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広がる共感の輪

ともに授業を行うなかで築いた絆

タイ
スラサック・ムアンクッムさん

日本語を学びたい生徒たちの思いに応えて

タイでは日本のアニメやドラマに関心を持つ人が年々増えており、それに伴い「日本語を学びたい」と考える若い世代も増加している。スラサックさんが勤めていた学校には10人に1人くらいの割合で、日本語に関心がある生徒がいたという。しかしながら、当時は英語、フランス語、中国語のコースがあるのみで、日本語のコースはなかった。「生徒たちは学びたいと思っているのに、日本語を教えられる教員がいなかったので、まず私が日本語を学びはじめました」とスラサックさん。

それまで日本語を話したこともなければ、日本人と会うこともなかった彼が、日本語の単語や漢字を一から覚えることは容易ではなかった。しかし、「やらなければいけない」という強い責任感を持って学びはじめたのだった。

最初は国際交流基金バンコク日本文化センターが実施する10ヶ月間の中等学校日本語教員新規養成講座で日本語を学んだ。その後、2013年5月から日本語の授業を受け持つようになった。授業のアシスタントとして、NPが派遣されてきたのは2014年の9月のことだ。

「最初に派遣されてきたヒノさんは歌手でした。私より年上ということで緊張しましたね。ヒノさんが来られる前、生徒と一緒にヒノさんのことを取り上げたYoutube番組を見ました。この人が学校に来るんだよって。」

ノンネイティブであるスラサックさんと、ネイティブのNPが連携して行う授業がはじまった。

毎週金曜日の放課後、来週何を教えるのか話し合った。例えば体を表す言葉を教える回では、どんな風に教えると生徒たちが楽しく覚えられるか話し合う。ヒノさんは歌が得意だったので、歌で言葉を覚える授業が多かった。

「私一人で授業を行っていた時は、座学で精一杯。アクティビティを取り入れることはできていませんでした。」

かつては、生徒たちに日本の観光名所やお土産について質問されても、答えられなかった歯痒さを振り返り、「楽しい授業にしたかったけど、一人では難しかった。それがNPのおかげで実現しました」と話した。NPが来たことで、授業のあり方が一変したのだ。

文化が違う者同士が、一緒に授業をつくりあげる

タイの文化と日本の文化は異なる。お互いの言語も完全には理解し合えない状態で、恊働することに困難はなかったかと聞くと、「ちゃんと準備をしてから行うのでほとんど問題ありませんでした」とスラサックさんは笑顔で答えた。むしろそういった文化や言語の違いが、授業に良い影響をもたらしていたようだ。

「まず、NPがこういう授業をやりたいと私に話す。もしそこで私が理解できなかったら、生徒も同様に理解できないと思います」。生徒たちが理解しやすい授業となるように、客観的な目線を加えながら擦り合わせする。「なるべく生徒が理解できる易しい言葉を使って説明するよう気をつけていました」とスラサックさん。
授業を運営していく中で、教師とNPの二人がいることは「会話」を実演することにも役立った。一人の時と比べて、会話にリアルさが増したり、教科書用語ではなく日本で実際によく使われている表現も生徒に伝えられたりできるようになりと、教える表現の幅がグッと広がったのである。また、互いの意見を尊重しながら、よりよい授業を作り上げていったスラサックさんとNP。試行錯誤を繰り返す中で、スラサックさんやNP自身もまた、互いの文化や言語への理解を深めていった。

個性豊かな日本語パートナーズが授業を盛り上げる!

スラサックさんがタイで日本語教師として活動していた間に派遣されてきたNPは6名。たまたま全員が女性という共通点はあったものの、それぞれに個性があり、ダンスが上手な人もいれば、折り紙が得意な人もいたという。

「バンダイさんは得意のダンスを生徒に教えてくれて、それを機に学生たちがコンテストに出場したことがありました。私が個人的に楽しかったのは、日本料理を作る授業です。いろんな料理を作りましたが、割った竹に麺を流す『流しそうめん』は、特に印象に残っています。」

毎年変わるNPの個性によって、学びの内容もそれぞれ違った。NPはそれぞれの得意分野や興味・関心を活かして、生徒たちに多様な日本を伝えている。特別な資格や能力がなくても、日本の何気ない日常を伝える中にも、生徒たちにとって新しい学びにあふれているのだ。それが生徒の興味や関心を刺激し、日本や日本語を学ぶモチベーションもつながっている。今後も、それぞれ分の得意なことや興味のあることを活かして、一緒に授業を作っていこうという意識や姿勢のあるNPがくると生徒は喜ぶのではないか、とスラサックさん。

NPが伝えたもの、それは必ずしも伝統的な日本文化や卓越した技術ではなく、ある種の「自分らしさ」だったのかもしれない。NPとふれあい、共に過ごすことで、生徒たちは肌で「日本」を感じ、理解を深めていったのだ。

帰国前のスラサックさんの写真
NPの帰国前に一緒に撮った思い出の1枚

日本人と接することで、学ぶ意欲が高まる

事前に準備していても、すべてがうまく行くことばかりではなく、NPが最初に学校に来た時は、生徒たちは初めての外国人、初めての日本人との出会いだったこともあり、怖がったり、恥ずかしがったりして、なかなか話せなかったという。しかし、スラサックさんは質問したいことを予め用意させるなどして、コミュニケーションのきっかけをつくっていった。すると、生徒とNPもだんだん親しくなり、週末に一緒に街の観光地に遊びに行くほどに仲が深まっていったという。

コミュニケーションは、基本的に簡単な日本語で行うが、難しいことを説明したい場合は、英語で話すこともある。工夫することでコミュニケーションが取れることが分かると、生徒たちは次第に、自信をつけていった。

スラサックさん自身も、最初は「日本人=真面目」というイメージしか持っていなかったが、NPに出会って、「一人ひとり違う、いろんな日本人がいる」ということを認識したという。「日本人と話す機会があったり、直接関わりを持つことで、相手を知りたい気持ちが芽生え、日本語をもっと勉強したいという気持ちが強くなりました。」

多様なNPとの出会いを通じて、日本への理解の幅が広がり、興味がさらに深まったことが、スラサックさんの日本語教師としての学びを深めていくことにつながっている。

先生も生徒も。次々と日本留学を実現

現在、スラサックさんは大阪大学に留学し、日本語教育について研究している。また、NPと過ごした教え子のなかにも、日本留学を果たした生徒が少なくない。

「本気で日本語に興味がある生徒には、留学を勧めています。授業で日本語を使うのと、実際に日本で暮らす日本人と日本語で話すのは、まったく違うからです。」

留学が決まった時には、過去にお世話になったNPに連絡した。生徒たちも個別に連絡を取り合っており、予定が合えば会って食事をしたり、SNSを通して勉強を教えてもらったりしているそうだ。

「日本語を教える際にどんな例文を使えばいいのか、授業でどんなアクティビティやゲームができるか、おいしい焼きそばを食べたいなら、どこへ行けばいいのか。それぞれに詳しそうなNPに相談します」。さまざまな形で、NPとの関わりは今も続いているようだ。

相談し、助け合えるネットワークが財産に

会ったことも、話したこともなかった日本人と出会い、飛躍的に語学力を伸ばしたスラサックさんと生徒たち。協働でつくりあげた授業は、歌ったり、踊ったり、料理をしたり、さまざまな形となり、その経験はスラサックさんの教師としての幅を広げた。そして、NPが帰国した後も相談しあえる関係を築くことができたことは、何よりもの財産。NPにとってもまた、スラサックさんとのつながりが、タイへの関心や親しみを継続するモチベーションになっている。こうした絆はこれからも続き、お互いの学びや人生に影響を与えていくだろう。

オンラインでインタビューに答えるスラサックさんの写真
オンラインでインタビューに答えるスラサックさん

文:木薮 愛

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