振り返れば、あっという間の7か月。当初は「文化交流をするぞ!」と意気込んでいました。でも、これが意外とずっと難点だったんです。交流といっても浴衣などを紹介すること……など楽しいことばかりではないからです。「文化の根底にある価値観の違いをどう受け入れていくか」ということが私にとって様々な場面での課題でした。まず、カウンターパート(CP)の先生とのコミュニケーション。私が派遣された学校やCPの先生は通常、授業の打ち合わせは皆無。授業に先生が遅れる、来ない、授業が急に無くなることもしばしば。私用を優先することも多い。だからといって日本のやり方を押し付けるのはよくないので、生徒にとって良いことをCPの先生との共通目標に、伴奏者のように寄り添って授業をこなしてきました。ぶっつけ本番で授業がスムーズにいくかどうかは、その時次第。「まるでジャズの演奏みたいだな」と気持ちを切り替えて、CPの先生が何をどうしたいかを汲み取り、合わせてこなしていく……。
もちろん、そんなことが毎回うまくいったわけではありません。そこで大事な魔法の言葉が「Tidak apa apa(気にしない!)」。インドネシアではよく言われるフレーズです。それを自分に言い聞かせ、だんだん慣れていきました。本当に「言霊」を実感する日々。また私が失敗しても、CPの先生が「Tidak apa apa」と優しく言ってくれて、助けられたこともありました。
年明けの授業は食文化紹介オンパレード。1月は日本のカレー、2月はお好み焼きを作りに挑戦。そこでも生徒たちはとっても自由。お肉の代わりにソーセージやバソ(つみれのような団子)を入れたり、油が多過ぎてお好み焼きならぬお好み揚げになったり、サンバル(辛い調味料)をたっぷりのせたり……。
そこでも「Tidak apa apa(気にしない!)」。「日本の味はこう」と無理に教えず、日本の料理を現地の味にアレンジして「美味しければよし!」というのも、それこそ“文化交流”なのだと感じました。
何があっても、この国の人たちに笑顔が多いのは、「Tidak apa apa」の言葉が根付いているからなのかもしれません。