2019年3月1日、パドゥンナーリー学校での活動を終了した私は、ふとある言葉が浮かびました。
「出会いはとても不思議な、時の贈り物ね」
私の好きな歌の歌詞です。
最後の記事は、「出会い」をテーマに書きます。
面倒見が良いカウンターパートの先生、若さたっぷりの教育実習生2人、そして日本語パートナーズ(NP)の私は、「日本語を教える」という目標を共有し、協力して授業を行ってきました。辛い思いをお互いしましたが、それ以上に支え合うことができました。
生徒が私に出会ったのは「日本語を勉強するため」です。
最後の授業の日、いつものいたずらと、たくさん愛を頂きました。生徒から「プアックラウ、ラックまこと先生」(私たちはまこと先生を愛しています。)と言っていただき、思わず涙が溢れてしまいました。タイ語を学んでよかったと思えました。
日本語教育には直接関係しない所でも、たくさんの出会いがありました。
アパートの大家さん、いつもお世話になった床屋、同僚の先生の家族、ここでの生活を支えてくれた大切な人たちです。
全ての「出会い」は、経緯も目的も異なっていました。
人と人が出会うことに意味はなく、ただ偶然と現れるものでした。
しかし、出会うための目的と、出会った意味は必ずしも一緒ではありません。
出会った意味は、どのように出会った人達を大切にできたかで決まります。
『あれは良い出会いだった』と言えるためには、偶然授かった時の贈り物に感謝し、大切にしていくことだなと思います。