「バリダンスを創立記念日の時、全校生徒の前で踊ってください」
CP(カウンターパート)からサラッと告げられた、この一言ですべてが始まりました。
比較的簡単な踊りだから、準備まで一か月ある、校長命令だ(インドネシアでの校長の権限は絶対的)と説得されましたが、運動音痴なうえにリズム感がゼロだから無理だと断り続けましたが、最後にはなぜか引き受けることに。
演目は「Pespanjali」という歓迎の踊りで、こちらでは小学生が踊る初心者向けの踊りです。
しかし、外国人の私は基本的な動き(目の動き、手の形、腰の落とし方)すべて初見。バリガムランの独特なリズムにも全く乗れません。事前に予習を兼ねて町のバリダンス教室へ通い、そこのクラスメート(10歳)に、「あなたは何もかもできていない」と、呆れられました。
二学期が始まり、学校での本格的な練習が始まりました。最初、バリダンスの先生・スギニ先生は私が踊れるか懐疑的で、私にも「今ならまだやめてもいい」と、おっしゃいました。そんな中私は、練習では必ずワンテンポ遅れ、右と左がぐちゃぐちゃ、一つの動きを気を付けるともう一つの動きができないという劣等生でした。
練習の様子を見かねたフィラのオーナー(こちらの私の父のような存在)が、CPに「このまま舞台に上げるのはかわいそうだから、この話はなかったことにしてあげてくれ」と相談し、CPは私とスギニ先生に「無理そうなら、もういいです」と、告げました。すると、いつも私の劣等生ぶりを間近で見ているはずのスギニ先生は「そんなことない!この子はできている!本番では必ず成功する!」と、言ってくれました。この言葉をCPも、私でさえも信じていませんでした。
そして本番。なんとか、完璧とは言えないまでも無事に終えることが出来ました。
踊りを見た先生たちから、「すごいね!できてた!」と賛辞の言葉をたくさんもらいました。
この体験を通し、文化を教わることの難しさと尊さを改めて認識しました。
練習ではいつも優しい方ですが、芯のとても強い方です。立場は違いますが、自国の文化を伝える者同士としてとても共感するところがあり、また、文化を伝える者の誇りを教わりました。
周りと必ずワンテンポ遅れていました。もう二度と文化紹介の時、「なんでできないの?」なんて聞かないと決めました。何度教わってもわからないものはわからない。
なんとか終えることが出来ました。振りは完璧でしたが、「笑顔があったらよかったわよねー」と、周りから言われました。そんな余裕ありません。