダー森崎ウィンさんが語る、多様な文化と向き合う面白さ

俳優、歌手、アーティストとして国内外で広く活躍する森崎ウィンさん。ミャンマーで生まれ育ち、10歳で来日して以来、日本とミャンマーという2つの文化の中で歩んできました。異文化との出会いは森崎さんにどのような気づきや変化をもたらしたのか。自身の経験を振り返りながら語っていただきました。

ミャンマーで生まれ育ち、10歳で日本へ。
言葉も文化も異なる世界へ飛び込む

ミャンマー人の両親のもと、ミャンマーで生まれた森崎さん。両親とも日本で働いていたため、幼少期は祖母のもとで暮らしていました。弟が生まれたのを機に、家族みんなで日本で暮らすことになり、10歳のときに来日。当時は「日本語はまったく話せない状態だった」と言います。

「来日当初に話せた日本語は、『ウィンです』『よろしくお願いします』『ありがとうございます』の3言だけ。何かあったらとりあえず『ありがとう』と言っておけば大丈夫だからと母に言われて、公立の小学校に通い始めました。言葉の壁はもちろんですが、文化の壁が大きくて。例えば、日本人は列に並びますが、ミャンマーではまず並ばないし、横入りも当たり前。日本では電車やバスが時間通りに来るし、ことあるごとにお辞儀をするし、日常の一つひとつが驚きの連続でした」

小学校では、いじめられたことも。仲間はずれにされて嫌な思いをしたことも一度や二度ではありませんでしたが、「人に恵まれた」と振り返ります。

「子どもって、見慣れない異物に対して拒否反応を示すんですよね。今思えばそれは素直な反応なのだと思いますが、つらいときもありました。幸いにも、いじめっ子と同じサッカークラブに入ったのをきっかけに仲良くなって。逆に、僕をいじめてくる子たちから守ってくれるようになりました。当時はまだ日本語があまりできなかったので、スポーツを通してコミュニケーションがとれたのはありがたかったし、言葉はわからなくても通じ合えるものがあるんだと、子ども心に感じました」

2つの文化的背景をもつ強みに気づき、
ミャンマーにも日本にも誇りが生まれる

日本で暮らすなかで、次第に日本の文化や慣習に慣れていった森崎さん。学校の先生のサポートもあり、日本語も話せるようになっていきました。友だちも増え、子どもらしく楽しい日々を送る反面、2つの文化の間で気持ちが揺れ動くこともあったと言います。

「正直に言うと、子どもの頃は、ミャンマー人であることを恥ずかしいと思うこともありました。周りはみんな日本人ですから、日々、日本の“普通”を目にするわけです。その度に、うちとは違うなと、小さなモヤモヤを感じていました。例えば、遠足のときのお弁当に、うちだけドロっとしたカレーが入っていたりすると、ちょっと恥ずかしかったんですよね。普段の友だちとの会話でも、自分には経験がなくて話についていけないということもありました」

母国・ミャンマーへの思いとミャンマー人であることへのネガティブな感情が入り混じり、多感な時期を過ごした森崎さん。ミャンマーと日本という2つの文化の受け止め方がガラリと変わったのが、芸能の世界に入り、仕事でミャンマーを訪れたときでした。ミャンマー語でのインタビュー動画が拡散され、母国でも広く知られる存在となっていたのです。

「ミャンマーの人たちが、すごく応援してくれたんです。当時は日本でしか活動していなかったので、自分の生まれ育った母国に、自分を応援してくれる人がこんなにもいるなんて思いもしなくて。本当にありがたくて、ミャンマー人で良かったと心から思いました。それをきっかけに、日本とミャンマーという2つの国や文化をつなげられることが自分の強みかもしれない、自分が社会に提供できる価値かもしれないと、ポジティブに受け止められるようになったんです」

それからは、ミャンマーでの仕事の際には日本のことを、日本での仕事の際にはミャンマーのことを、できるだけ発信するようにしているという森崎さん。自身のYouTubeでも、定期的にミャンマー語講座の回を設け、ミャンマーの言葉と文化を紹介しています。

「僕自身は、自分で選択して日本という異文化環境に飛び込んだわけではなかったので、2つの文化的背景をもっていることのメリットや価値に目が向いていなかったんですよね。大人になってからそれに気づけたことで、自分や家族のことも、ミャンマーのことも、そして日本のことも、より好きになったし、誇りに思えるようになりました。そして、ありがたいことに自分のもつ価値を評価してもらえたことで、自信にもつながりました」

当たり前の外側にある世界と出会い、
「違い」を楽しみ、「違い」から学ぶ

2018年には、スティーヴン・スピルバーグ監督のハリウッド映画『レディ・プレイヤー1』の主要キャストに抜擢。同年に母国・ミャンマーの観光大使に就任し、現地のテレビ番組やCM、ドラマに出演するなど、アジア圏でも大きな成功を収めてきました。世界を舞台に活躍するなか、森崎さんは今、あらためて「異文化と出会うおもしろさ」を感じていると言います。

「海外では、環境も文化も生活も仕事の進め方も、思ったようにはいかないことばかりです。自分が当たり前だと思ってきたことが、当たり前じゃないんですよね。良い・悪いではなく、その土地それぞれのやり方があって、違って当然なんですが、最初はびっくりしますよね。マジかよ……と思うことも、正直あります。でも、その違い自体がおもしろいし、ワクワクする。自分にとっての当たり前の外側にあるものとの出会いは新鮮で刺激的で、今はそれが楽しくて仕方ないですね」

それでも、「しんどいときはあるし、あって当然」と言う森崎さん。そんなときはどのように受け止め、気持ちを切り替えているのでしょうか。

「まあ、これで死ぬわけじゃないし、生きていればいつかは笑い話になるよな。そう思うようにしていますし、実際にそうなんですよね。必ず、自分の経験値になる。自分とは異なる次元に存在する未知なるものに対して、人間は本能的に耐性があると思うんです。新しいことに挑戦してここまで進化してきたのが人間だから。異なるものと出会うのって、すごくエネルギーがいることだけど、すごく素敵なことだし、そこから得るものも多いはずです」

最後に、「日本語パートナーズ」のアンバサダーとして、読者にメッセージをいただきました。

「異国の地で生活したり活動したりするのは、決して楽なことではありません。不安もあって当然です。でも、日本語パートナーズのサイトに辿り着いてこのインタビュー記事を読んでくださっている時点で、みなさんは一歩も二歩も踏み出していると思うんです。

もちろん、不安なことはたくさんあると思います。現地での生活や文化の違い、言葉のことなど、考え始めたらきりがないですよね。でも、不安は一人で抱え込まなくてもいいんです。研修やサポートもありますし、経験者やスタッフの皆さんなど、相談できる人たちがいます。わからないことや心配なことは、遠慮せずにどんどん聞いてみてください。頼れる場所があることは、とても心強いことだと思います。

まずは話を聞いてみる、知ってみる。その一歩だけでも、世界はきっと広がります。話を聞いてみて『自分がやりたいことはこれじゃない』と思ったとしても、その気づき自体が財産だし、次の一歩につながると思います。やってみたいという今のその気持ちに従い、勇気を出して一歩を踏み出してみてください。僕も応援しています」

 

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