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言葉を学ぶこと、教えること

オンラインでしか生徒に会えない中で、日本語パートナーズとしての役割を十分に果たすことができるのか。
赴任地へ来て1ヶ月半が経ち、この問いに対する答えがおぼろげながら見えてきた気がする。日本語の先生のアシスタントと、タイ語学習者という2つの立場に同時に立ってみて考えたことを少しつづりたい。

タイで生活するようになり、私のタイ語レベルは確実に上昇した。日本でCDプレーヤーから流れるタイ語を熱心に反復していた頃よりもずっと、だ。(といってもつたないことに変わりはないのだが。)
理由は明確だ。タイ語を話したい、という意志の強さが違う。実際に目の前に、自分の気持ちを伝えたいタイ人がいるからだ。

現地で活躍する日本語パートナーズの写真1
日本語の先生をはじめとする現地の学校の先生

私はタイに来てはじめて「マイペンライ(だいじょうぶ)」という言葉が持つ、本当の意味に触れることができた。私が申し訳ない気持ちになったとき、現地の先生やお店の人、旅先でお世話になった人はきまってこの言葉を口にした。「マイペンライ」を聞いた分だけ、私の心にはタイ人からもらった優しさが降り積もっている。
日本で教科書を見て知った気になっていた言葉が、こんなにもあたたかいものだったなんて。それに気が付いてから、私自身が話す日本語も、何か体温を持った贈り物として生徒に響くことがあるかもしれないと意識するようになった。
「おはようございます」「こんにちは」「ありがとうございます」「じょうずですね」「オーケーです」「いいですね」何気ない日本語でも、血の通った言葉として、生徒たちに届きますように。
私が日本人として授業にいるだけでも、少しは生徒の「日本語を話したい」という意欲の向上に役立つのだと信じたい。私がタイに来てもっとタイについて知りたい、タイ語を話したいと思ったように。

たとえ新型コロナウイルスによって物理的には離れていても、言葉はきっとそれを越えられるのだという思いを胸に、残り少ないタイでの生活を楽しみたい。

現地で活躍する日本語パートナーズの写真2
アルバム撮影のため登校してきた高校3年生のみんなと
現地で活躍する日本語パートナーズの写真3
悩める生徒を励まそうと日本語の先生と生徒たちでカフェへ。思ったよりも元気そうで安心した
Writer
タイ パトゥムターニー
吉村 愛子さん

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