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再びかの地へ

派遣期間:2017年5月~2018年3月

赴任地を離れる時には、「もう二度とこの地に足を踏み入れることはないな」とつくづく思いました。

車の中から撮影した風景写真
学校からの帰り道

二度と行かないであろうと思った理由は、私の派遣先がタイ東北部ののどかな農村地帯にある中高一貫校で、田舎であるということは赴任前に聞いていたものの、実際に住んでみての感想は想像を超えたものだったからです。

タイだから暑いのは当たり前ですが、度々の停電や、家の断水には閉口しました。そのうえ、食文化の違いからか1か月で5キロやせ、赴任2か月目には庭先でスズメバチの大群に襲われ病院へ担ぎ込まれたこともありました。また、タイ独特のマイペンライ(なんとかなる)精神にストレスを感じたのも事実です。ゆっくりと眠ろうとしても夜はトッケー(大ヤモリ)の鳴き声が聞こえてきます。こうした日々は日本での35年間のサラリーマン生活以上のインパクトのあるものでした。

帰国後、帯状疱疹にかかり「最近何かストレス感じましたか。」と病院で言われ、理由はあれかと思うこともありました。ところが思い出はなぜか美化されるらしく、Facebookを通じてタイの生徒達から懐かしい写真や「先生また会いたい」との言葉を何度ももらい、いつしか懐かしさが募る日々へ変わっていました。派遣当時、よく遊びに来ていた近所の小学生からは、昼夜関係なくテレビ電話がかかってきて電車の中や街中で不用意にスマホで応答したら「サワディーカー」という子供たちの笑顔とタイ語の歓声に驚き、慌てて電源を切ったこともありました。

学校に思いを馳せると、鉛筆や消しゴムを持っていない生徒も多く、テスト中に宙を飛び交う消しゴムや、毎朝の炎天下での汗だくの朝礼の風景が目に浮かびます。そんな中、お世話になった先生が訪日し、「市川はいつ帰って来るのか。また会いたい」と生徒達が何度も言っていると聞かされました。たった10か月の派遣では何もできなかったと思っていましたが、そうではなかったのです。そして、当時高校1年生だった日本語専攻クラスの生徒たちが卒業する前にぜひもう一度会いたいと、意を決し新型コロナウイルス騒動直前の2月に再びかの地を訪問することにしたのです。

派遣先校で撮影した集合写真
日本語教室

もう日本語パートナーズではないのに朝礼時に壇上で挨拶したら、生徒達から歓声があがり、ここでの経験に感激しました。4日間の短い滞在中は、当時と同様に毎日日本語の授業に参加し、嬉しいことに日本語専攻のクラスから4名が大学進学し、日本語を勉強するとの報告ももらいました。

生徒や先生との温かい交流が、何よりタイでの経験を楽しいものに変え、私の人生で忘れがたいと思い出となりました。

Writer
タイ サコンナコン
市川 了次さん

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