自分の意見をはっきり述べるメダンの人たちと接し、自分は変わった
――先生からの要望や、逆に自分が先生に提案したことなどはありましたか?
本田:先生から「こんなことをしたいんだけど、できますか?」と聞かれることが多かったです。私は先生に満足してもらえるように活動したいと常に思っていましたが、日本語を教えた経験がなく、日本の文化に詳しいわけでもないので、できることに限りがあって。先生の要望に何とか応えたいという思いとの狭間で、モヤモヤしていた時期もあります。先生に気を遣いすぎて、自分から提案することもほとんどできませんでした。
――そういう状況だと、ストレスが溜まりそうですが……。
本田:初めての海外暮らしで心身共に疲れていたのと、ストレスを感じていたのとで、派遣されて2ヵ月経った頃に体調を崩してしまいました。専門高校の校長先生に近くの診療所に連れて行ってもらい、熱を測ったところ40度あって。点滴を打たれ、3日間も学校を休むことになりました。
先生の要望に対応し切れないもどかしさだけじゃなく、誰に対しても好意的に接しなければという気持ちから頑張りすぎたことも、ストレスの一因だと思います。メダンの学校に 日本語パートナーズが派遣された実績はまだ少ないので、他校の先生に「うちの学校にも来てください」と頼まれることが多く、派遣された当初は休日に各学校を訪問していたんです。それで疲れが溜まったんでしょうね。そのために、自分が派遣されている学校の授業でさえあまり楽しめなくなっていた気がします。
――その後日本語パートナーズを続けていく中で、活動を見直す、対処法を考えるといったことはしましたか?
本田:先生からの要望に対して「できない」と返答したら気分を害するかもしれないと気にしていたんですが、無理なら「できません」と言うことにしました。他校の先生から「来てください」とお願いされた時も、少しでも疲れを感じていればお断りして。自分のペースで活動するようになってからは、精神的にも肉体的にもだいぶ楽になりました。
――本田さんが「できる」「できない」を相手にきちんと伝えられるようになった理由は何でしょう。
本田:私は基本的に、あまり自己主張せず平和的に物事を進めたいタイプだったんです。だから派遣された当初は、懇願されるとなかなか断れなくて。でも相手は、こちらが「できません」と言ってもさほど気にしないんですよね。それがわかったので、私も無理なら断り、自分の意思を伝えるようになりました。
――それは大きな変化ですね。
本田:自分でも実感しています。日本から会いに来てくれた友達にも「変わったね」と驚かれました。メダンに派遣されたことが、私にとっては大きかったと思います。自分の意見をはっきり述べる、思ったことは口にする、そういう人がメダンには多いんです。しかも、一緒にメダンに派遣された日本語パートナーズの6人の同期も、しっかり自己主張する人ばかりで。ほとんどが5~6歳下の大学生でしたが、みんな臆することなく自分の考えを言います。そんなメダンの人々や日本語パートナーズの同期と接したことが、自分にはプラスに作用していたんだと思います。活動中には気持ちの浮き沈みもあったけれど、半年間やり抜いたという達成感は、大きな自信につながりました。
異国で暮らす技能実習生の気持ちに寄り添えるサポート役でありたい
――2018年3月に活動を終えて帰国し、本田さんは職場復帰しました。日本語パートナーズの経験は会社で生かせそうですか?
本田:会社が秋にベトナムから技能実習生を7名受け入れるにあたり、私は日本語パートナーズに参加したということで、業務の傍ら、実習生のサポート役も務めることになりました。メダンに行った時の私がそうだったように、技能実習生もきっと意気込んで日本に来たと思うんですよ。でも、異国で初めて暮らすとなると体調も崩すし、環境の違いや言葉がうまく伝わらないことによってストレスも溜まります。人間なのでやる気が十分な時もあれば、ダウンする時もある。やる気のある人をサポートするのは、どちらかというと簡単な気がするんです。私は、ダウンしている状態の時に声をかけてあげられるサポート役になりたい。誰にでも波はあるということを理解できる存在でありたいです。それは、異国で半年間暮らしたから持てた意識だと思います。
――海外で日本語教育に携わった経験も、もちろん大いに役立つのではないですか?
本田:そうですね。生徒にはなるべく短いセンテンスで、教科書に沿った話し方をするよう心がけていました。日本人の自然な話し方ではないけれど、生徒たちには伝わりますから。現地の先生には、「詩織さんの日本語はきれいで丁寧で勉強になりました」と嬉しい言葉をかけてもらいました。技能実習生に対しても、丁寧でわかりやすい日本語で接していきたいと考えています。
――本田さんのように休職して日本語パートナーズに参加することを検討している人に、アドバイスがあればお願いします。
本田:私はありがたいことにたくさんの方の協力によって、休職して日本語パートナーズに参加できたので、帰国後の進路について不安を感じることなく半年間過ごすことができました。いろいろな制約や大変なことがあるかもしれませんが、チャレンジしたいという気持ちが強いのなら、まずは申し出てみてはどうでしょうか。自分の経験から言って、熱意があれば、会社にはちゃんと理解し応援してくれる人も必ずいるはずです。ぜひ、一歩を踏み出してほしいですね。
――最後にあらためてお聞きします。日本語パートナーズの役割とは?
本田:日本人がほとんどいない地域に派遣されたこともあり、自分は日本を代表してここに来ていると感じさせられる場面が多々ありました。だからといって、日本の印象をよくするような行動をとろうと考えたわけではありません。現地に溶け込もうとする姿勢ももちろん必要ですが、派遣先の学校で求められていたのはむしろ、日本人の作法や振る舞いを通すことでした。大事なのは、日本人としてのアイデンティティをしっかり保ち、今の日本をそのまま伝えること。それこそが、私は日本語パートナーズの役割ではないかという気がしています。