日本語パートナーズの活動もまもなく終わり、ベトナムを去ります。今回は、首都ハノイに住みながら、ベトナム最大の都市ホーチミンを思いつつ、振り返ってみました。
1.戦争の証跡(傷跡)を尋ね、歴史を学び直す
1949年生まれの私はベトナム戦争を知る世代です。昨年ベトナムに初めて足を踏み入れて以来「ベトナム戦争とは何だったのか」、「ホーチミン思想とは何か」を考え続けてきました。今も、多くの証跡(傷跡)が残されています。
左は、撃ち落された米軍戦闘機の残骸から作られたモニュメント(ベトナム軍事歴史博物館)。
右は、1975年「サイゴン陥落」時に旧南ベトナム大統領官邸に突入したT-54戦車と統一会堂。
各地の証跡を訪問するたびに、いつも感動するのはベトナムの人たちの明るさです。
戦事中でも「暗さ」「変な真面目さ」がなく、みな明るく、歌を歌い、踊りを楽しんでいる姿です。ホーチミン発の観光ツアーで「クチ・トンネル」を訪問してみました。
2.フォー、ブンチャーかバイン・セオか、それともピザか
ベトナムでの食事は何でも口に合い、各地で色々なものを食べました。ベトナム料理では、ハノイは「フォー」と「ブンチャー」、ホーチミンは「バイン・セオ」が最高です。
左は、「No.1フォー」との声も挙がる「Pho Thin」の牛肉のフォー。
右は、通称「オバマ・ブンチャー」のCombo Obama(ブンチャー+揚げ春巻き+ビールのセット)。
しかし、これまで一番通った店はなんとイタリアンの「Pizza 4P‘s」でした。この店のブッラータ・チーズを乗せたピザは、絶品です。
左はハノイのチャンティェン店。看板左の印は高杉家の紋章で、高杉晋作の末裔の高杉早苗さんが、夫の益子さんと共に、2011年ホーチミンにオープン。現在、ホーチミン7店舗、ハノイ3店舗の他、ダナンにも1店舗あります。
3.「アオザイ」か「アオヤイ」か、それとも少数民族衣装か
「アオザイ」のアオは「上衣」、ザイは「長い」の意で、「長い上着」の美しいベトナムの民族衣装です。「アオザイ」はハノイ等北部弁で、ホーチミン等南部では「アオヤイ」と発音します。ハノイとホーチミンとを比べると、違いは、通常授業の時でもホーチミンでは女性の教師はアオザイを着ますが、ハノイではあまり着ない点です。
左は白いアオザイ姿の女子生徒(ヴィエット・ドゥック高校)たち(「ベトナム教師の日」)
右は、通常授業時のカウンターパートのH先生と私(ヴィエット・ドゥック高校)
次は、棚田を背景に少数民族の衣装を纏った、サパの可愛い女の子たちです。
最後はハノイ派遣の日本語パートナーズ8人が集合。女性は、みな素敵なアオザイを着ています。