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女性ダンサーが語る、満員電車で培われた日本人の文化と個性 山田うん×北村明子対談

Interview

逆に日本人の強さというか、「根拠がなくてできることってこんなにあったんだな」という発見もあり、驚きました。(北村)。

―山田さんは、日本人の身体性が強く反映された作品を、まったく違う身体性を持つマレーシアのダンサーで再構築するような創作を行なっていたとのことですが、一方、北村さんがインドネシアのダンサーとコラボレーションした「To Belong」は、伝統舞踊の色が強く出ていましたよね。この場合は、インドネシアのダンサーに振付をつけているというよりは、その手法や技を受け取っているかたちになるのでしょうか。

北村:最初は対等な関係をイメージしていたんですけど、伝統的で強固なスタイルを持っているインドネシアのダンサーとやってみたら太刀打ちできなかった(笑)。あと、日本のダンサーは作品全体のロジックを考えながらクリエイションに参加していくんですが、インドネシアのダンサーはとにかく「自分の見せ場」を考えていくんですね。日本人とインドネシア人で場を共有すると、自然と彼らが真ん中に行ってしまうんです。

公演中の写真

北村明子『To Belong / Suwung』 photo:大洞博靖

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北村明子『To Belong』 photo:Kuang Jingkai

―なるほど(笑)。

北村:自分が拠って立つ伝統を持っているインドネシアの強さに対して、それを持っていない私たちはどう対抗しようかと。それがいい結果につながるときも、つながらないときもあったんですけど、逆に日本人の強さというか、「こんなに根拠のないことをやっていたんだな」「根拠がなくてできることってこんなにあったんだな」という発見もあり、驚きもしました。

―「根拠」というのは?

北村:インドネシアの伝統舞踊の場合、登場人物ごとにそれぞれ「型」や「流派」があるのですが、そういう決まりごとから離れて新しい動きを作ろうとしたときに、なにか「根拠」がないといけないんです。私たちと納得するポイントが全然違う。だから一緒に新しいダンスを作るにあたって、根拠を探したり、「根拠がわからなくても、保留しながらとりあえず踊ってみる時間が欲しいね」という話はしました。まだまだ答えは出てなくて、ミャンマーとマニプール(インド)でクリエイションしたら余計こんがらがってきて、ノイローゼになりそう(笑)。

山田:大変(笑)。

写真
北村明子『Cross Transit』稽古風景 photo:Kim Hak

北村:にもかかわらず、特にミャンマーとかマニプールのダンサーたちは、とにかく「新しいダンス」に関して、自分が第一人者になることに力を入れているんです(笑)。ちょっとセッションしようって声をかけると、ザッポエ(ミャンマーの寺院の祭で上演される音楽劇)の踊り手がワーッと集まってくる。

―ザッポエってどんな芸能なんですか?

北村:歌や踊り、コントが一体になった大衆芸能なんですが、ザッポエの美学、世界観というのは宝塚に近いところがあるみたいで、「日本の宝塚はどうなってる?」って何度も聞かれました。いまこの動きが新しいと言うので見せてもらったら、私にはエアロビクスみたいに見えて、じゃあ一緒に動きを作ってみようって、私からアイデアを出してみたら、それは彼らにとっては全然新しくなかったりして(笑)。こちらの新旧の感覚がまったく通用しない。ザッポエのベースとなるのはミャンマーの伝統舞踊で、ダンサーの女の子たちは普段の生活でも舞台でも着用しているロンジーという着物でセッションに参加していました。「脚が開けないから着替えたら」って言っても頑なに拒否して、案の定、最後は見てるだけになっちゃったりとか。守りたい美学があるけれど、「新しいなにかの第一人者になりたい」という野心も強くて、ものすごい勢いを感じましたね。

インタビュー中の北村さんの写真

―両極のエネルギーが拮抗しているからテンションも高い。アジアでは伝統的なベースがありつつも、新しいことをやりたいという人たちはますます増えてきているんですね。

山田:貪欲ですよね。もうとにかく前に出て行こう、進化していこう、スターにならなきゃ、みたいに。なんとか自分が輝いて、その瞬間をどう見せるかっていうことを一人ひとりが考えているのに、それが全然いやらしくない。なぜか神がかったようにキラキラと前に出ちゃう(笑)。

―目立とうとしているのに、いやらしく見えないって不思議な感じですね。

山田:宗教的儀式を大事にしていたり、伝統舞踊の基盤があるからなのかな? やっぱり伝統舞踊は宗教的なものとか物語、神話によって、方角、かたち、骨格、すべてがきちんと理由づけされてるんですね。なので、自分以外に神様というものがあり、そこに支えられているから、身体が自分一人のものじゃない。それが彼らの強さであり魅力であり、私が惹かれるエネルギーのかたちなのかも知れない。

インタビュー中の山田さんの写真

アジアのいろんな文化背景の人が混ざったダンスカンパニーを持ちたい。(山田)

―それぞれ今後の活動イメージはありますか?

山田:いろんなプランはありますが、アジアのいろんな文化背景の人が混ざったダンスカンパニーを持ちたいんです。拠点が東京になるのか、マレーシアになるのかわからないですけど、なにかそういった大きなかたちを持ちたい。

―東南アジアが拠点になれば、いろんな文化のスクランブル交差点みたいな場所なので面白そうです。北村さんはカンボジアのダンサーとコラボレーションした新作公演『Cross Transit』が3月末に控えていますが。

北村:まずはカンボジアのダンサーと無事に作品を完成させたいですね。その後はカンボジアだけじゃなく、ミャンマー、インドと、スクランブル交差点をガンガン横断して行こうと(笑)。

公演中の写真

北村明子『To Belong』 photo:Kuang Jingkai

―新作『Cross Transit』はどういうものになりそうですか?

北村:カンボジアからダンサーを一人、写真家・ビジュアルアーティストを一人呼んで、一緒に作ります。二人とも30代前後なのに「教育をどうしよう」とか、もう次世代のことを考えていて(笑)。やはりポル・ポト政権による大量虐殺で上の世代がごっそりいないので、社会的な意識が高い。でも、もうちょっと個人的な思いが出てしまう瞬間があってもいいんじゃないかと思うこともありますね。

山田:私もカンボジアは来年行ってみようと思っているんです。いますごく興味のある国ですね。

集合写真
山田うん『ワン◆ピース』(マレーシアキャスト版)、Co.山田うん『春の祭典』のダンサーたち
(c)Simon & Riona, Photolink Enterprise.

集合写真
クアラルンプール公演でのアフタートークにて、山田うん、ビルキス・ヒジャス(ダンスキュレーター)他
(c)Simon & Riona, Photolink Enterprise.

北村:プノンペンからちょっと行くとすぐ郊外で、農村の精霊儀礼と関わる音楽をリサーチしに行きました。アムリタ・パフォーミング・アーツというカンボジアの舞台芸術を支援しているNGOにお願いして聴かせていただいたんですが、本人たちに聞くと、もう社会状況が変わってしまって、精霊がどこにいるかもわからないから、演奏する意義が感じられなくなったという人もいました。単純に良し悪しは言えないですが、すごく悲しいことなんだろうなと。

―芸能をやる根拠が消えてしまった。

山田:たしかに、たくさんの民俗舞踊や音楽がすごい勢いで消えています。マレーシアでも開発や経済成長、国からの支援体制が整っていないなどの理由で、実演家がどんどん減っていて、なんとかつなぎ止めようとしている人たちもいるけど、継承する人を育てる時間や仕組みが足りないようです。ちなみに私の祖父も東北地方のある地域にしかない土着的な歌や踊りを継承していて、亡くなる直前に研究者が録音に来ていました。だからすごく実感がありますね。

―山田さんの次の日本での新作は、奥三河の有名な「花祭」がテーマですが、これもそういった流れのなかにあるんでしょうか。

山田:私の踊りのルーツは、もともと民踊からはじまっていて、あと父が尺八を演奏する人だったので、音楽も縦に書く楽譜しか知らなかったんです。五線譜に書けない音楽が存在することが、小さいときから当たり前に感じていたので、それをいま自分がやっているダンスのなかで言語化するというか、当たり前に思っていることをもう1回スキャンし直すつもりで作りたいですね。